皆既月食 湿気混じりの空気に、秋を感じる軽やかな風が腕をなぞる。もう日付が変わって、1時間も経つというのに、ベランダから見える街並みの灯りは賑やかで、それでも、夜空に浮かぶ満月の光は一等眩しく見える。あと少し経ったら、この月はちょっとずつ地球の影に隠れていく。
まんまるなメガネ越しに、まんまるな月をぼんやりと眺めているひびやちゃん。
ひびやちゃん、と名前を呼ぶとベランダの手すりを握ったまま俺の方を向いて、まんまるなメガネの奥にひびやちゃんの真っ黒な目が見える。
手すりをぎゅっと握るひびやちゃんの手にそっと手のひらを重ねると、びっくりしたように少し肩が跳ねて、重なった手のひらをみる。もう一度名前を呼ぶと、なんだよって少し戸惑った声がする。肩が触れるように、ぎゅっと距離を縮めるとひびやちゃんは、また月の方に視線を戻した。
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