「レンズ越しに」「カメラ」「照れ笑い」
太陽に照りつけられて額に汗が滲む。水面からの反射光も瞳を貫くほどに強くて思わず目を瞑った。夏の海は心地良いけど、水が嫌いな恋人はそうではないようで浜辺で一人佇んでいた。手を振ると振り返してくれるのが嬉しくて自然に口元が綻ぶ。潮風の匂いとぬるい空気はいつもサーフィンをする時と同じ。でも愛しい恋人が視界に入るだけで、心が浮き立っていつもより順調に波に乗れた。
メンバーみんなとよく遊びにきている海だけど、今日は二人きりで過ごしていた。付き合って1ヶ月になり、友達の距離感から少しずつ抜け出してこれた気がする。付き合いたての時は二人で出かけても緊張から会話が詰まってしまうことも多かった。だけど最近はスムーズに会話を紡げるようになってきたし、この間は手を繋ぐこともできた。「友達」の関係性を破って、二人で恋人としての関係を作り出していく。二人でゆったりと過ごせる時間がとても幸せで、デートの最後はいつも名残惜しかった。
「ロッキー、本当に見ているだけでいいの?」
「いいよ。僕は濡れたくないから」
「つまらなくない?」
「ズーマを見ているだけで楽しいでありますよ」
浜辺に上がり、濡れた髪を手で撫でつけていると持っていたタオルで髪を拭いてくれた。優しい笑顔が眩しい。太陽が反射して、ロッキーの淡い灰色の髪も彩った。今日は天気が良く、水面にも太陽の光がきらきらと輝いている。普通に見ていても綺麗な景色だけど、恋人と過ごしているともっと尊いものに感じられた。
僕がサーフィンをしている間、ロッキーはずっと浜辺でジュースを飲みながら黄昏ていたり、砂で遊んだりして過ごしていた。海に行こう、という誘いに快く乗ってくれたけど、一人にしてしまってつまらなかったかもしれない。だけど普段サーフィンをする時は一人で来ることが多いけど、浜辺に目を向けた時に恋人がそこにいてくれるのはすごく幸せなことだと思った。視線を意識してついかっこつけてしまったりもしたけど、いつもよりよく波に乗れた気がする。
自分が楽しい気持ちになっているのと同じだけロッキーのことも喜ばせたいと思う。付き合う前はずっと心の中で恋心を持て余していた。積極的にアピールしてみたり、かと思えば諦めようと不自然なほどに距離を置いてみたり。付き合う前の自分の行動を思い出すと頭を抱えたくなるほどに不審だったと思う。だけどロッキーが自分のことを受け入れて、恋人としての関係に一緒に踏み出せたことが嬉しかった。だから、ひとりよがりな恋ではなくて幸せにしてあげられる恋をしたい。
「ズーマ、こっち見て」
振り返った先、ロッキーがカメラを構えてこちらに向けてくる。シャッターを切る音がしたと思うと、撮れたよ、と笑顔で嬉しそうに撮ったばかりの画像をこちらに向けてくる。
「え、写真?」
「うん。壊れてたデジカメを直したら使えるようになったであります。ズーマを沢山撮ろうと思って。ズーマの目、太陽が当たるとちょっと色が淡く見えるね。すごく綺麗」
まっすぐに覗き込まれて心に熱が生まれた。綺麗なのはロッキーの方だと思う。茶色の瞳が柔らかく細められこちらを捉えるのが嬉しくて愛しい。でも少し気恥ずかしくて目を逸らしながら答えた。
「写真撮られるの、ちょっと恥ずかしい」
「大丈夫だよ。ズーマは格好いいから写真映えするであります」
「えー、褒めても何も出ないよ?」
「いいからいいから。じゃあ今度は海をバックに撮るであります」
カメラを構えてくるから反射的に表情を作った。見て、とさっき撮影したばかりの画像を見せてくる。画面の中の自分は、気取ってなんだか済ました顔をしていた。
「なんかこれめちゃくちゃ恥ずかしい。ねえ消して」
「えー。かっこいいと思うけどなあ」
かっこいい、の言葉に胸を打たれる。ずっと好きだった人と付き合えたことが嬉しかった。今も、ロッキーからの言葉にいちいち喜んだり気にしたりしてしまう。足が地面から少し浮いているような、ふわふわとした気持ちでずっと彼と相対している気がする。落ち着いて彼と接することができる時間が来るのか分からなかった。
「ロッキー、僕のこと格好いいと思う?」
「え、どうしたのいきなり」
「恋人には格好いいと思われたいもん。どうなのかなって」
「大丈夫。ズーマはずっと格好いいよ」
なんだか少し子供扱いをされているような気がする。だけど柔らかな声と優しい眼差しを浴びるとそれ以上言葉を紡げなくなってしまう。照れ隠しも兼ねて、さっき写真を撮っていたカメラを指差して口を開いた。
「僕の写真ばっかり撮るんじゃなくてさ、二人の写真も撮ろうよ」
「え、僕ちょっと写真は苦手であります」
「さっきあんなに僕のこと撮りまくってたのに?」
「撮るのと撮られるのは違うでしょ?」
「一緒に映るなら大丈夫じゃない? ほら、あっちで撮ろう」
海が見えるところに移動して、カメラを持った手を伸ばして二人が映り込むようにする。自撮りだとちゃんと映っているのか確証が持てない。近くに人がいれば撮ってもらってもよかったがあいにく誰もいないし、最近観光地で流行っているようなカメラやスマホを置く写真撮影用のスタンドもない。アドベンチャーベイの海は綺麗で写真映えするからスタンドがあってもいいかもしれない。今度グッドウェイ市長に提案してみようと思った。
「ロッキーもっと近づいて」
肩を引き寄せて一気に距離を詰める。髪の毛からふわりと良い匂いが漂って体温が上がった気がする。デートを重ねてもまだ近すぎる距離には慣れない。キスとかそれ以上のこととか、恋人らしい行為をこれから重ねていけるのか分からなかった。
撮られた画像を見ると、きちんと映り込んではいるが自分はなんだかとても緩んだ顔をしているし、反対にロッキーは不自然に表情が固かった。思わず二人で顔を見合わせる。ロッキーも僕と同じようなことを考えていたようで、照れたように苦笑いの表情を浮かべていた。
「僕変な顔してる……恥ずかしいであります」
「僕もこんなにだらしない顔してたかなあ」
少し恥ずかしいけど消すかとは聞けなかった。二人で撮った写真はたとえ写りがあまり良くなくても宝物のように思える。
「ズーマはかっこいいよ。だらしなくないであります」
「えー、嬉しいけど本当?」
「本当だよ。サーフィンをしているズーマもすごくかっこよくて目が離せなかったであります」
「ありがとう……でも僕はちょっと不安だったよ。せっかくのデートなのに、ロッキーをひとりにしちゃってたし……僕はロッキーが浜辺で待っててくれて嬉しかったけど、ロッキーはつまらなくないかなって」
「大丈夫だよ。僕、濡れるのは苦手だけど、海で遊んでるズーマを見てるのはすごく好き。キラキラしてて格好良くて、目が離せなくなる」
向けられた言葉が優しくて嬉しくてすぐには何も返せなかった。少し不安に思っていた。僕が幸福感を感じているのと同じように、ロッキーも楽しい時間を過ごしていてほしい。だけど水が苦手な彼にとっては海に行くのは楽しくないことだったかもしれない。そんな後ろ向きな気持ちを切り開いて、芯まで響くような嬉しい言葉を向けてくれることに心が温かくなる。頬も熱くなって、自分でも顔が真っ赤になってしまっていることが分かった。照れ隠しに頭を肩に乗せてぐりぐりと押しつける。
「ち、ちょっと重いよ。それに濡れるであります。ズーマまだ髪乾いてないでしょ」
「ロッキーが可愛いこと言うからさあ」
「人のせいにしないの。ほら離れるであります」
無理やり引き剥がしてくる。きっと顔が赤くなっているから見られたくなかった。案の定、僕の顔を見てロッキーは頬を緩める。
「ズーマ赤くなってる。可愛いね」
「からかわないでよ……ねえもう一回撮ろう」
「いいよ。可愛いズーマの言うこと聞いてあげる」
なんだか年下扱いされているようで少し不服だけど、優しい視線と声が向けられるのは嬉しかった。もう一度カメラを構える。ぐっと近づいて、カメラを持っていない方の手で思いきり引き寄せた。驚いたように声をあげるから、その隙を見計らってシャッターを切る。撮影された写真の中、ロッキーは驚いたような顔をしていた。レンズが捉えた自分の姿を、少し恨めしそうにロッキーは見つめている。
「……いきなり撮るから」
「ロッキー、すごく可愛いよ」
「可愛い」の言葉を返すと頬を染めた。写真が捉えた僕たちの不器用な表情は、後で見返すと恥ずかしくなるのかもしれない。でも今の僕にとっては宝物のように尊かった。これからもこんな風に、ロッキーと楽しい時間を紡いでいきたい。二人で過ごす時間が幸せに溢れることを祈って、カメラの中の自分たちの姿をもう一度見返した。