「たくさん」「ひとりじめ」「照れ隠し」
「……甘い」
パウステーションから下を見下ろしてズーマが呟く。視線の先には昨日恋人同士になったばかりの二人――チェイスとマーシャルが二人で笑い合っていた。ビークルを洗いながら話しているだけだけど、二人を囲む空気は側から見ても分かるほどに甘い。
「うまくいって良かったよね。マーシャルは本当に頑張ったであります」
「やっとくっついたねって感じだよ。どっちも奥手だから仕方ないけどね」
苦笑いをしつつも二人に向ける視線は優しい。太陽の光を浴びて、少し色が淡くなった柔らかい瞳に目が離せなくなってしまった。ずっと眺めてしまっていたところ、ズーマが振り返ってきて視線が合う。
「そういえば僕ロッキーからチョコもらってない」
「僕もズーマからはもらってないでありますよ」
「じゃあ、一緒に甘いもの食べにいかない?」
唐突な提案だけどこちらに向ける表情と声は芯から楽しそうだ。太陽のような笑顔に惹きつけられて、ずっと見ていたいと感じた。恋人同士になって、彼のいろんな感情と向き合ってきたし、これからも一番近くで彼を見守り続けたいと思う。
「甘いもの?」
「ケイティのお店の近くに最近できたカフェがあるでしょ? あそこのチョコパフェが美味しいってラブルが言ってた。ロッキー一緒に行かない?」
「いいでありますよ。今日はもう任務もないかなあ」
「ないと思うよ。僕の勘がそう言ってる」
「自信たっぷりでありますね……」
苦笑いで返してしまったけど、僕も今日はなんとなくもう任務の呼び出しはない気がした。少し風は冷たいけど、天気も良くお出かけにもぴったりの天気だ。突然舞い降りたデートの予定に心が浮き立つ。簡単に準備をして、ズーマと二人でパウステーションの外に出た。ドアを開けてすぐ、洗車の片付けをしているマーシャルとすれ違う。
「ロッキーとズーマ、お出かけするの?」
「うん。デートなんだ」
ズーマがあまりにもさらりと答えるものだから思わず面食らってしまう。それはマーシャルも同じなのだろう。恥ずかしそうに頬を染めた。
「仲良しだね」
「マーシャル達も行けばいいじゃん。せっかく恋人になったんだから、デートしておいでよ」
「えっ……どうやって誘えばいいの?」
「普通に『遊びに行こう』でいいと思うよ。マーシャルからのお誘いならチェイスも断ったりしないよ」
「うーん……そうかなあ……」
自信なさげに目を伏せる。側から見ると甘い雰囲気を醸し出している二人だけど、本人達にはまだ不安な気持ちもあるのかもしれない。マーシャルの気持ちも分かる気がした。
「大丈夫だよ。『一緒に過ごしたい』って素直な気持ちを伝えるのが一番であります」
安心させるように、優しい口調で告げると顔を上げる。不安が残りつつも何かを決心したかのように清々しい表情だった。マーシャルは勇気があるから、今は戸惑っていてもきっとチェイスに自分の思いを素直に伝えられるだろう。
「……そうだね。誘ってみる」
「うん。頑張ってね」
きっとその先にチェイスがいるのだろう。ビークルが停めてある方へと向かっていった。初々しい二人も、楽しい一日を過ごすことができればいいと思う。
春の気配がする道を二人で歩いていく。一緒に住んでいるし、普段から共に過ごす時間は長い。だけどみんなといる時は仲間としての距離感で過ごしているから、こんな風に恋人としてズーマの隣で過ごす時間がすごく貴重で尊いものに感じられた。時間がゆっくり過ぎてほしくて、なんだか歩調もいつもより遅くなってしまう。だけどズーマがそれに足取りを合わせてくれるのが嬉しかった。
「あの二人もどかしいなあ。デートくらいサクッと行っちゃえばいいのに」
口を尖らせながら言う表情はなんだか可愛らしくて口元が綻ぶ。だけど、ズーマはズーマなりに二人のことを心配しているのだろう。
「まだ付き合ったばかりだから仕方ないでありますよ」
「でもさあ……マーシャルの誘いをチェイスが断るわけないって思うけど。恋人同士になった訳だし、チェイスはすっごくマーシャルのこと好きなのに」
「僕はマーシャルの気持ちちょっと分かるけどなあ」
「え、ロッキーも不安なことあったの?」
「不安というか……やっぱり付き合ったばかりの時はなかなか慣れないというか、どんな感じで距離を詰めていいのか分からないことも多かったであります」
溢れるくらいの愛情をもらっていたと思う。「好き」という言葉もたくさんもらっていたし、手を繋いだりキスをしたり――関係を進めていくのも早かったと思う。だけどこれまでと違う関係を紡いでいくことに不安がなかったと言えば嘘になる。ズーマが悪い訳ではないけど、築いてきた関係を全く形の違うものに作り変えてしまうことは、僕にとってはとても勇気がいることだった。
「いっぱい愛を伝えてたつもりだったのに」
「ズーマが悪いんじゃないよ。今まで友達だったのに、恋人っていう全く違う関係になるのは慣れないし大変だったってことであります」
「分かってるけど……僕はロッキーと付き合えたことが嬉しくて頭がお花畑みたいになってたから。能天気すぎたのかなあ」
口を尖らせて拗ねたように言う姿が可愛らしい。直接言うともっと拗ねさせてしまうから言わないけど、年下らしい素直で可愛い部分が大好きだ。きっと格好いい恋人になりたくてズーマは少し背伸びしている部分もあって、そんな風に僕のためを思って頑張ってくれていることは嬉しい。だけど等身大な姿を見せてくれると、彼にとっての居場所になれている気がして安心した。
しばらく歩いた後に到着したカフェは思いのほか人は少なかった。穴場なのだとズーマは言う。窓際の席に案内され、ズーマと向き合って座る。窓の外では見慣れた街の景色が広がっていた。だけど控えめなBGMや洒落た小物に囲まれて見るそれはなんだか遠い世界のことに思えた。
「チョコレートパフェください。ロッキーは?」
「あ……僕も同じものを」
運ばれてきたお水を口に運ぶ。歩いて少し火照った体に冷たさが心地よく沁みていく。一息ついたところで、ズーマが意味ありげに呟いた。
「……あの二人、あんな感じでキスとかエッチとかできるのかな」
「エッ……ちょっとズーマ、ここカフェだから」
お洒落な空間に似つかわしくない直接的な言葉に思わず飲んでいた水を吹き出しそうになってしまう。なんとか抑えて咎めるとズーマに謝られた。
「ごめん……でも今は周りに人もいないし、そんなに大きい声で言ってないからいいかなって」
「でも……それに昼間だしさあ」
直接的な言葉に顔が熱くなる。僕たちは付き合って、そういう行為をするようになるまでもそこまで時間がかからなかった。今は初々しい二人だけど、チェイスとマーシャルだってきっといつかそういう行為に至るのかもしれない。あの調子だと時間はかかりそうだけど、二人が自分たちのペースで、でもしっかりと関係を進めていくことができればいいと思った。
「あの調子だと時間がかかりそうだなあ」
「自分たちのペースでいいんじゃない? あの二人ならうまくいくであります」
「そうだね。僕たちが心配しなくても大丈夫か」
窓からの陽光が優しい表情を彩っている。少し言葉が直接的すぎる時もあるけど、二人を心から心配している姿が微笑ましい。その後も他愛のない話を互いに投げかけあい、パフェが届くまでの時間もあっという間に過ぎていった。
運ばれてきたチョコレートパフェは見た目も綺麗でとても美味しそうだった。スプーンで掬って口に運ぶと優しい甘さが舌に広がる。ほろほろと口の上で溶けて、心地良い甘さの余韻が残った。
「美味しいね」
「うん。こんな美味しいお店を見つけるなんてさすがラブルであります」
「後でお礼言わないとね」
静かな空間で向き合っていると、彼と恋人同士であることを実感する。シャツから覗く冬でも健康的に焼けた肌が眩しい。さっき咎めたものの、欲を持ち合わせているのは僕も同じだ。好きでたまらなくて、触れられたい。だけど、僕と同じように彼のことを好きで、熱っぽい感情を向けている人は沢山いるのだとも思う。昨日パウステーションに届いた大量のチョコレートのことを思い出した。
「……昨日、ズーマもたくさんチョコもらってたでしょ」
「そうかなあ。まあ、それなりにはもらったけど」
突然の言葉に一瞬面食らったような表情をしたものの、すぐに言葉を返してくれた。少し濁して言われたけど、ズーマがたくさんのチョコをもらっていることを知っていた。チェイスが一番たくさんもらっていたと思うけど、ズーマだって人気があるし、その理由もよく分かる。端正な顔立ち、筋肉質で健康的な体つき、屈託ない笑顔。それに見た目が良いだけじゃなくて、冷たかったり荒れた海にも立ち向かっていく姿は勇敢で目が離せなくなる。彼の魅力に気づいている人は沢山いるし、その中の何人かはきっと本気でズーマのことが好きだろう。もし積極的にズーマにアピールする子が出てきて、ズーマがそれに心動かされてしまったら、と思うと胸が痛む。
「ロッキーだってもらってたでしょ」
「そうだけど……ズーマの方が多かった気がするでありまます」
「そんなに変わらなかったと思うよ。もしかして妬いてくれてるの?」
「……うん」
素直に頷くと目を丸くする。そんなことない、と照れ隠しで言ってしまいそうなのを抑えて、素直な気持ちを口にした。恥ずかしい気持ちもあるけど、それを理由に思っていることとは反対のことを口にしてズーマを遠ざけたくなかった。彼の優しさに甘えてしまうだけでは駄目で、照れ隠しで変な虚勢を張らずに気持ちは素直に伝えておかないといけないと思う。だけどじわじわと恥ずかしくなってきて視線を逸らした。視界の端で微笑まれたのが分かる。
「可愛い。大丈夫。僕が好きなのはずっとロッキーだけだよ」
まっすぐな言葉に視線を上げる。愛しく思ってくれていることが表情や瞳から伝わってきた。
「ロッキーが嫌なら来年からは受け取らないよ」
「いや、みんなせっかく頑張って用意してくれてるのにそれは悪いでありますよ。チェイスの言う通り、応援の意味もあると思うし」
「そうかもしれないけど……ロッキーを不安にさせたくないから」
いつだって自分のことを思って沢山の優しさを向けてくれるのが嬉しい。わがままは言いたくないし、弁えたい。だけど時々はその優しさに身を預けて甘えてしまいたかった。
「大丈夫。でも、時々はこうやってズーマを独り占めしたい」
「時々じゃなくて毎日でも良いよ。ねえ、今日の夜も部屋に来るでしょ?」
意味ありげに囁かれた言葉だけで全身が熱を帯びた。今よりももっと綿密に彼を独り占めできる時間が恋しくて仕方なくなる。今だって二人きりで過ごして、ズーマの優しさや格好良さを存分に浴びているはずなのに、これ以上を求めてしまうことがなんだか欲深くて少し恥ずかしくなる。でも想いを止めることができなかった。
「……行くよ。独り占めさせて」
答えるとズーマの瞳も熱っぽさを帯びた気がした。熱くなった体を冷やしたくて冷たいアイスクリームを口に運ぶ。だけど舌に絡みつく甘さが余計に想いを加速させた気がする。もう目の前にズーマがいるのに、夜が待ち遠しくて仕方ない。自分の欲を目の当たりにして、体温は上がるばかりだ。だけど持て余す欲も、重くて戸惑ってしまう感情も、きっと彼は優しく笑って受け止めてくれるのだろう。それに甘えて思う存分彼を独り占めして身を委ねたい。
せっかく美味しいパフェなのに、ズーマのことばかり考えてもう味がまともに分からなくなってしまった。少し恨めしくてズーマの方を見ると、全て見透かしたかのように意味ありげな笑みを浮かべて視線を向けられる。その優しくて完璧な表情に、彼には敵わないと芯から感じた。