明明と心悦の出会いの話(途中で終わります)――日、――――金品を目的とした強盗が発生し――
父親、母親、長男の遺体を、偶然出掛けていた長女が発見――心因的なショックが強く――近隣住民から改めて通報が――犯人は未だ逃走中――目撃証言を集め――回復次第、第一発見者であり唯一の生き残りである長女から話を――
差し出された写真に映る、幸せそうに笑う家族。そのうちの一人である褐色肌の少女を施設長は「この子です」と指さした。
「ふーん、この子が明明?」
「はい。…ですが、その…事件のショックが強すぎるのか、何も話してくれなくて。かろうじて筆談なら…」
名前や年齢、書類上分かること以上のものは知らないのです、と施設長は首を振る。
一家強盗殺人事件、唯一の生き残り。それが、この家族写真に映る少女――明明だった。家族の変わり果てた姿を一番に見てしまったらしい彼女は、事件後保護されてからずっとこの調子だと話には聞いている。俺が援助しているここの孤児院に引き取られたのはたまたまだったが、今回援助の件で電話した際、明明のことを聞き興味を持って施設まで足を運んだ。時折様子を見に来てはいるが、個人的な目的を持ってここへ来たのは初めてだった。
「な、会ってもいいか?」
「え?で、ですが…」
「…正攻法じゃ上手くいかないこともあるぜ」
渋る施設長を言いくるめ、約束をとりつける。椅子と机を並べただけの空き部屋で待つこと数十分、施設長に連れられ明明は姿を現した。
(…………ひでぇ顔してんな)
濃い隈。虚ろな目。かろうじで身綺麗にはしているが、それも施設の人間によるものだろう。優しい言葉をかけている施設長と目も合っていない。意思を感じられない、まるで人形のような彼女は、俺よりもずっと小さな身体をよろよろと動かしながら席に着いた。
「これを…その、近くで待機していますので」
ペンと紙を机に置くと、施設長は明明を気にしつつも一礼して部屋から出ていく。俯いたままの明明に、俺は机越しに手を差し出す。
「よ。俺は心悦。この場所の…ま、パトロンってやつだな。ここには定期的に様子見に来てんだ」
「…………」
「新しく来たやつがいるから、ちょっと話聞かせてもらったんだよ。よろしくな、明明」
「…………」
ちらり、とこちらを一瞬だけ見たものの、すぐにまた俯いてしまい差し出した手は握られることはない。こりゃ重症だな、と手を引っ込めた。
「言いたいことがあればそこに書いてくれればいいから。あ、俺の詳しい自己紹介でもしとくか?」
「…………」
「そうだなー、好きなのはタンフールー。屋台で食ったことあるか?毎年やってるお気に入りの出店があってな、そこで食うのがお気に入りで」
「………」
「あ。買い物も好きなんだけどな、この前買ったチョコレートが華鈴…あぁ、妹に評判でな。甘いの得意なやつじゃないんだが、それは気に入ってくれたらしくてまた今日にでも買って帰ってやろうと思って…」
「…………」
少女は、相変わらず黙ったままだ。けれど、俺からすればその様子で彼女が何を思っているのか判断するのには十分だった。
「………分かったぜ。お前、どうしていいのか分かんないんだろ」
「……………え」
掠れた声が、かすかに漏れる。もうずっとまともに喋っていないのだろう。はくはくと開いた口からは空気が漏れるだけで、上手く音になっていない。
「突然一人になって、どうしたらいいか分かんないんだろ?…分かるぜ、俺もそうなったことあるから」
親父が死んだ時を思い出す。
俺には、華鈴と、奕辰がいてくれた。あの二人がいなかったら、俺はどこか適当な場所で隠居生活でも送っていたかもしれない。
俺ですら、一人じゃ道を間違えるのだから。まだ幼い彼女が、これからどうするかを自分で判断できなくて当たり前だろう。
「俺ならいくらでも道を用意してやれるぜ。例えば、このまま施設で暮らすことも。身元や素行は調査した上で、どこかの養子になるのも。はたまた、もっと別の道も…」
選ぶのは、目の前の彼女次第。
俺はあくまで、道を提示してやるだけ。
選べる道を、見せてやるだけ。
「――復讐、とかな」
「…!」
少女の目が、今日、初めて揺れた。
「俺なら、調べてやれるぜ。お前の家族を奪ったのが誰なのか。どこにいるのか。どんなやつなのか…」
「………………」
彼女の手が、ペンを掴む。
キュ、キュ、とペンを紙に走らせ、拙い字で綴られたそれを、俺の方へと向ける。
『ふくしゅうしたらなおりますか』
「…………なおる?」
何の話だ、と首を傾げると、補足のように次々と紙へ文が並べられていく。
『じけんから、ずっと、いえが赤いんです』
『ほかのものが、まっくろなんです』
『色が、わからないんです。わたしのいえだけ、ずっと赤いんです』
――なるほど。
事件のショック、それと死体を見た衝撃。
そのせいで、視覚…特に色彩感覚に異常をきたしてしまっているらしい。