無題 細い髪にたっぷりと纏わせた泡を濯ぎ落とした乙夜が顔を上げた頃には、浴場にごった返すむくつけき男子高校生たちの中に、ニヒルな笑みのやたらに似合う、馴染みの関西人の姿は無かった。普段整髪料で厳重に固められている黒髪が、文字通りの濡羽色となって羽を休めているのを、確かに見届けた筈だったのだが――。
「……相変わらずはえー」
乙夜がぽつりと呟いた声は、二つ隣に腰掛けた雪宮の浴びるシャワーの音に掻き消された。毎度の事とはいえ、烏旅人という男の「烏の行水」っぷりは、近頃彼と連み始めた乙夜にとって、奇妙で興味深いことの一つである。
「……」
「あれ、乙夜くんもうあがるの?」
「おー」
乙夜は髪に含んだ雫を振り落とすと、裸の背へと投げられた意外そうな声にひらひらと手を振った。脱衣所へと続く扉に手を掛けて、もう一度だけ浴場を見渡したけれども――やはり、探していた姿は見えなかった。
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