食後で食前「付き合い始めてから食細ったよな?」
——ほんの少し、それこそ家族くらいの距離感でなければ気付かない程度ではあるが。
夕食後である。リビングソファに並んで腰掛け一息ついているさなか、獅子神は恋人に問い掛けた。
元々村雨は痩身に見合わずよく食う。そのくせ獅子神が食後に彼の腹を撫でても、然程膨れている様子はないのが常である。食材がどこに消えているのか不思議に思い問うたこともあったが、「外科医は体力勝負なんだ」と、連勤明けのげっそりした表情で零されて以来、獅子神はその真に迫った表情を思い出してはいそいそと丹精込めた食事を用意することに努めていた。
その彼の食事量が減ったのだから——たとえ成人男性の平均はゆうに超えており、体調を崩す程ではないとしても——恋人たる獅子神は一番に気付くし、もしかして自分が無理をさせている所為ではないか、と不安になるのだった。
すると恋人を見上げていた村雨は一度瞬くと、目に見えて、今迄で一番、取り繕うことも誤魔化すこともなく——否出来ずに、顔面をぶわりと赤らめた。
予想だにしない反応に狼狽し、獅子神もつられて頬に熱を宿す。
「え、なに、どした」
熱る彼の頬を傷の無い手の甲で冷ましてやると、村雨はアイグラスの奥の繊細な睫を、ほんの僅か、伏せて瞬いた。
「……人間の三大欲求については知っているな?」
「あ、ああ……」
——食欲、性欲、睡眠欲。
相変わらず思ってもみない角度からの返答に、獅子神は柔頬を撫でながら首を傾げる。
「自覚がなかったのだが、以前の私はバランスが非常に傾いていたんだ。言うまでもなく、食に。しかし、あなたと出逢って、……今はとても安定している。」
「それだけのことだ」と、彼は一層俯いた。覗いたうなじは食べ頃の白桃である。獅子神は今や己の頬が彼より余程熱っているのを自覚しながら、可愛い可愛い恋人を、ぎゅうと両腕で抱きしめた。