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    tayu.

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    『掌上に運らす鮮烈たる彗星』掲載 小説『机上の月』
    月が消え、戻り、やり取りする2人の話です
    ※ブロマンス(左右規定なし)

    机上の月 ふと瞼を開ける。濃い青色に染まった室内の中、起き上がって床に足をつける。ひんやりとした心地が足裏から駆け上ってくるのを感じながら、格子模様の窓枠に手を伸ばす。かたん、と微かな音を立てて扉が開くと、真っ黒に広がる空と海が見える。今は真夜中だから、普段は賑やかな璃月港も、幾分明かりが少なく静かな印象を受ける。暗闇に呑まれそうな中輝く明かりから目を離し見上げると、空には微かに星が瞬いている。そして、いつもは頭上高く浮かぶはずの月は、無い。

     緩慢な瞬きをしてから、室内の戸棚へと向かう。取手に指をかけ、小さな引き出しのひとつを開けると、中には透明に輝くガラス容器が入っている。確かな重みを持つそれを静かに取り出し、窓脇の机上に置く。
     掌程の大きさで複雑な紋様が付いている器は、中にきらきらと光る球状のものを収めている。容器と同じ意匠の透明な蓋を外すと、光はさらに強まった。それは眩いほどの光量を放つので、思わず目を細めながら、親指と人差し指で支えて持ち上げる。球体に温度はなく、質感も重さもない。ただ輝いてそこにある物体は、光と形状以外の特徴や情報を寄越さないまま、大人しく支えられて空へ翳される。

     この辺りだろうか、と位置を定めて静止させる。生きとし生けるものたちが寝静まった深夜、波の音と己の発する呼吸と心臓の音だけが聞こえる。球を持った片手は微動だにしない。暫くした後にぱっと手を離すと、球は宙に留まった……ように見えたのは束の間で、瞬きの間に球は空高くに移動している。そうして、煌々と輝き出した。何事もなかったかのように。

    「あれ、鍾離先生?」
     不意に自分がいる窓の、その隣の窓から声が聞こえた。
    「公子殿」
     窓枠に足をかけた青年に声をかける。銀灰色の服に、赤いスカーフが鮮やかに翻る。何故だか窓から入ってくるのだが、本人曰く俺はこっちの方が気が楽だから、との事。身軽な動作で、すとんと室内の床へ着地する。
    「深夜だから寝てるだろうと思ってたんだけど。先生が夜更かしなんて珍しいね?」
    「そうかもしれないな。ところで、公子殿はこんな夜更けにどうしたんだ?」
    「任務が終わって銀行に戻るところだったんだけど、ちょっと気になることがあってね。……先生、ついさっき、急に空が明るくならなかったかい?」
    「気のせいではないか?」
    「そうだろうか」
     空になったガラス容器の蓋を戻す。貝の裏のような、複雑な色反射を伴う真珠色が煌めいている。

    「ねえ、鍾離先生」
    「何だ」
    「月って、あんな薄黄色をしていたっけ?」
     青年が空を指さして言う。見上げると、そこには満月が浮かんでいる。深い紺色をした空に、先程まではなかった月が、煌々と金色に光っている。
    「月は高度によって見える色が異なると言うが」
    「もっとこう、青とか……白とかだったような気がするんだけどな」
    「ほう」
     茶でも用意しよう、そこの席に座って待っていてくれと伝える。そうして机上の天井に吊り下がっている、控えめな大きさの灯りをつける。ぱっと薄青い光が広がり、座って待つ青年を舞台照明のように照らし出す。陶器から鳴る音と、湯を注ぐ音を立て、やがて芳しい香りと共に青年の元へと戻る。
    「ねえ先生、やっぱり何か隠していないかい」
     疑い深い視線を受けながら、茶器を机上に置く。頭上から降り注ぐ光を受けて、夜を掬い取ったかのような青色がこちらを見据えている。薄青い光は瞳の青を湖面のように光らせる。質問の答えとして、徐に顔を上げて、天井の灯りを見る。それにつられて青年も見上げる。
    吊られた灯りは真ん丸な形をしている。歪なところのない、完全な球体。しかし目を凝らすと、表面に僅かな凹凸があるのが分かる。何だろうと思い青年は観察する。穴のような、靄のような模様。それは、何処かで見上げたことがある。幾度となく夜の空で見たもの。そう、まるで──月のような。

     青年は思わず声を上げる。
    「先生、まさか」

     目の前に座る人物へと視線を移す。
     夜空に浮かぶ月と似た色の、まん丸な眼を瞬かせて、家の主が柔く笑んだ。
     その瞬間、

     ぱちん、灯りが消えた。

    ***

     瞼を開けて、勢いよく身を起こす。
    辺りを見回すと、見慣れたベッド、調度品、そして窓からは璃月港の景色が見える。煌々と輝く月が海面を照らしている。いつもの泊まり慣れた、宿の一室内に自分は居る。
     何かを掴みかけたようだったが、何をしていたのかは思い出せない。珍しく息も乱れていて、一拍遅れてそのことに気付き、深呼吸をする。息を整えると、次第に気持ちが落ち着いてくる。このようにして夢から醒めるのはそう無いことなので、ほんの少しだけ動揺した。が、それも長くは続かない。気にしたって、既に夢は跡形もなく霧散してしまっている。手がかりのない、あやふやな形のものを掴もうと追い求めたって、仕方がない事だと分かっていて。そうして青年は切り替えが早いところが長所であったので。

     外を見る限り、朝はまだまだ遠い。悩んでもどうしようもないので、明日に備えて寝直すことにする。枕に頭を埋め、暫くじっとしていると、遠ざかっていた眠気が再び包み込んでくれる。

     やがて青年が再び眠りに落ちたころ、海の沖の方で何かが落ちる音が鳴った。

     その音は遠すぎて凡人には聞こえず、唯一その音を聞き取った男が目を覚ました。徐に起き出して、閉めていた窓に手をかける。そうして開いた景色に、男は目を見張った。
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