月下の阿呆 月が煌々と明るい夜のことだった。
「ねえダンスをしてみない?」
天幕に帰る道のりで、宴でいい気分のオーシュが言った。酔い過ぎだと見かねてロルフが腕を掴んでだときにはもう遅かった。嫌の一言を口にする前にあれよあれよと片方の腕は腰に手を回されてもう片方は指が絡まった。
「おい酔っ払い」
体が引っ張られる動きに、抵抗しようとしたがしたたかに酔っているのはロルフも同じだった。
「経験は?」
「ないに決まってるだろう」
「練習しようよ」
オーシュに体を引かれるまま相手にステップに合わせて、足を踏み出すと誤って友人の足の先をロルフは踏んづけた。
オーシュは踏まれてもなお下手くそ、と小さく笑って、すぐに踊りを再開した。ロルフがむすりとしてもさして気に留めずに、オーシュは「ねえ知ってる?」とその場でロルフ共にくるりと回って話し始めた。
「満月を相手にカーテシーを決めると上品になれるとか、満月は白猫の化身と言う伝承があるんだよ」
そうなのか、ロルフ自身ふわふわとした酔いに包まれながら「詳しいな」と適当な相槌を打つとオーシュは「あとね」と小さくはにかむ。
「満足の下で躍るとダンスは上手くなるけど、頭はおかしくなるらしいよ」
オーシュは動きを止めずに緩やかに前後に動きながら言った。内緒話でもするような言葉の響きが彼の言葉には含まれている。
「お前は俺におかしくなって欲しいのか?」
だからロルフも裏表のない純粋な疑問をオーシュぶつけた。
酒を飲んで気分が高揚しているとは言えあくまでも一過性のものだ。月下で踊ろうか踊るまいが自分は何も変わらないだろうとした確信があった。明日になれば変わらずにロルフ達は解放軍の兵士として武器を取る。
いつものように。
平和のために大勢の命を奪う。
平穏を望みそれを謳いながら人を殺す。
それこと自体が矛盾だ。
俺たちは頭は月を見る前からすでにおかしいのだろうか、とロルフは思い、狂っていようと狂ってなかろうと瑣末な問題だろうともロルフは思った。酔って躍るオーシュの姿は月明かりを帯びて楽しそうに笑い、ロルフさん自身もオーシュ君の瞳の中で笑っていた。
「どうだろうね。でも、僕らはまともだよ。みんな、みんなね」とオーシュは言った。
目を閉じるオーシュはとても綺麗で、月のように完璧だった。
それが全てだろうとロルフは思った。