鋼の音色に想いを込めて(抜粋)夕暮れの港町を、二人並んでゆっくり歩く。時折吹いてくる風に潮の匂いが混じり、歩くたび海が近づいていることを感じさせる。
「船着き場ってこの先ちょっと遠そうだけど、時間は間に合うべか」
「……大丈夫。この時間帯は、定期船が何本も出ているから」
「へえ、都会ってすごいんだなあ」
そんな何気ない会話をしながら、ネリネは心の中でスグリに謝罪する。
(……ごめんなさいスグリ。でもこうして並んで歩く時間が増えて、嬉しいの)
ネリネは今、船でヒウンシティへ帰るべく港まで足を運んでいる。しかし、本当は彼女は地下鉄に乗って帰宅する予定だった。だがヤーコンの手腕によって交通網がきっちり整備されているこの町は、パーティー会場であるホテルの目と鼻の先に地下鉄の入り口がある。これでは送るもへったくれもない。
スグリがネリネを想うように、ネリネもまたスグリへの恋心を自覚しており、少しでも長く彼との時間を過ごしたかったネリネは、咄嗟に「帰宅手段は船」と言ってしまい、スグリとの二人きりの時間を確保してしまったのだ。
それでも、ねぐらに帰るキャモメの声を遠くに聞いたり、通りすがりのイルミネーションを眺めながら歩いていると、すぐに目的地の船着き場にたどり着いた。
「到着。ここまでで大丈夫。スグリ、ありがとう」
「ん、俺も海沿い歩けて楽しかった。気をつけて帰ってな」
「ええ、それと……メリークリスマス」
そう言って、ネリネは鞄からラッピングされた小さな包みを取り出し、スグリに差し出した。
「わやじゃ、これ……」
「クリスマスプレゼント。ゼイユから渡してもらうつもりだったけど、スグリが来てくれたから直接渡せた。良かった」
そうして、スグリはその可愛らしい包みを受け取る。
「ありがと……でも俺、何も用意してなかった、ごめん」
「先ほどクッキー缶を貰った。ちなみにその中身もクッキー。こちらこそ被ってしまって不覚」
「あ、あれはみんなからだしごめん、来年は俺もちゃんと渡すから」
それを聞いて、ネリネは目を丸くさせる。
「……来年も、一緒にクリスマスを過ごしてくれるのですか」
「え俺何かおかしいこと言ったべか」
「だって、ネリネはもうすぐ学園を卒業するから。卒業してもまた会ってくれる、の」
「……あ」
ごく自然に、当然のことのようにスグリは来年の話を口にした。そしてそれは、スグリが持て余していた感情を決定づけるには充分だった。
(そうだ。もうすぐネリネは卒業する。でも俺は……そんなの関係なく、これからもネリネに会いたい。リーグ部の先輩と後輩じゃなくなっても、一緒にいたい)
「うん、卒業したら会えなくなるなんて嫌だ。これからもネリネと仲良くしていたいし、ポケモンバトルもしたい。ネリネさえ良かったら……だけど」
スグリが心のままに想いを伝えると、ネリネの眼鏡が一気に曇った。
「……嬉しい。ネリネも、同じ考えだったから」
曇った眼鏡越しの顔が上気しているように見えて、スグリの胸の鼓動が速くなる。冬だというのに、素足が潮風に晒されてるというのに、体が熱い。
(ああ、やっぱりそうなんだ。俺、ネリネのことが好きだ)
胸に宿る、甘く熱い感情。それが互いに持ち合わせているものだと考える余裕は、今の二人にはとてもないけれど。
「へへっ、良かったあ。んだば、今年は
プレゼントの代わりにキタカミのりんごをお裾分けするべ。明日には俺とねーちゃん宛に大量に届くはずだから」
「本当ふふ、楽しみ」
互いに笑顔を交わすだけで心が満たされる。今はそれで充分だった。