弔う香り生の香り受肉してすぐに感じたのは強烈な光、次に受肉させた夏油と真人の声、そして触れられる感触だった。150年冷たい瓶の中が全てだった自分にとって、何もかもが新鮮で強烈な刺激であった。弟達との会話も、今までは信号を送れば意思疎通ができていたから難儀であった。言葉ひとつにしても、受け取り方で意味が違ってきてしまうのだ。
何度も間違える俺に、呆れずに付き合ってくれた弟達には感謝しかない。
だんだんと感覚を理解し、不便なく身体を使えるようになった頃合いに装束を与えられた。
先に受肉した弟達が選んでくれたものに腕を通せば、肌に刺す刺激が薄れ、これが暖かい物だと知った。
「脹相ってさ、死臭がするよね」
不躾に襟巻に鼻を近づける真人に、嫌悪感を露わに手で払うが距離を詰めてくる。
呪霊だからと差別するつもりは無いが、慣れあうつもりも無い。肘で軽く打てばやっと距離を開けた。
「死臭?どんな匂いだ」
「人間がやる葬式の匂いがする」
受肉して間もなく、嗅覚というものはあまり理解していない。これがいい匂いですよと花御が嗅がせてくれた花や木の匂いは知っているが、言い方的にあまりいいものでは無いだろう。葬式は死んだ人間を弔う際に催すものだと受肉元の記憶にあるが、匂いまでは知らない。
「ああ、それはきっと仏具と線香の匂いさ」
真人とのやり取りを黙って見ていた夏油が、ケラケラと笑いながら言った。
「仏具?」
「そう。君の装束は坊主から拝借したからね。寺の匂いが移ったのだろう」
同じような袈裟を翻し「なあに、そのうち血生臭くなるさ」と部屋を後にした。
「俺が見繕ってあげようか?」
「いらん。弟達が選んでくれたものだ、無下にはできん」
コーデネートして上げようと思ったのにー!と騒ぐ真人を無視し、夏油に続いて部屋を出た。
なぜ、今になってそんな事を思い出したのか。以前着ていた装束は消失してしまった為、新しい物を用意して貰った。大きさも寸分狂いなく肌なじみがいい。
「やっぱ、そのほうが脹相らしい」
早速、悠仁に見せに行けば感嘆の声と共に褒めて貰えた。「良く見つけたな」と俺の周りを一周しながら見る姿は子供のようで愛らしい。
立ち止まり顎に手を置き考える素振りを見せるので「どうした?」と聞き近寄れば、
抱き着いて襟巻に鼻を埋めてくる。
突然の接触に嬉しい反面、臭いのかと内心大慌てだ。以前真人に嗅がれた時には死臭がすると言われたが、そのように言われるのではと不安になった。
(風呂場まで全力疾走する未来まで見えた)
「あーやっぱ匂いはせんね。残念」
「お、お兄ちゃん臭かったのか?」
「いや?お香みたいなさ、懐かしい匂いがしたのよ」
曰く、子供の頃仏間で昼寝していた時に嗅いだ匂いだそうだ。
仏間という事は、真人が言っていた事はあながち間違いでは無かったな。
「以前、死臭がすると言われたな。葬式のような匂いだと」
「あーわかる。斎場ってそんな匂いよ」
悠仁は祖父を見送ったばかりで記憶に新しいのだろう。やはり、あまりいい匂いでは無いのだな。綺羅羅が付けていた香水とやらを借りるべきか。
「でも、死臭では無い。弔う人の匂いだ」
肩を落とす俺に気付いたのか、慌てたように訂正してくる。
「弔う、か。俺には合致するな」
母を亡くし弟を亡くし、九十九や天元も俺を逃して逝ってしまった。残された俺には弔う人という表現は言い得て妙である。
「それに、あんたの鉄っぽい匂いと甘い匂いが合わさって、安心する…」
照れが来たのか尻すぼみになる言葉に頬が弛む。今日も俺の末弟がこんなにも可愛い。
「つまり、悠仁はお兄ちゃんの匂い大好きってことだな?」
「違わい!落ち着くってこと!」
感極まり抱き締め返せば、拒否はせずに受け入れてくれる。悠仁の安心できる存在となれた事に嬉しく思う。
「俺も、悠仁の匂いが好きだ。生きている匂いがする」
「…あんた、たまに失礼だよな?」
嗅覚を理解していなかった頃よりは、いい匂いと嫌な臭いの線引きは出来ている。
悠仁の匂いは形容し難い、嗅ぐと自然と加護欲が高まる好きな匂いだ。
綿毛のような柔らかい髪に鼻を埋めれば、石鹸と汗の暖かく湿った匂いがする。
生きている、悠仁は生きているのだ。
「なあ、もう離せって」
「いやだ。今日はこのまま悠仁を堪能すると決めた」
「勝手に決めんで?俺、秤先輩に呼ばれてんの」
「秤…?行かないでいい。悠仁もお兄ちゃんで安心してくれ」
ヨスヨスと頭を撫でれば「えぇ…」と困った声を上げるが、諦めたのか腰に腕を回してくる。
先の戦いでお互い無事に済む確証はないが、この子をこれ以上弔う側にしてはなるまいと…願うばかりだ。
おわり