一夜限りのライブを終えて……。「8ビットちゃん、お疲れ様です!」
ライブを終え、衣装を纏ったまま控え室へ戻ってきた彼女。私はすぐさま駆け寄り、蓋を開けたペットボトルを差し出す。汗だくの天使は、背中に着けた偽物の羽を蛍光灯に青く光らせながら、私の腕をすり抜けてソファーに着地した。
「あ~~、疲れたし」
掠れた小さな声が背後から聞こえた。ああ、何か要望がある時彼女はこうする。でもその前に、水分をとってもらわないと心配だ。
「8ビットちゃん、喉渇きましたよね? どうぞ」
もう一度、今度は顔の近くにペットボトルを持っていくが、無視された。
「……あったかいお茶が飲みたいし」
目を閉じたままそう言った後、すぐに見つめてくる。
「ええ? でも今、体熱いでしょう? 冷たいお水の方が」
「やだし~……、待ってるから出せし」
そう言われてしまってはしょうがない。私は急いでお茶を淹れることにした。
***
用意している間、ずいぶんと視線を感じた気がする。早く飲みたかったに違いない。
「ごめんね、お待たせしました!」
思わず悲しげな声色になるが、彼女はいつの間にかしゃきっと座って私を見上げていた。
「ありがとうだし」
彼女はお茶を受け取ると、グビッと飲む素振りを見せた。
「あっ、そんなに一気に飲んだら熱いよ!?」
跪いて様子を伺うと、案の定、咳き込んで舌を出す彼女。見つめ合うと、自然と笑い合っていた。どれくらいそうしていただろうか。彼女が急に静かに呟いた。
「なあ、タグ。ちゃんと見てたか?」
「? もちろん……。」
「アタシすごかったよな? あんなに練習してきたし、ゆるいところなんて一つもなかったよな」
「うん。8ビットちゃんすごかったですよ。わたしが一番わかってますよ」
「うん……。」
彼女は私の足許の少し横に視線を移し、煮え切らない声を出した。
「本当ですよ。8ビットちゃんはわたしの誇りです。」
私の言葉を聞きながら、彼女は飲みかけのお茶を押し返してきた。
「ありがとう。あと、いつもごめん。」
「こちらこそ。」
私は受け取ったお茶を一気に飲み干した。彼女は驚いてこちらを見た。私は構わず彼女の隣に腰掛けた。そして天使の手を握って、ゆっくりと紡いだ。
「わたしいつも、伝わってると思ってあんまり言葉にできてなかったかもって思いました。8ビットちゃんは本当にすごいです。尊敬してます。今日もすごくかわいくて、歌も上手で、わたし、泣いちゃいました」
そこまで絞り出すと、ライブの光景を思い出してもう一度泣いてしまった。彼女は私の背中をぽんぽんと叩いた。
「8ビットちゃん、ごめんなさい。大丈夫ですよ」
「うん。」
そう答える彼女の声はなんとなく楽しそうだった。顔を上げると、ニコニコしながら見つめられていた。それを見れば、私の口元もゆるむ。
「えへ……。」
「タグは本当に泣き虫なんだし!」
抱き締められると、いつもと少し違う匂いが鼻をつく。彼女の汗の香りに、ステージと化粧品のきらびやかな芳香が混じっていた。私は彼女の無造作なショートヘアをくしゅくしゅと握りながら目を閉じていた。
***
「……タグ? やっと起きたし」
意識と視界が戻ってきて、普段の姿に戻った彼女に気がつく。こうしてみると、魔法のような時間だったと感じる。
「あれ、わたし、寝ちゃってた。ごめん」
「いーしいーし。言ってもちょっとだけだし、タグも疲れてたもんな。ずっとありがとうだし」
彼女はしゃがんで目の前に来て言った。私は慌てて起き上がろうとしたが、額と額がぶつかりそうなのでやめた。代わりに、寝転んだまま呟いた。
「8ビットちゃん……。わたし、さっきのお茶、また飲みたいです」
すると彼女の顔は、お湯が沸くみたいにあったまって、赤くなってしまった。