侑北 号泣「ごめん」
「……なんでですか」
「俺は、侑をそういう風に見たことあらへんよ」
蕾をつけた桜の木の下、風が吹いてふわりと侑の匂いがした。好きな匂いに自分の嘘を一瞬だけ後悔する。一瞬だけは、この恋心の供養。これからの未来の為にここを振り切らなければ。
「そういう風に、見とってくれはったやないですか」
「なんや勘違いさせるような態度をしとったら悪かった。俺は卒業して居なくなる先輩で、お前はこれからここで気張らんとあかん後輩や。それ以上も以下も、なんもあらへん」
キッパリと言えた。けれど、目は見れなかった。視線は情けなく伏せられて、侑の大きな足元を見ていた。
――ん?
ポタ、ポタ、と地面に水滴が落ちる。雨の気配なんかない。おかしく思った北は地面から目線を上げると大きな目から大量の涙をたれ流す侑がいた。ギョッとしてしまい、思わず一歩下がろうとする北の手首が強く握られる。逃げるなと言うように。
「勘違いやないです」
いつもの強気な目から、涙が溢れて惜しみなく流れていく。
「見とったから、北さんがこっち見てくれてたこと、ちゃんと気がつけました。それを勘違いで片づけんで下さい」
顔をくしゃっとさせて鼻を啜った。ぐちゃぐちゃな顔。
「振られて、泣いて、惨めやないんか」
強い言葉に、侑は言葉を詰まらせる。傷つけた事実に、北の心臓が痛む。嘘をついて振って、泣かせて、惨めなのは自分だ。
「北さんのことで泣くことなんか、ちっともみじめじゃないです。あんたに嘘をつかさなあかんことが、いっちゃんみじめや」
抜けた敬語に本音がみえて自身の瞳の奥があつくなる。長いこと見ていたせいか、どうも気持ちがシンクロしてしまうようになった。だから泣いている侑を見ていると、本当は北も。
――それにしてもすごく泣いている。男が人前で泣くな、なんてことは思わない。自分だって涙が溢れてしまったことくらいある。
……ただ、こんなに泣くことってあるだろうか。ボロボロと止まることのない涙。たまに鼻をすするせいか、赤くなった鼻。いつも力強く光る目も赤い。いつもより、ずっと幼くみえる。
(可愛いな)
……ん?今、絆されそうにならなかったか?危ない危ない。北は気を引き締める。
そのときだった。
――たり、
侑の鼻水がたれたのは。
「ふっは、」
あまりに隙だらけで無防備で、盛大にに吹き出してしまった。さすがに恥ずかしかったのか、侑は眉を寄せるとしおしおと項垂れる。
「う〜……カッコ悪ぅ……」
「侑、手ぇ離して」
「嫌です!」
「ティッシュ取るだけやから。お前が握っとる方のポッケに入っとるから」
う〜っ、ともう一回唸ると渋々と握れていた手首が解放される。北は、苦笑いをした。
(あー……手遅れやった)
離れていった手を惜しく思ってしまうなんて、鼻を垂らした侑のことを可愛く思うなんて、もう末期だ。
「ほら」
ポケットからティッシュを出して侑に差し出す。
「あざっす」
ブーッと豪快に鼻をかむ姿が、それはもう笑えてしまえてしょうがなかった。堪えきれずに笑っていると恨めしそうな目線を感じた。
「うう、笑われて悔しいやら恥ずいやら可愛いやらで感情がおっつかん……」
「同じ」
視線がぶつかる。
「感情、おっつかんよなぁ」
北の眼差しが随分と柔らかいことに気がつく。侑は恐る恐る、今度は手を繋いだ。
「鼻かんだばっかの手で触んなや」
「凍えるけど、手ぇ振りほどかんのですか」
でかくて、温かくて、少し湿った手。泣かれてしまう前ならば、振りほどいて立ち去ることもできたかもしれない。けれど、壁を作って嘘をついて終わらそうとした自分に、侑はむき出しの姿を見せてくれたのだ。
「……ばっちいって思っても離したくなかったり、あかんなって思ってもやっぱり好きやったり、泣き顔不細工やなぁとも可愛いなぁとも思ったり、好きは忙しいな」
侑も同じか?そう問うと、潤んだ目から止めどなく涙が溢れてさっきよりずっと泣きだしてしまった。それはもう、嬉しそうに。
(泣かせるなら、こういう顔のがずっとええな)
これからはいくらでも本音を言うから。
だから、こういう風に泣くのは俺の前だけにしてくれ。できるだけ。