恋愛相談お茶会「たまにはオレから恋人に触りたいんだがどうすりゃいい?知恵を貸せ」
「レインさん、今何徹なんだ?」
「最近は定時で帰ってしっかり寝ている。心配はいらん」
そういう心配をしているわけではないが言わないでおく。今日の討伐での疲れでおかしくなったのか。それほど大変な任務だったのは間違いない。予想の数倍のドラゴンの群れに予定外の巨人族、ぶつかって来た子供にギャン泣きされて本気で落ち込む先輩やら何やらで。おかげで現在二人ともボロボロの状態で山のような報告書をまとめているのである。
それにしても彼の口からこんな質問がでるとは
自分が気のおける後輩でその“恋人“についても詳しいからか
なんでもいいがそんな生々しい話は今すぐやめて欲しいのがランスの本音だった
「セクハラですか」
「あ?先輩からの相談だぞ、真面目に考えろ」
「次はパワハラか……フィンが聞いたら泣くな」
「……」
本日子供に泣かれた以来二回目の落ち込みだ
ガクリと机に突っ伏したレインにランスはため息をつくと記入済みの報告書を散らばる二色の毛先の前にバサリと積んだ。逆に彼がまとめたものを自分の前に置き、ペラリとめくる
「レインさん、それ確認してください。オレはこれを読んだらホチキス止めしていくから、頼んだぞ。……終わったらお茶を淹れるから休憩しよう。相談の続きはその時でいいだろ。ライオさんからいい焼き菓子もらったのでそれも開けてしまおう」
「あと30分で終わらすぞ」
復活したらしいレインと共に黙々と作業に没頭する
さすがに30分では無理だったが、あれから1時間後には二人は湯気の立つカップとテラリと光るスコーンを囲んでいた
「で、レインさんから恋人に触りたいだったか?触ればいいだろ、アンタの恋人なんだから。たまには素直になれば相手も砂になって霧散するくらい喜ぶと思うが」
傾けていたカップから顔を上げると彼は普段から寄っている眉間の皺をさらに深くした
「恥ずかしいから……出来ねぇ」
「なら諦めるしかないな。どうせあっちから必要以上に触ってくるんだろ。解決したぞ、よかったですね、先輩」
帰ります、と空になった食器を手に立ち上がるといつの間にかランスは無数の剣でできた檻に閉じ込められていた
ジトリと杖を向ける物騒な先輩を睨みつける
「紅茶のおかわりはオレが淹れてやる。座れ、後輩」
「………チッ」
二杯目の紅茶にはフィナンシェが添えられ、ランスはやけくそになりながらついでに頂き物のクッキーも皿にこんもりと盛ってやった。この先輩はこう見えて甘いものが好きだと小耳に挟んだので
「風呂上がりにボディクリームを塗ってあげるとかいいんじゃないか?そのままの流れでベッドにも行きやすいし」
「お前……普段からそんないやらしいことしてんのか?」
「してねぇよ!真面目に答えてるんですからそっちも真面目に聞いてくれ……」
ドン引きした様子で見当違いな誤解をするレインに対してランスは間髪入れずに反論した。先にいやらしいことを聞いてきたのはそっちだ。寮の監督生で、友人の兄で、お兄ちゃん仲間で、職場の先輩じゃなかったら今すぐ床にめり込ませているところだ。そういえば今まであまり関わってこなかった割にこの人と自分との関係性は意外にも多種多様だ。ああ、恩師の恋人というのを忘れていた。そのための恋愛相談だ。正直もう帰りたいが。
「ボディが無理ならハンドクリームはどうだ。普段からケアしているようには思えないからついでにハンドマッサージもしてあげたらいい。結構気持ちいいらしいぞ」
「…………まぁ……それくらいなら」
「恥ずかしいのさえどうにかできればその恋人とやらはアンタのやることなすこと全部“可愛い“らしいから大丈夫だろ。………今度こそ解決でいいです?」
「…………ハンドマッサージの後……ベッドにも行けるか?」
「………………行けます」
耳打ちするようにこそりと最終確認をしたレインはランスの回答に「そうか……」と嬉しそうに呟いた後、憑き物が落ちたようにいつもの無愛想な顔に戻った。「クッキー食っていいか?」と最後の1枚を指差す彼にどうぞ、とだけ答えるとランスはダラリとソファに背中を沈ませた。あれだけ盛ったクッキーの皿は空っぽだ。甘い物が好きなのは本当らしい。まぁ恩師からの(勝手に聞かせてきた)情報なので確実なのだが。
サクサクと呑気に頬を膨らます先輩のカップに残っていた紅茶を注ぐと、不要になった食器類をトレーに乗せて立ち上がる。後片付けは後輩である自分がやるべきだろう。剣の檻は襲ってこなかった。元凶に目をやると今度はランスが譲ったスコーンをもそもそと食している
(紅茶のおかわりがいるな……)
窓の外はもう星が見えてもおかしくないほど暗かった
今日の自分はなんだかため息が多い
残業代のでない先輩との付き合いに、さっそく一歩社会人の階段を登ったランスなのであった