愛情表現は常に200%で出勝
愛情表現は常に200%で
僕は案外悪い男だったのかもしれない。などと思っている事を口にしたら髪の毛も顔面も爆破されそうだけど、こうして優越感に浸るのが癖になっている。
元A組エアコンヒーローショートの祝いの飲み会が行われたあの日から、かっちゃんは僕を自分の事務所に勧誘する。
遠回しに言った事務所に来て欲しいという言葉を、僕はあっさり断ってしまったわけだが、あっさり断ってしまった事によって、かっちゃんの心に火がついてしまったようだ。
手に入らないモノを、手に入らないままにしておく彼じゃない事は、百も承知だ。
かっちゃんは常に上を目指し、勝利を掴んで生きている。嫌な事はしないし、欲しいものは必ず手に入れる。
勇往邁進、剛毅果断、まさにこんな言葉がお似合いの男だ。
そんな彼が自分を欲している。サイドキックとして実力を認めて、誘ってくれていると思うと嬉しくなる。
そりゃあ嬉しい。断った手前、こんなにウキウキしているのは申し訳ないが、誘われた事は嫌ではない。
かっちゃんの言った『特別』の意味をたくさん考えて、僕は今教師兼ヒーローという人生を歩んでいる。
個性が無くなる事を感じ取り教員を目指そうと思った時、自分の中で葛藤がなかったと言えば嘘になる。悩みに悩んだ道だったが、長い月日をかけて教師は天職だと思えた。他人の心に寄り添って何かをおし教え導く事は一種の才能で、僕ができるヒーロー活動だと心から思ったし、今では胸をはって教師と名乗れる。
本当は皆がくれたスーツでヒーローを本職に、飛び回る生活もいいかもしれない。でも、今の仕事を投げ出すのは違う気がして、気持ちが中途半端と言われればそれまでだが自分の中で教師兼ヒーローという形が最適だと思った。
大爆殺神ダイナマイトのニュースを目にするたび、自分の事のように嬉しい。そんな中、ヒーロー活動で忙しいダイナマイトが、時間があれば会いに来る。
勝手知った高校に顔パスでやってきて、職員室の僕の隣に腰かけるのだ。
「なぁ、デクせんせーよォ。まだ教師辞めねぇの?」
生徒の成績を付けている時でも、パソコンに向かって個性をまとめている時でも、休憩中、放課後、かっちゃんは会いにくる。
しつこい保険営業なら、本当に迷惑極まりないのだが、かっちゃんだと思うと顔が緩む。
気持ちがブレそうになりながらも、僕は決まって同じ内容を繰り返す。
「だーかーらー、僕はまだ教師続けたいの」
教師を続けたい、辞めない、君のところには行かないと、かっちゃんが誘うたびに断る。そうすると君の顔がムっとなるのがわかって、最初こそ胸が痛んだが、何回も何回も続くと、違う感情が湧き上がってくる。
罪悪感ではなく、かっちゃんが僕を必死で求めてくれるという優越感。
「お前、ムカツク」
「え、ええ、何で!?」
心を読まれた気がして僕は慌てて返事をしたせいで、声が裏返った。
かっちゃんは昔から鋭くて、そろそろ僕の気持ちがバレそうで怖い。じっと僕の顔を横から覗き込んでくるかっちゃんの赤い目が、急に怖くなって必死で逸らす。
目を逸らせば逸らすほど、何か隠し事をしているのは明白で、だんだんと変な汗が出てくる。
平然を装ってタブレットに目を向け、仕事に集中する事にした。
ざわざわしていた職員室は、時間が経過すると同時に人が減っていく。一人二人と帰宅していく先生を見送りつつ、どのくらいの時間が経過しただろう。
かっちゃんは文句も言わず、あいかわらず隣の席に座っている。
いつも好き勝手にやってきて勧誘してくるくせに、こうして僕が本気で仕事している時はじっと黙って側にいてくれるのだ。
かっちゃんが手に持っているのは『生徒一人一人と向き合う基本的姿勢』と書かれた僕が教員になりたての時に目について買った本だった。
「かっちゃん、忙しく無いの?」
「忙しいわ。忙しいけど、俺が来たくて来てんだよ」
「……そ、そうなんだ」
「センセは大変だな。いろんな生徒と向き合って。まぁ今、俺は一人と向き合うのも大変だがな」
「へ?」
「……はっ、ブス」
おでこをツンと突かれて、ぽかんとしてしまう。
カッと顔に熱が集中して、また目を逸らしてしまった。
かっちゃんの言う一人と向き合うという言葉は、間違いなく僕に向けられた言葉で、その事を瞬時に理解できて赤面してしまう。
回りくどい言い方を止めて直球で来るかっちゃんは、危険だ。
顔がいいし、声が鋭い。かっちゃんが言うと本気度が伝わって、心臓を撃ち抜かれる気さえしてしまう。
求めて欲しい。
僕を欲してほしい。
必死で僕を求める君を、もっともっと見ていたい。
酷いエゴだと思うが、僕もそうとうかっちゃんを欲している。幼馴染としてだけでなく、仕事のパートナーとしてではなく、もっと違う場所に置いてほしいと欲が出ている。
「俺がお前と向き合った結果、分かった事があるんだが」
「……」
唾をごくりと飲み込んでかっちゃんの言葉を待つ。
もちろん顔など見られるはずもない。
「お前。ちょっと喜んでンだろ。俺が来るの」
「うっ……そんな、ことは」
「バレてんだわ!くっそ!こっちは必死でお前を口説き落とそうとしてんのに。事務所勧誘より、もっと手っ取り早い方法でもいいんだぞ?」
目を逸らす僕の顔を両手で掴み、かっちゃんの顔が迫ってくる。
じっと見つめるその顔は本当に整っていて美しいとさえ思う。真っ赤な目で見つめられれば、そのまま吸い寄せられて唇を奪いたくなるほどに。
唇を見つめ、僕は焦る。このまま、かっちゃんが僕だけのものになればいいのに、なんて思ってしまうのだから。
僕だけのものに、などという独占欲に満ちた感情が少し恐ろしくなって、また目を逸らす。
「逸らすな。俺がお前を必要としてるように、お前が俺の事好きで、欲しいと思ってンのは、わーってんだよ」
「へっ!?」
ドキっとした。
本心を突かれたから。
「ばぁか、お前が考えてそうなことくらいわかンだわ、こっちは」
「えぇ……」
「お前が俺を欲しいって言うなら、お前が必死で俺を求めろ。俺は俺の全てをもって100%でお前を愛す。だが、お前は200%で常に俺を好きでいろ」
「……っ、な、なにそれ……事務所勧誘の話だったよね!?」
「はぁ?俺は欲しいモンは、全部この手で総取りだわ、覚悟しろカース」
誰も居なくなった職員室。
あたりはすっかり真っ暗で。
昼間はあんなにも人で溢れているのに、普段賑わっているほど静かになった時の差が激しい。
静かな学校は毎日通っていても薄気味悪いと思ってしまうのに、今はこの二人だけの空間が有難い。
真っ赤になった顔も、幸いかっちゃんにしか見られずに済む。いや、見られてマズいからこうして机に突っ伏しているのに。
嬉しそうに笑っているかっちゃんが真横にいると思うと、しばらく目を合わせられそうにない。
勝ち誇って優越感に浸っていた罰があたったのか。
「じ、事務所には……まだ!入らないからね!まだ!」
「まだ、な。ふーーーーん、じゃあ、お前の俺への気持ちは先にもらっといたるわ」
「っ……」
くそぉ、いつか絶対覚えとけよ、と心に誓って僕はしばらく机に向かって唸っていた。