ダメンズメーカー無個性に戻ってから、かっちゃんはやたらと僕の世話を焼くようになった。
今まで僕が教科書を落としても、躓いて鞄の中身をぶちまけても「どんくせ」って馬鹿にして手伝ってくれた事なんてなかったのに。
今では消しゴム一つでも、拾ってくれる。
転びそうになったら支えてくれるし、帰ろうと思って雨が降り出しても傘のない僕を無言で自分の傘に招き入れてくれた。
最初は何があったのかと驚いた。
明日は槍が降るのでは?台風か?と心配したが、次の日も天気は良好だったし、ヴィランが大暴れして街を破壊なんて事もなく平穏だった。
よく笑いかけるようになって、距離が近い。スキンシップだって増えて、あきらかに幼馴染の距離感ではなくなった。
そうなってくると僕も意識する。
恋愛経験ゼロの僕だって、恋とは何か、愛とは何か考えてしまうし、考えれば答えが出てしまう。
自分の気持ちの“好き”にくらい、高校生になれば気が付いてしまうのだ。
勇気を出して卒業式に「かっちゃんの事が好き!」と、人目も憚らずに告白したら、かっちゃんは僕の腹に一発食らわせてから「一昨日きやがれ」って言った。
でも顔は嬉しそうに、いたずらっ子が愉快に笑うようで、僕は尻もちをついて汚れたズボンを軽くはらって、かっちゃんを追いかけた。
一昨日きやがれと言われても、一昨日になど戻れないので次の日会いに行ったら、なぜか一緒に住むことになった。
「おい、弁当は?今日は寒いからマフラーしていけ。ちゃんと帰るときは連絡しろ」
「はい、わかりました」
「ん」
いってきますと言って、かっちゃんの頬にキスをしてから僕は慌てて大学に向かう。
お昼は学食でかっちゃんのお弁当を友人と食べる日もあれば、外のテラスで食べる時もある。忙しい時は、お弁当は作らなくていいよって言うのに、かっちゃんは用意してくれる。
帰宅すれば夕食があるし、お風呂も沸いているし、次の日の服も用意されているし、部屋はいつも綺麗だ。
僕の大学の予定もバイトの予定も、飲み会の日も、携帯の共有アプリで管理されているし、帰りが遅く雨の日でさらに傘を忘れた日などは、かっちゃんが必ず迎えに来てくれる。薄着をして行った場合、夜にぐっと気温が下がれば上着を持って迎えにしてくれる。
大事にされていると思うけど少し過保護すぎて、くすぐったい。
でも嫌じゃなくてついつい甘えてしまうのだ。
学食でかっちゃんのお弁当を食べていると後ろで女子たちの話し声が耳に入る。
「でさーまじでなんもしなくなってさー」
「あーアンタあれじゃん。ダメンズメーカー」
「へ?どゆこと?」
「彼氏に尽くしすぎて彼氏なんもできんくなってんじゃん。彼氏をクズにする、ダメンズメーカー。それ、アンタ。なんでもかんでもやりすぎ。甘やかしすぎ。彼氏ゴミすぎ。別れた方がいい」
後で繰り広げられる会話に血の気が引く。
え、それって僕の事じゃない?と、後ろを振り返って聞きたくなるが、全然学部の違う女子達だったのでぐっと堪えて口の中の食べ物を飲み込む。
喉で詰まって慌てて水筒のお茶を一気飲みした。
お弁当を作ってもらって、帰ったらお弁当箱を洗ってもらって、水筒のお茶も毎日かっちゃんが沸かしてくれて中身を入れ替えてくれている。今日着てきた服も、かっちゃんが買ってきて今日はこれを着て行けと用意してくれたもの。
髪の毛も切ってもらって、忘れ物が無いかと毎朝にチェックされ。
「……え、僕じゃん」
我慢できずに口から声が漏れた。
その日、家に帰るまでずっとずっと考えていた。
家の扉を開けて僕より先に帰って居たかっちゃんにすぐさま詰め寄る。
帰宅早々息を荒くして距離を詰めた僕に驚いて、キッチンで料理をしていたかっちゃんが包丁を持って一歩下がる。
包丁の先端を僕の方にしっかり向け、いつでも刺せる準備をしているあたりかっちゃんらしいと思う。
「あ?」
「……ねぇ、包丁こっち向けないで。やめて……あの、僕ってクズなの!?」
「は?」
「だって、学食で女の子が、彼女がダメンズメーカーだと彼氏を駄目にするって!」
「……誰が彼女だ。しかもテメェは俺の彼氏でもねぇわ!」
「え!?違うの!?」
そういえば、高校卒業時に好きだと告白したが、付き合いましょうと返事もなく、うやむやにされて同棲したが、付き合っていると言われた事はないかもしれない。
しかし手も繋げばキスもするし、それ以上の事だってして一緒に住んでいるのだから、恋人でなくて何というのか。
「僕って君のなに!?」
「……下僕?」
「こんなに尽くしてくれるのに!?」
チッと強い舌打ちを返されて、僕は項垂れる。
「お前は、俺がいないと生きていけなくなればいいんだよ、ずっと」
項垂れて下を向く僕に、かっちゃんがはき捨てるように言い放つ。
すごく衝撃的な言葉に一瞬思考が停止したが、はっと顔を上げると、相変わらず包丁を突き付けられたままで一歩先に進めない。
「ねぇ、とりあえず包丁置かない?」
「なんで?」
「抱きしめたい、デス」
抱きしめるのに許可を取らねば抱きしめられない状況も変なのだが、ここはお願いするしかない。
もうかっちゃんがダメンズメーカーだろうが、僕がクズだろうが、どうでもいい。
渋々包丁をまな板の上に置いてくれたかっちゃんは、大人しく僕に向き合ってくれた。
抱きしめてもいいとの許可を得たと勝手に解釈して、僕は思いっきりかっちゃんを抱きしめた。
「今までも、前からも僕はかっちゃんが居ないと嫌だよ」
ぎゅっと抱きしめて伝えた言葉に、かっちゃんは少しの無言を貫いたけど、小さな声で返事してくれた。
「そうかよ」
ぎゅっと抱きしめ返してきたかっちゃんのせいで、顔を見る事は出来なかったけど、背骨が折れそうなほど抱きしめてくるって事は、きっと照れているんだなと思って僕は大人しくかっちゃんの強烈なプレスを受け止めた。