目が覚めると、闇だった。
どうしてと思う暇もなく、喉からひゅ、と嫌な音がした。鈍い痛みが全身を貪っている。頭もくらくらする。それ以上に、暗闇が怖い。身体が震え始め、息が浅くなっていく。
「目が覚めたか?」
少し遠くで、声が聞こえる。誰かは分からない。分からないけど、辿って縋りたくなる声だった。涼しいようで暖かく、頼もしい。丸まった背中に手が置かれて、そのままゆっくりと撫でられる。
「あー、暗いの怖いんだっけ…ちょっと待ってろ」
微かに、光が現れた。少しだけ息がしやすくなって、僕は深くゆっくりと息を吸って、吐いてを繰り返す。僅かな灯りが、ごつごつとした床や壁を仄かに照らす。どうやら全て岩でできているらしい。
光があると冷静になって、五感で得たものを情報として脳で処理できるようになっていく。下から水音が聞こえるから川があるんだとか、僕の前に影があるから灯りは僕の背後にあるらしいとか。そして、少しずつ何があったかを思い出していく。
「落ち着いてきたか。何があったか、覚えてるか?」
また声がかけられる。僕は無言で頷いた。
組織から命じられた任務で、僕は三人の仲間を連れて森の調査も兼ねた哨戒に来ていた。そして、敵組織と邂逅し戦闘に移行。相手もこちら側と同じ四人体制だ。多対少にならないよう、あるいは持ち込めるようになるべく複数人での動きを意識していた。そして、崖近くで敵二人との戦闘になった。一人は敵方の幹部で、何度も邂逅したことがある。その度に苦戦を強いられてきた。そして激闘の中、不意に僕と戦っていた仲間が足を滑らせた。先の大雨で足元がぬかるんでいたのが不幸だった。確か僕は、咄嗟に彼女の腕を掴んで引き戻し…その反動で、自分が崖から落ちた。
今の状況を察するに、僕は崖から落ちて、でも生き延びたらしい。身体がひどく重くて鈍く痛むが、重大な怪我は無いはずだ。そして、気になることが一つ。
「……どうして、君もいるんだ…?」
自分の背後にいるであろう声に、聞き覚えがあった。何度も何度も、剣を交えて、戦って、逃げて逃げられて。
「おー、流石の記憶力。よく俺の声が分かったね」
「…飽きるほど聞いてる…」
「はは、確かにな」
くしゃ、と髪を撫でられる。今自分を介抱してくれている人物が対立組織の幹部であることに、困惑を隠せなかった。こいつも落ちたのだろうか、相手一人が崖に落ちた上でそんなヘマをするだろうか。
「まあ落ち着くだろ、敵とはいえ知った声があるだけでさ」
「……」
そんなことないと言おうとして、言えなかった。確かに、今の僕は彼の存在に救われている。このまま暗闇で一人きりだったら、恐怖で精神を狂わせていたかもしれない。
ふと彼に顔を向けようと頭を動かしたら、「おっと」という声と共に視界を塞がれた。砂と塵の匂いがする。でも、少し冷たくて気持ちいい。
「悪いけど、俺いま仮面がどっかいっちまって。顔出しNGだから見せらんない」
「…じゃあどうして」
灯りを点けたんだよと言おうとして、また口をつぐむ。苦しむ僕に彼が放った何気ない一言を思い出した。
ーー暗いの怖いんだっけ……
「…なんで」
「ん?」
「なんで、知ってるんだ…?」
仲間も知らない。つい最近まで自分も知らなかった。暗闇の中に放り出されることに、恐怖を覚えることを。叫ぼうとしても声がでなくて息ができなくて、もがき苦しんでしまうことを。自分のことを何も知らなかった、のに。
「……どうだっていいだろ、そんなこと」
「………」
「それよりもさ、お前寝た方がいいよ。気付いてないかもだけど熱あるから」
「ねつ…」
「そう。つらいだろ、だから寝とけ。起きるまでここにいといてやるから」
冷たい手が僕の視界を塞いだまま、そっと額に当てられる。器用だな、と関係ないことを思った。冷たくて気持ちいいのは、僕自身が熱かったからなのかと今更ながら納得した。
なんで誤魔化すんだ、なんで敵なのに優しくしてくれるんだ、なんでそんな哀しそうな声で話すんだ。聞きたいことはたくさんあるのに、怠さと共に押し寄せた微睡みで意識が溶かされていく。おやすみと囁かれたのを最後に、僕は意識を手放した。
不思議なほどに、懐かしい気分だった。