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    るうう

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    るうう

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    ブラキスWebオンリー用の作品です。
    ※パスワードなしに変更しました!

    #ブラキス
    brachis

    お前となら地獄の果てでも (これで、ひとまずは大丈夫だろう)

     メールの送信ボタンを押し、体重を椅子の背もたれに預け天を仰ぐ。隠しきれない疲労が、ため息として溢れ落ちた。
     怒涛のように過ぎていった日々も、これで一旦の終息を迎える。高レベルのサブスタンス出現による戦闘指揮、それに加えてサブスタンスを狙ったイクリプスの襲撃。そこまでなら勿論、すぐさま対応を取れるよう常に準備をしている。ひとつのイレギュラーとしては、たまたま繁忙時期を終えた後だったことだ。上層部や司令部との会議の直後にサブスタンス出現の連絡を受け、そのまま現場に直行した。現場では指揮に集中し、サブスタンスの回収、イクリプスの撤退を確認した後は、上層部への報告資料の作成に取り掛かった。先ほど資料の送付を終えたが、纏まった睡眠が取れないままに、数日経ってしまっていた。もっと効率良く業務を進めるべきだったと、重い体を引き摺りながら自省する。
     タワーの自室に戻り、暗い部屋の電気をつける。後は資料の作成のみだと説得し、オスカーには2日前から休暇を取らせていた。明日、俺と入れ替わりで業務に復帰する予定だ。
     スマホと財布、必要最低限の物を乱雑に鞄に突っ込む。車ではなくリニアを使って、タワーの外の自宅に向かうことにした。タワーにいるとどうしても、仕事から自分を切り離せない。休暇に入る前のオスカーにも強く勧められたことを思い出し、苦笑しながら準備を進める。コンタクトレンズを外し眼鏡をかける。コートを羽織って、鞄を手に取った。
     フラフラとリニアのステーションまで歩き、ちょうどよく来たリニアに乗り込む。座席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。
     ここまでの疲労を感じたのは久しぶりだ。自身の疲れ具合を見誤ったのも久しぶりだった。ああ、そういえば、あいつと会う約束をしていたのに。
     (反故にしてしまったな……)
     あいつも、対イクリプス部隊として奔走していたのは知っている。襲撃が落ち着き、今は部隊内で交代しながら休暇を取っているらしい。
     (キース)
     後であいつに連絡をしよう。せめて声だけでも聞けたら良いが。聞き覚えのある駅名のアナウンスに、ぼんやりとしたまま立ち上がる。

     会いたい。ただ、そう強く思った。
     

     ――――――

    「……ド、…ーい、ブラッド」
     緩やかに意識が浮上していく。体を包む暖かな空気。食欲を刺激するほのかな香り。低く、胸に染み渡る声。すぐそばで、彼に名前を呼ばれている気がする。導かれるまま、ゆっくりと目を開いた。
    「あ、起きた。飯できたけど食う?」
    「…………?」
     いるはずのない彼が、そこに居た。ソファに寝転ぶ俺に目を合わせるためにしゃがみ、俺が贈った黒のエプロンを身につけて、小首を傾げて俺を見ている。視界が若干ぼやけているのが惜しかったが、ああやはり似合っている。贈ってよかった。……駄目だ、思考が定まらない。
    「……キース……、なぜ、俺の家に……」
     リニアに乗って、自宅に向かっていたはずだ。記憶は曖昧だが、なんとか帰りつけたのだろうと思った。
     キースは目をぱちりと瞬き、眉を下げて笑った。
    「いや、ここオレん家」
     キースの言葉が、一瞬理解できなかった。
     一拍して、急速に意識が覚醒していく。狭まっていた視界が広がり、慌てて体を起こした。そばに置いてあった眼鏡をかけてから改めて周囲を見渡すと、ソファも天井も家具も、キースがかけてくれたのだろうブランケットも、俺の家のものではない。確かにここは、キースがタワーの外に借りている部屋だった。
    「……………………」
     混乱のままキースを見遣る。彼はただおかしそうに肩を振るわせながら事の顛末を話した。
    「リニア降りた後のこと覚えてるか?」
    「……いや」
    「そうだろうな〜、お前、ほとんど寝ながらオレに電話かけて来たんだぜ」
    「………………」
    「駅にいるって言うから行ったら、ベンチで寝てるし、しょうがねーからタクシー呼んでオレん家に運んで」
    「……すまない」
    「ソファに寝かせたら今の今まで爆睡」
    「…………すまない」
     自分の行動に絶句した。
     いくら疲れていたからといって、ここまで人に迷惑をかける行動を自分が取るとは思わなかった。謝罪以外の言葉が出てこない。頭を抱えて唸っていると、キースは何故か機嫌良く笑いをこぼした。
    「はは、まあいいけどよ〜。んで、飯は?食える?」
    「……ああ……、い、いやしかし」
    「気にすんなって。じゃあ先に着替えてこいよ」
     ニヤニヤともニコニコともつかぬ顔で手を引っ張られ、促されるまま立ち上がる。
    「待っててやるから、早くしろよ」
    「…………ああ」
     
     寝室に置いている部屋着に着替え、顔を洗おうと洗面所に入る。
    「はぁ……」
     洗面台に手をつき、そのまま大きなため息が溢れた。
     自分の情けなさに気持ちが落ち込む。穴があったら入りたいほどだ。随分と深く眠れていたのか、タワーで感じていた体の重さが嘘のようになくなっていることも、情けなさに拍車をかけていた。
     電話をかけたことも、駅からここまでの道中も覚えていない。こめかみを抑えながら必死に記憶をたどる。意識が途切れる直前まで、何をしていたのだったか。そういえば、何かを考えていたような……。
    「………………」
     ……無意識というのは恐ろしい。眉間に皺を寄せつつも、頬が熱くなっていくのが分かった。鏡に映る己に、もうこんなことは今後一切しないと誓う。酔っ払ったあいつじゃあるまいし。
    「ブラッド〜準備できたぜ〜」
    「ああ、今戻る」
     後悔していても仕方がないと首を振る。できる限りの謝罪と礼をしようと思考を切り替え、顔も洗ってさっぱりしてから、良い香りが漂ってくるリビングへと戻った。

    「突然だったから適当だけど、文句言うなよ」
    「まさか、ありがとう。とても美味しそうだ」
     適当というが、綺麗に盛り付けられたパスタとサラダ、スープがテーブルの上に並んでおり、食べる前から顔が綻んでしまう。
     いただきます、と言うと、はいどーぞと返される。そんな当たり前にもまた微笑み、パスタを一口頬張り味わっていると、正面に座るキースが楽しげに笑い出した。
    「どうした?」
    「ふふ、いやぁ」
     小さく笑いをこぼしながら、キースもフォークを手に取り食べ始める。
    「……改めて、すまなかったな」
    「ん〜?」
     キースは、もぐもぐとパスタを咀嚼しながら首を傾げる。彼もきっと今日はここでひとり、静かに体を休めるつもりだったのだろう。やっと取れた休暇だろうに、俺はそれを邪魔したことになる。それでもキースは、怒ることもなくずっと笑顔で、俺を迎えに来て休ませてくれ、夕飯まで作ってくれた。感謝してもしきれないと改めて思う。
    「迷惑をかけた。礼をさせてくれ」
    「迷惑とかは思ってねーけど。あ、じゃあ酒には付き合ってくれよ〜」
    「ああ、構わないが……」
     今回ばかりはいくらでも付き合おう。それでも足りないのではと思うが、これ以上はただの自己満足だろうか。
    「キース、他には何か…、」
     素直に尋ねようと顔を上げると、キースはどこか嬉しそうに笑っていた。想像もしていなかった表情に俺は面食らう。ずっと柔らかく表情を緩めている彼に、今度は俺の方が首を傾げてしまった。それを見て、キースはより楽しそうに笑った。
    「お前、ほんとに分かってないんだな」
    「……?何がだ」
     分かっていないとは何のことだろう。見当もつかず、ますます考え込む俺を見て、キースはまたくすくすと笑った。
    「秘密。自分で考えな〜」
     そう言って、フォークにパスタをクルクルと巻き付けぱくりと食べる。「ん、うまい」と満足そうに呟き、お前も早く食えと促されてしまった。俺の中では何一つ腑に落ちないままだが、食欲をそそる香りの前にそれ以上意地を張る気にもなれず、食べることに専念することにした。

     流石に片付けはやらせてくれと訴え、キースがシャワーを浴びている間に皿洗いに没頭する。
     自分で考えな、と言われてしまったから、無心で皿を洗っている間、正直にずっと考えていた。
     やっと休めると思った矢先に邪魔されたとなれば、怒りこそすれ喜ぶことはないだろう。それでもキースは穏やかに笑って迎え入れてくれた。何故だろう。もし俺が、キースと同じ立場だったらどう思うだろうか。
     ふ、と笑みが溢れる。
     (……いつもと同じか)
     ブラッド、と間延びした声が頭をよぎった。迎えに来てくれと続くいつものやり取りを思い出し、口角が緩む。
     きっと、いつものように迎えに行って小言を浴びせて、なんだかんだと文句を言うあいつを抱えて帰る。心配するし呆れもするが、それでも、俺に来てほしいと願ってくれる限り、俺は応え続けるだろうと思う。
     緑の瞳が、低く柔らかい声が、俺を見て、呼び続けてくれるなら。

     ちょうど最後の一枚を洗い終えたところで、パタンと扉が閉まる音がする。乾かしきれていない髪をタオルで乱雑に拭きながら、彼はこちらを振り返った。
    「ブラッド」
     俺を視界に捉え、ゆるりと口角が上がる。安心し切った猫のように、ゆっくりと近づいてきた。
     俺の名前を呼び、緑の瞳に俺を映す。胸が締め付けられ、唇が震えるのをかみしめて誤魔化した。
     お前が、俺を望んでくれる。それ以上の喜びを、俺は知らない。


    「?どうした?」
    「いや。……濡れたまま出てくるなといつも言ってるだろう」
    「ほっときゃ乾くんだからいいだろ〜。なあお前もビールでいいか?」
     つまみも作るか、と冷蔵庫の中身を物色するキースにため息を吐き、タオルを取り上げて髪をわしゃわしゃと拭いてやる。キースは、抗議の声を上げながら缶ビールを取り落とさないようテーブルの上に慌てて置き、俺はその間も気にせず髪を拭き続けた。濡れてへたっていた髪がだんだんとふわふわとした本来の癖を取り戻していく。
     ある程度乾いたところでタオルを外すと、乱れた前髪から、普段は隠されている左目が僅かに覗いた。その瞳にかかる髪を払うようにしても、キースはただきょとんと俺を見ていた。緑色の両目が俺を射抜く。その瞬間、さらに記憶が蘇る。
     
     駅のベンチの、見上げた先で、俺はその瞳を見た。乱れた髪から覗いた両目が、水に濡れたかのように揺れていて。こぼれてしまってはもったいないと、手を伸ばしたのだ。
     
    「ブラッド?」
    「……」
     あの時と同じように、左目の縁を指でなぞる。キースは訝しげに小首を傾げると俺を見つめ直し、そのまま幼子を揶揄うような微笑を浮かべる。
    「やっと分かったか?」
     キースの肩に額を乗せて、小さく頷いた。はは、と愉快そうに声を上げ、彼は俺の背中をポンポンと叩く。

     今回の一件で、おそらく俺が一番見誤ってしまったこと。それは、キースとの約束を叶えられなかったことに自分が想定以上の落胆を覚え、なによりその自覚がなかったことだった。たとえ俺が時間を作れたとしても、キースが同じように時間を割けたかと言われるとわからない。だが、それでも、会いたかった。会いたかったと、思ってしまった。
     だから、願ってしまった。無意識に電話をかけて、呼び出してしまうくらいに。
     リニアの駅で、会いたいと、そう告げた。キースは訳も分からなかっただろうに、走って駆けつけてくれたのだ。息を切らせて飛び込んだ先、ベンチで蹲る俺を見て、ブラッド、と、震えた声がポツリと落ちた。
     揺れる瞳に手を伸ばして、名を呼んだ瞬間、彼は不格好に口角を上げた。
     そこには確かに、安堵だけでなく、喜びも満ちていたと。
     
    「……自惚れていいのか」
    「ああ」
     キースは俺の首に手を回して、「オレ、浮かれてたんだぜ」と、秘密を開け渡すように囁く。
     心臓が高鳴る。少しの隙間も惜しいとキースを掻き抱くと、楽しそうな笑い声とともに背中に回った腕にも力が込もった。
     俺がキースを選んだこと。それに彼も喜びを感じてくれている。だからキースは、今日こんなにもずっと嬉しそうに、楽しそうに笑っているのだろう。

     体を少しばかり離して、彼の瞳を覗き込む。優しさを湛えた湖面のような瞳は、俺だけを映し出していた。
    「キース……」
    「ん?なに、……」
    「……酒は、明日でも、構わないか」
     目を丸くし、驚愕にぽかんと口を開ける。
     自分が今、とても情けない表情をしているのも分かっていた。それでも今は、キースをより強く感じたかった。キースにも俺を選んで欲しかった。
     黙り込んで何も言わないキースにいくらか不安がもたげる。ちらりと顔を伺うと、彼は口をムズムズとさせた後、盛大に吹き出してげらげらと笑い出した。
    「…………おい」
    「ふは、く、あっははは!あ〜笑える、はは」
    「……」
     目元をこすりながらも、キースは笑いを収めきれず、俺は眉間に皺を寄せて黙ることしかできない。はぁ、とやっと落ち着いた様子のキースは、再度俺を瞳に映し、ゆっくりと頷いた。
    「わかった。明日な」
    「!……ああ」
    「その代わり、明日は一日オレに付き合えよ〜」
    「もちろんだ」
     ビールを冷蔵庫に戻すことすらじれったく感じてしまう。落としてしまっていたタオルは適当に洗濯機に放り入れ、キースの手を引いて寝室に向かった。ベッドに座ったキースが俺を見上げる。そして、心底おかしそうに言った。
    「お前、今日ずっとかっこ悪いな!」
    「うるさい、自覚している」
     肩に手を掛けて顔を寄せると、キースはくふくふと笑いながらも、素直に瞼を閉じた。
      
     いつだって、会いたいと一番に思い浮かぶのはお前の顔だと、言ったらこいつは驚くだろうか。
     お前が、俺を選んでくれるのと同じように。
     まあそれは、キスの後でも構わないだろう。今はただ、お前の熱を感じていたい。
     お前との夜は、始まったばかりなのだから。


     ――――

     
     『駅にいる。キース。……会いたい』
     それだけ言って、電話は切れていなかったけど、呼びかけには答えなくなってしまった。
     やっと回ってきたオフだし、ゆっくり酒でも飲んで休暇を満喫しようと思っていたところだった。ブラッドも休みに入ったのは知っていたが、あいつは他のやつらとは比にならないくらい忙しそうだったし。声をかけるのはもう少ししてからでいいだろうと思っていた。
     そう考えていたところに、唐突にかかってきた電話。しかも、伝えてきたことはたったそれだけ。
     さすがに何かあったのではと適当に上着をひっかけて駅まで走った。電話も切るに切れず、スマホを手に持った状態で出てきてしまった。信号で足止めされるのも嫌だったから、途中から人目につかない道を選んでサイコキネシスでショートカットした。建物と建物の間を飛び、駅前で地面に着地する。
     ブラッドに見られてたらうるさいかもとも思ったが、当のそいつは駅のベンチで無防備に寝こけていた。サッと血の気が引く。
    「ブラッド」
     震えた声が零れ落ちた。喪失の恐怖は、簡単なきっかけでよみがえってくる。慌ててブラッドに近寄ると、彼はゆっくりと顔を上げた。右手が伸びて、左頬に触れてくる。いつの間にか露になっていた左目をなぞるようにすると、ブラッドはゆるゆると口角を緩め、小さく、ささやくように声を発した。

    「キース」
     
     胸にあふれてきたものが、零れ落ちないようにするのに必死だった。そのままオレに倒れこむようにして眠ってしまったブラッドを抱き寄せて、深く呼吸を繰り返す。
     そうか、と唐突に理解した。
     ブラッドが、オレを選んで、オレを見て、オレを呼ぶ。
     ブラッドは、オレを選んでくれたのか。
     こんなにも、他に代えがたい喜びが、あるだろうか。
     
    「なあ、ブラッド」
     抑えきれなかった雫が一筋、ブラッドの頬に落ちた。
    「……オレも、会いたかった」
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