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    1歳差で剣道部の先輩後輩をやっていたシライとクロノがそのまま巻戻士になり一緒に任務をしているパロディです

    怪しい噂のある豪華客船内カジノに潜入し、人を救助したり、戦ったり、女装したりするはなしです。

    元ネタはひなべ(@koukihakudou025)さんのイラストになります

    船上兎の潜入遊戯 大いなる太平洋を進むクラウン・パンサラサは15万6000tを誇る豪華客船である。アメリカに本社を構えるCRCクルーズが所有し運航する中で一番巨大な客船であり、船内施設の幅広さやイベントごとの豊富さから客幅が広いことでも有名だ。スイート、ジュニアスイートの利用者のみに入室が限定されるボールルーム・サロンの絢爛さは言うまでもなく、リドデッキにあるオーシャンビュープールやショーラウンジにシアターなどなど、船内で楽しめる設備が用意されている。

     その中でも目玉となるのがいくつかのスペースに分かれたカジノだ。クラウン・パンサラサの船籍はシュエイ民主共和国に置かれているため、他のカジノクルーズ客船と同じように、公海上での営業は2060年においても違法性はない。

    「公海を航海中のみカジノ公開ってね」
    「中入ったらジョークは禁止だからな。また追い出されて巻戻しリトライしたくない」
    「はいはい、仰せのままに」

     今回の任務はこのクラウン・パンサラサ号のカジノスペースの一角で起こる人身売買組織の摘発──ではなく、ターゲットである捜査員の死を阻止しつつ、人身売買の証拠を押さえることだった。

     2062年8月21日の着港・下船時にディキシー・オズワルトの失踪が発覚する。当初は密入国を疑われたが、捜査の結果、8月17日時点で夜間に泥酔していたとの証言が集まり、気付かれぬまま転落・溺死した可能性が高いと見積もられた。当人も死体も見つからないまま捜査は打ち切られ、CRCクルーズが今後の事故防止策に向けた声明を出したのを最後に関係者の動きは止まった。公にはだが。

     この事件には裏の顔がある。ターゲットとなる男性ディキシーは偽名だ。彼は本名を瀬高幸路という警察某部所属の潜入捜査官であり、祖父の血が強く出た外見を活かしているのだとか。彼は人身売買組織に捕まり非業の死を遂げるものの、証拠となる物を無事に仲間へと託した。瀬高幸路という犠牲を払いつつも環太平洋地域に被害をもたらしていた巨大な犯罪組織の打倒には成功したのだ。

     ……つまり、今回はターゲットの命を救いつつ、犯罪組織の摘発に必要な証拠は押さえなければならない。これらを両立しなければ攻略クリアと見做されず、寄港地がない都合上、乗船から下船までの20日を乗組員としてすごす必要がある高難易度任務なのだ。巻戻しリトライ回数がかさむほど日数も増していくことも、この任務の難易度に関わっている。

     現にクロノとシライの特級2人がかりで127回も繰り返しているのだ。うち100回ほどは船内スタッフとしての技能磨きと、攻略の道筋の策定、ターゲットや犯人についての調査に使われている。今回で128回目、そろそろ決着が見えてきた頃だ。

    「作戦そのものに変更はねえな?」
    「ああ。シライ先輩」は予定通りに正面から全員倒してくれればいいよ」
    「もっと無茶振りしてくれてもいいぜ」
    「それなら出来るだけ物壊さないようにしてくれ。隊長がそろそろキレるぞ」
    「はは、やべー。ま、出来るだけ頑張るわ」

     あっけらかんと言い放つ男の頭上では黒兎の耳がピンと立っている。クラウン・パンサラサのカジノ「ラビットフット」は名を幸運のお守りにあやかっており、管理職以外スタッフは男女の区別なくウサギ耳を着けることが義務付けられていた。カジノ勤務の居合いパフォーマーとして潜入しているシライも例外ではない。ディーラーと区別するためかベストの中にいつもの色味のシャツを着込んで、袖あたりを少し緩めに着崩すことが許されている。だが、そこ以外はフォーマルな装いを厳守するよう言いつけられていた。ドレスコードというのは面倒だ。シライは「普段の服に着替えてェ」とぼやきかけ、目の前の後輩ほどではないと考え直して口を閉ざす。

    「先輩なに? 変なとこある?」
    「いいや。可愛くてセクシーだぜ後輩。それが変なんだが」
    「違和感もなくて可愛いってことだな。ボーン入りの立体縫製はすごいな」

     もう一人の特級巻戻士、クロノは17になろうという男だ。背丈も順調に平均を超えて伸びており戦闘スタイルは主に徒手空拳。そんな青年がバニースーツを着てピンヒールを履きこなしている。やはり変だろう。

     股間前部をカバーパンツで押さえつけて違和感ふくらみを殺し、フェイクタイツで膝のゴツさを誤魔化してその上から網タイツを履いている。太ももあたりに曲線美を強調するレースがあしらわれ、胸部と臀部は詰め物で偽装し体の丸みを偽装。膨らみを作ったこと、ボーン入りのバニースーツによる体型矯正効果も手伝って、本来のウエストよりも高い位置に擬似的なクビレを作り出すことに成功した。腕は上から羽織った燕尾服で、手は白手袋で、喉元は付け襟とピンと張った蝶ネクタイで、男らしいシルエットを覆い隠してあった。

     その他にも色々と2087年の技術を使っているらしく、外見はすっかり童顔長身のバニーガールそのものだ。肉付きの薄さはあるものの、色気は所作で十分に補われていた。これも変な点だろう。背丈の問題はどうしようもないが、国際色豊かな船上カジノにはより長身の女性スタッフも複数人いたためになんとかなった。

    「17になっても女装できるとは」
    「誰かが力押しのルートにばっかり連れ回そうとするからな。潜入とか変装とかしなきゃやってけないんだよ」
    「そりゃ大変だ。頑張ってついてきてくれ」
    「力押し以外の任務で呼べってことなんだけど」

     さて、クロノがディーラーに扮さずバニーガールの格好をしているのは技能不足や女装趣味というわけではなく──近頃は新人巻戻士のアカバを筆頭に疑われがちだが──犯罪組織に拐われる女性キャストを助け出すためだ。「ラビットフット」に関わる人事には件の組織の息がかかっており、バニーが正装になっているのもそちらの顧客に売り込むことが主目的なのだ。クロノはクロナという偽名で乗船し、そちら側の顧客の趣味に沿った格好をしている。パッと華やかな美女になるのは難しいが、童顔かつ胸と臀部にボリュームがあるというだけで満たせる需要は確かにあるのだ。

    「そんじゃ、また後で」
    「船が沈むほど暴れるなよー」

     127回目の敗因を口にされて渋い顔をするシライを尻目に、クロノはカツカツとピンヒールを鳴らしてフロアの奥へと進んでいった。ふわふわと揺れる尾を渋面で眺めつつ、シライもまたパフォーマー用の準備エリアへと消えていく。

     夕日が水平線を撫でて消え、夜の帳がかかり始めた。ディナータイムを終え、アルコールの酩酊をまとった乗客たちが、綺羅びやかなカジノのエントランスへ飲み込まれていく。ラビットフットは日の入りが客入りのピークだ。騒ぎは喧騒の中に紛れ込んでかき消される。





     赤と黒、偶数と奇数、ボールがホイールの溝を素早く駆け巡る。通常フロアの設備よりも、さらに大きく豪奢に着飾るカジノの女王が在して、数字に一喜一憂する人間たちをしゃらしゃらと笑っているようだ。男たちの静かで朗らかな談笑、レイアウトのインサイドには長方形の高額チップが乗せられて、ボールが落ちるところを今か今かと待っている。待っているのはディーラーと男たちだけではない。赤でも黒でもない緑のポケットに落ちてくれと、商品にされた女性たちは赤と黒の女王たるヨーロピアンルーレットへと必死に懇願していた。

     ラビットフット奥のVIPルーム、そのうちの1つは人身売買組織の手中にあった。バニーガールたちは顧客の目に留まると「これを運んでくれ。VIPルームまで」と言われ、向かった先でそのまま捕まってしまう。ホールには組織の手の者だけが残り、CRCクルーズ社や人事部門にも内通者が入り込んでいるため、誰にも知られぬまま誘拐は成ってしまう。一人暮らしの女性を積極的に採用しているのも発覚を遅らせるためだ。

    「くそ、銃がなければ……ああ、父さん……!」
    「う、うう……っ、なんでこんな目に、どうして」
    「……………………」

     今回攫われたのは3人。ウェービーなブロンドヘアとはっきりした目鼻立ちのヒスパニック系であるジュディ、艷やかな肌が自慢だと笑っていたケニアにルーツを持つカナダ人女性のオリビア、そして20歳になるアジア系のクロナことクロノだ。

     クロノは組織の顧客に目をつけられ拐われる形で潜入に成功した。作戦通りだというのに先輩が睨んできたのにはハラハラしたが、特に何事もなくVIPルームの絨毯の上へ転がされている。

     捕まったバニーガールは3人が3人とも胸や臀部を強調するような卑猥な縛られ方をしていて、万が一にも逃げられないよう、屈強な男たちに見張られている。ジュディはここに来たとき相当暴れたらしく後頭部にずっとハンドガンを押し当てられて顔色が悪い。オリビアはもっと怯えきっていて、えずきまじりの嗚咽をあげ続けている。いつ失神してもおかしくない状態だ。

     2人を今すぐ助け出したい気持ちをぐっと堪え、クロノは鏡の前で何度も練習した通りの顔つきを浮かべた。顧客の一人、鷲鼻が特徴的な男好みの、怯えながらも助かるために浮かべる媚びた笑み。演じずとも体は義憤で勝手に震えてくれた。「目の奥の敵意が消えてねえ」とは先輩の言であり、対策のため定期的に目線を落とすよう言いつけられている。

    (ボディガードが4人、それとは別に戦闘員が3人、うち2がおれたちの見張り、残りがドアを見てる。VIPマネージャーとディーラーも敵で、今まで挙げた全員がハンドガンを所持してる、けど全員先輩が倒すからここは任せて大丈夫)

     それと、もう1つ。媚びの合間の視線そらしついでに、重たげな像で蓋をされた地下収納らしき扉に目星をつける。先輩と共に読み込んだ船内図と室内の構造を照らし合わせて考えるに、それなりの空間があるはずだ。ターゲット、瀬高幸路は恐らくあそこに閉じ込められている。

     ……瀬高幸路は本当に優秀な捜査官であった。船員として乗船したクロノとシライの経歴が捏造されたものであると突き詰めてしまうのだ。死なないよう「ラビットフット」から遠ざければ組織の手のものと勘違いされ、ならば協力しようと持ちかけると煙に巻いて人混みへ消え、そして当初よりも1日早い8月16日に姿を消してしまう。このように優秀な彼が捕まる理由は単純。彼が侵入する部屋には顧客などのデータと共に「商品」が詰められている……出港地で誘拐された10にもならない少女が、だ。少女を助けようと無理をして捕まり、そして消息不明の身となる。彼の救助はここいらを制圧してからになるだろう。

     クロノがそこまで思案したところで、歓声が突沸して思考を遮った。クロナに目をつけていた鷲鼻の顧客が大勝ちしたのだ。ここまでは今まで、127回目以前と同じだ。違っているのは、買われるのが別の少女からクロノになった点だけ。

     このVIPルームにおいて、賭けで得られるものは金銭だけではない。商品の購入順も賞品の中に含まれている。つくづく下衆の娯楽だ。見下げ果てた人格を有する顧客たちを内心で蔑如しながらも、目が合った顧客の全員に媚びた笑みを見せておく。

    「流石はレチャリーさん、誰も貴方の勝負強さには敵いませんねぇ」
    「ハハハ、こう、欲しいものがあると女神が肩入れしてくれるようで。ヴァラスムさんのように、ビジネスでもこれくらい強ければ嬉しいものですがね」
    「ご謙遜を。それで、やはり黒髪のあの子ですか」
    「ええ。顔つきは天使のまま体だけが卑俗に熟れている。おまけに賢そうだ……」

     鷲鼻の顧客──レチャリーが言葉尻で語気を潜め、脂下がった顔つきでじろじろとクロナの体つきを検分する。社会では一廉の人物として振る舞っているだろう遥か年上の男がエゴイスティックな性欲に目をぎとつかせて、胸や腰つきや股ぐらのあたりを舐め回すように見つめてくるのだ。父よりも年嵩の男に性的な目で見られ、どのようにして肌に触れてやろうか勘案する様に、燕尾服で隠された背筋が総毛立つ。

    「地上に着く前に味を見ておかれますか?」
    「ああ。いつも通り手配しておくように。皆様、お先に失礼。堪え性がなくて申し訳ない」
    「お気になさらず。我々のいつものことでしょう。私どもも、そろそろ勝ちますよ」

     VIPマネージャーの提案にレチャリーが頷くや、ジュディに向いていた銃口が今度はクロノへと向けられた。「声を出したら殺す。逃げれば殺す。逆らえば殺す。反抗しても殺す」と低く恫喝されつつ縄が解かれていく。恐らく、移動のために解いたのではなく、クロナの従順さを測るために逃げ出せそうな状況を誂えているのだろう。それで拘束が増えても面倒だ。大人しく従おう。

     クロノは怯えるふりをしつつ、指示通りに台車に乗せられた箱の中でしゃがみ込んだ。鮫のいる海に落とすなどの脅し文句を最後に箱は閉められ、上にまた別のものが乗せられる音もした。それから、からからと車輪の回る音に合わせて暗闇の底が小刻みに揺れる。このまま荷物として顧客の部屋まで搬入されるのだろう。

     人の声やショーの音がくぐもって聞こえてくる。敢えてそういう、逃げ出しやすそうな場所を通っているのだろう。クロノは息を殺して荷物に擬態し続けた。そうして、かなり迂回した道のりを経て、目的のオーシャンビュー・インペリアルスイートへと運び込まれた。箱が開かれ、頭上から光が差し込んでくる。

    「クロナ、そこから出てこちらへ来なさい」
    「……は、はい」

     かなりの遠回りをしたのはこのためか、レチャリーは既に部屋へと帰ってきていた。室内のカーテンは閉ざされ、光量は色のある雰囲気を出すためにかなり絞られてあった。できる限りおどおどとした感じで、内股気味によろつきながら近付くと、待ちかねたのか向こうから近寄ってきて、臀部を鷲掴みにして体を引き寄せてくる。むにゅ、と詰め物の素材が自然な肉感を伴って歪み、男の目尻がいやらしく垂れ下がった。いかに好色の人物とはいえ、未来の新素材には騙されるようで「おお……! 吸い付くようだ」と歓声を上げている。感覚はなくとも気持ちが悪い。

    「いい子だ。誰に従うべきかをしっかり理解している。だが焦らされるのは好きではないんだよ。早く歩け」
    「………………!」

     揉みしだいたことで我慢ができなくなったのだろう。右手で尻たぶを、左手で胸を弄びながら、ぐいぐいとキングサイズのベッドへとクロノを追いやろうとしてくる。体重から怪しまれても厄介だ。気付かれない程度に重心を前へやり、簡単に前へと押し出せるようにする。

     ……ボディガードは扉の外に消えていった。今からすることを考え、気を利かせたようだった。都合がいい。念のため、もう少し距離を取りたい。クロノは視線を落としたまま、紳士さの欠片もない下品なエスコートに身を任せ、男を扉から引き離していく。あと少し、ベッドへ突き飛ばされるまま転がり、スプリングが背中を支えて鳴いた。もう少し我慢だ。レチャリーは鼻息も荒くベッドの前でネクタイを抜き去り、ジャケットもベストも放りだして、覆いかぶさって顔を近づけてきて……ここらが決めどころだ。近づいてきた顔へ歯を食いしばって頭突きをし、困惑している内に両者の上下を入れ替えた。

    「がッ……!? おまえ、おと、ごっ」

     女のものではない膂力に、ようやくクロナがどこかしらのエージェントであると気が付いたようだがもう遅い。叫ぶような暇は与えず肺を膝で抑える。SPを呼び出すボタンはジャケットの内側だ。ベッドの上から拾うことはできない。暴れるたび断続的に強く押さえつけ、レチャリーが弱ってきたあたりで手足を拘束してしまう。お誂え向きに彼が用意しただろう性行為用の拘束具や金具が用意されていたので簡単だった。暴れるたびベッドが軋むものの、随分激しくしているのだろうと思うくらいで、ボディガードが駆け付けるようなこともない。

     クロノは改めて膝をぐっとみぞおちへ食い込ませ、体を前へ乗り出して体重をかけて、レチャリーを覗き込むように顔を近づけた。

    「昨日買った少女はどこだ」
    「……っ! …………!」
    「おれたちは、邪魔者がいなくなってからゆっくり探してもいいんだけど」
    「〜〜〜〜!!」

     ぐ、ぐ、ぐ、と膝が体の中心にめり込んでいく。息ができなくなったレチャリーが顔を真っ赤にして口をパクパク開閉させたあたりで少しだけかける力を弱め、少し息が吸えたのを確認してから再び膝をめりこませる。吐息を落とすように顔の真上から、ゆっくり区切って圧をかけて問うた。

    「昨日、買った、少女の、居場所」

     膝を外す。そして、まだ敵意が抜けていないのを確認してすぐにまた膝を押し込んで冷たく見下ろす。呼吸が他者に管理される恐怖、クロノの意思次第で長引く苦悶、終わると思えばまた圧迫されることを繰り返すうち、困惑の奥に煮えたぎっていた怒りと敵意がみるみる萎んでいくのが分かる。入れ代わって台頭してくるのは恐怖だ。ここで更にもう一度だけ圧迫を繰り返し、息も絶え絶えになったレチャリーから客室キャビン番号を複数聞き出し、鍵を奪い取ってから気絶させた。次は外のボディガードを中へ誘導して、と段取りを考えながらベッドから降り……振り返ってため息をつく。

     伸されたボディガードの上に、ベスト姿にウサギ耳の男がどっかと座って待ち構えていた。予定時刻より随分と早い。音もなく屈強な男を倒したうえで入り込んできていたのだ。気付けなかったことにクロノの眉根が寄る。このあと、気配察知訓練に駆り出されることは想像に容易い。シライが課してくる訓練自体は剣道部の頃から慣れているからいいのだが、能力の差がはっきり現れていることには悔しさがある。

    「遅えよ、後輩」
    「先輩が早すぎるんだ」
    「言い訳していいわけ? てか、乗り上げてる時のおまえさ、背後から見るとすげー際どかった」
    「今のやり取り全部いらない。それよりVIPルームの方は? 人質と床下のターゲットは?」
    「カジノフロアのお仲間ともども縛り上げて船長に突き出してる。説明はぜんぶターゲットに投げといた。人質も無事」

     首を振ってシラけるダジャレと要らないレビューを打ち切り、VIPルームでの首尾を聞いた。恐らく言いようよりも大暴れしているだろうから終わり際にカジノホールを確認しておこう。どうせ報告書を出すのも、修正するのもクロノの役目になる。

     さて、後は攫われた子たちを助け出して、襲ってくるだろう残りの組織のメンバーを伸せばいいだけだ。指先に引っ掛けた鍵を見せ、それぞれに対応する番号を口頭で伝えれば、当意即妙、同じ答えにたどり着く。

    「内側客室の船尾側に固められてんなあ。その辺にカジノ以外の根城もあったりして」
    「暴れすぎて船壊すなよ。攻略寸前でやり直したくない」
    「同じミスするわけねえだろ。舐めてんのか」
    「さっきから思ってたけど何か気が立ってないか、先輩?」

     否定がないのが答えだった。飄々とした顔つきのままだから気づくのが遅れてしまった。理由は不明ながらストレスが溜まっていたらしい。今回は妙に暴れたがるとは思っていたが……困った先輩だ。クロノと組んでいない時は、もう少し配慮できる人なのだが。とにかく、先輩の不機嫌は後回しだ。被害者を助けるぞと目線で促せば、「適当に荒らす。フォローしろ」と言い放って音もなく駆け出す。絨毯の吸音性がすごいのか、あの人の技量が異常なのか。……おそらく両方だ。

     開け放たれた扉の向こうで黒スーツの益荒男たちが吹き飛ばされていく。それを尻目に、クロノは別ルートから目的の場所へと向かう。……当該エリアは部分部分で小型の竜巻が通ったような有り様であったが、扉の建付けに影響はなかったので良しとしておこう。

     誘拐の被害者たちはバニーガールが助けに来たことに困惑していたものの、全員無事に保護することができた。クロノが被害者たちを船長の保護下へ移動させている間、シライは船内に潜んでいた組織の構成員のほとんどを無力化し、連絡装置を破壊し尽くすという鎧袖一触の大立ち回りをしていた。音だけでかなり大暴れしているのがわかる。

     さて、被害者たちを移送すると、船長たちの保護と説明をすべて丸投げされたターゲットとも合流できた。ブリッジにほど近いイベント用ルームを船長の権限で空けてもらい、カジノのVIPルームに攫われていた人たちとターゲットとで潜んでいたそうだ。鍛え抜かれた捜査官とはいえ、半日以上も閉所で縛られていれば十全ではなくなる。どこに構成員が潜んでいるか分からない。万が一のためクロノはこちらで待機することにした。多分文句は言われるが、これたって間違いなくフォローだ。

     周囲を警戒しつつも敵の配備などを尋ねられ、内側客室に潜んでいた敵のほとんどが壊滅しているという現状を短く伝えた。すると、ターゲットは苦々しく「あなた方には心底から感謝はしているが、あいつはなんなんだ? 滅茶苦茶じゃないか……」と呟いていて、クロノはそれに「シライ先輩だからな」とあっけらかんと返した。ターゲットは納得しかねるようだが、何と言われてもシライだからとしか返しようがない。

     船長には運行上の業務が多く、また人事部門の問題に対処すべく総支配人と話す時間が必要だとかで、この場に留まることはなかった。幸いにも航海士の中には敵はいなかったらしい。運行を変わる必要もなさそうで一安心だ。あとはこの場に留まってシライの大暴れを待つばかり………と一息つこうとした時、色々な出来事が一斉に起こり、場の安全は一瞬にして崩れ去った。

     まず、銃を持った男が元イベントルームの出入り口を蹴破った。
     それとほぼ同時に、シライの〝再生リプレイ〟が入り口付近へ出現、刀で男を含む数名を薙ぎ払う。
     部屋の中にいたクロノ以外の全員がそれに意識を吸われ、その油断がよくなかった。入口近くにいた被害者たるバニーガールのジュディが悲鳴しながら、扉近くに陣取っていたクロノにタックルを仕掛けてきたのだ。ピンヒールで踏ん張れずよろめいてしまった隙をつき、ジュディが部屋の外へ駆け出していく。
     続いて、背後からは少女の悲鳴。最初からこの部屋にいた──シライが保護したのだろうと思っていた──背丈の低い女性スタッフが何処からか取り出したナイフを突きつけている。移送時か、部屋を移った時か、どこかのタイミングで組織の構成員の侵入を許していたのだ。

    「〝複製コピー〟!」

     二つの出来事が状況を悪化させている。それを認識した瞬間、即ち少女が悲鳴を上げてすぐに、クロノは眼帯を引っ張って開眼バージョンアップを宣誓した。右目のタイムマシンが光り輝き、3分後のクロノが現在とは異なる座標に現れ、少女を襲う構成員へと飛びかかった。

    「動くな! 動けばこのガキの────は?」

     3分後の自分が上手くやっただろう音を背に、クロノはジュディを追って外へ飛び出す。恐怖でよろめいているためか、ジュディの進みは遅くすぐに追いつけそうだ。だが、死屍累々の外の廊下の中、なんとか立ち上がった男が一人。仲間を盾に斬撃の威力を弱めたものと思われる。背後から迫られており、気付かぬままで捕まりかけていた。

     3分経てばクロノは自動的に3分前に巻き戻ってしまう。長引かせることはできない。クロノは兎のように跳躍して、その勢いのまま男を殴り飛ばした。ピンヒールとはいえ、きちんと履きこなせば、力いっぱいに成人男性を殴り飛ばすことも可能だ。

    「きゃああああああっ!?」
    「ジュディさん! 外は危険だ、中に戻ってくれ!」
    「く、クロナ……いやよ! 誰が安全なのかわからないわ! ど、どいつもこいつも、信用なんてならないじゃない……!」
    「おれたちはジュディさんを助けに来たんだ! 信じてほしい」

     説得しながらまた角から現れた男をアッパーカットで伸してすぐ振り返り、今にも立ち上がろうとしていた男の背を踏みつける。くるりとバニーコートの裾が翻り、付け尻尾はふわふわと、付け耳はぴょこぴょこと縦に揺れた。

     血と火薬に塗れた鉄火場に相応しくないコミカルなバニーの装飾が、どこまでも真面目で真剣なクロノや背景と合わさり、とてもシュールな姿となっていた。頑なになりかけていたジュディにはちょっとした肩透かしだったのだろう。ぽかんと口を開けたまま、こわごわとだが頷いてくれた。震える彼女の手を取って元の部屋へとゆっくり導いて、扉のあたりまで来たあたりで3分が経過。クロノはジュディの背を押して室内へと入れて、そこでクロノの時間は3分前へと巻戻る。

    「動くな! 動けばこのガキの──」

     背丈の低いスーツ姿の女の叫ぶ声。彼女の視界からぎりぎり外れる位置にクロノは出現した。向こうが対応するより早く姿勢を低くして駆け出し、ナイフを少女の喉元へ突き立てるよりも早く間に自分の手を差し入れ、刃部分を握って引き剥がす。この程度の痛み、耐えるまでもない。白手袋ごと皮膚が裂けて血が滴る。

    「──は?」

     正体不明の目が光るバニーガールが2人に増殖したこと、その片方が視界外から肉薄してナイフを刃ごと握りしめてきたこと、それら意味のわからない現象・出来事を脳で処理する前に対処してしまう。クロックハンズならぬ一般人は、例えそれが場数を踏んだ闇社会の住民であれ、クロノが2人に増える瞬間を目視すれば困惑するのだ。

     ナイフを奪い取り、女を少女から引き剥がして、凶器を持っていた腕を捻り上げて床へ押さえつける。ここまで10秒足らず。同じく女へ突っ込もうとしていたターゲットに先んじることができた。推測ではあるが、ターゲットが突っ込んでいた場合は「組織の構成員に殺される」という前史をなぞっていただろう。阻止できてよかった。

     瀬高幸路が渡してきた縄で女を捕縛、廊下に転がっていた連中からも凶器を取り上げて拘束。そこで襲いかかってきた敵をすべて撃破したシライとも合流を果たし、状況終了とした。あとは潜んでいる敵を探しつつ、ターゲットと被害者たちを8月21日まで守るだけだ。

     船医が被害者たちをまとめて診ている間にクロノの手の傷も治療された。彼ら彼女らは軽い脱水、エコノミー症候群などを発症しており、残りの期間は医務室近くの個室を拠点に過ごすこととなった。怪しげな動きをする看護師(ターゲットへ毒を投与しようとしていた)を拘束したりもしたが、それ以外に動きは見えない。そうこうするうちに瀬高幸路が調子を取り戻し、自己防衛ができるくらいに回復してきた。

     ターゲットらのいる部屋をクロノが防衛している間に、シライが積極的に隠れ潜もうとしていた構成員や顧客を探し出して無力化を進め、残党勢力はみるみるうちに削られ負かされぶっ飛ばされ、あっという間に0になった。クラウン・パンサラサ号内の平和は現段階を持って取り戻された。航海期間は残り3日。あとは無力化した連中を外に出さなければ任務は攻略クリア。鍵は念のためと、船長判断により巻戻士2人へ預けられている。

     さて、船内が平和になったことにより、被害者たちを匿っている個室の横に2人用の簡易拠点が設けられた。いまは久しぶりに2人で会話をしている。クロノもようやっとウィッグを外すことができた。空調が効いているとはいえ流石に夏場は汚れや蒸れが気になる。

    「ま、実質攻略クリアみたいなもんだな。構成員の所属データも抜き取って人事の方と照合して残存勢力がいないのも確定させたし……ああ、連絡途絶えてっから戦闘ヘリとかが飛んでくる線もあるか」
    「縁起でもないこと言うなよ。というか、手。危険はなくなっても、まだ任務中だぞ。やめろ」

     シライの手がクロノの胸元へ堂々と伸ばされ、そこに詰めた特殊な合成物質を揉んでいる。人目が気にならず、人命に危急の事態がなくなった途端の蛮行であった。気になっていたにしても突飛であり、クロノは大変に困らされた。

    「すげーなこれ。エロオヤジも騙せるわけだ」
    「やめろって。いま先輩もエロオヤジになってるからな」
    「いいだろ、感覚ねえんだから。減るもんでもねえし」
    「やめろ。先輩に触られるとそういう気分になる」
    「えっ? マジ?」

     予想外とばかりに聞き直してきた先輩の手をさっさと払い落とし、手入れを済ませておいたウィッグを再び装着する。火照った体に風を浴びせて落ち着かせるためだ。ただでさえ戦闘の熱が冷めやらぬところであった。そんな最中に情欲の火で芯から炙られて、何日もお預けにされては堪まったものではない。

    「ちょっと出てくる。すぐ帰るから追ってくるなよ」
    「ふーん。任務終わったら覚えてろよ、おまえ」
    「休日が被ったら思い出すよ。先輩?」

     仕返しとばかりに言葉でだけ煽り返し、兎はするりと部屋の外へ逃げ出していく。クロノよりも戦い通していたシライには、これだけで十分だ。任務終わりまで同じく煩悶してもらおう。微笑みを称えて背筋を伸ばしたバニーがサンデッキへと歩を進める。船の行く先、遥か下に臨む大海原は、見渡す限りの青が平らに広がっている。海と空は遠くまで続き、まだまだ陸地は見えそうにない。



     この3日後、本当に戦闘機が船へ襲来したが、素早い〝再生リプレイ〟によって何事もなく無力化された。

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    融解90℃

    DONE学パロ、ホラー

    剣道部と茶道部をかけもちしてるクロノが、シライに付き合ってもらって茶会の練習をしているときに、変な目に合うはなしです。
    茶席の怪 第1・第3木曜日は、クロノがシライを茶室に誘う日だ。クロノは剣道部と茶道部をかけ持っており、茶席を設けるためにシライに協力してもらっていた。
     剣道部も4人と少人数なのだが、茶道部はもっと少ない。というより、クロノ1人だ。入部時は4人ほど先輩たちがいたのだが、全員が3年生だったのだ。いまは10月、茶道部の先輩は1学期には卒部していなくなってしまった。短期間にしてはかなり鍛えられたというクロノではあるが、1人で茶会が出来るわけもなく、甘味でシライを釣ってゆるゆると経験を重ねていた。
    「じゃじゃーん、今日は栗きんとんだぜ」
    「おいしそう、いつものお店?」
    「いや2駅離れたとこ」
     最初こそまんまとつられたシライではあったが、後輩に奢られっぱなしでは落ち着けないと、甘味は交互に用意するという決まりになった。稽古用の薄茶も折半して用立てた。今週はシライの番だった。甘党のシライは季節の和菓子にも詳しい。主菓子を薄茶で食べることには目をつぶってくれとは初回のやりとりだ。
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