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    学パロ、ホラー

    剣道部と茶道部をかけもちしてるクロノが、シライに付き合ってもらって茶会の練習をしているときに、変な目に合うはなしです。

    茶席の怪 第1・第3木曜日は、クロノがシライを茶室に誘う日だ。クロノは剣道部と茶道部をかけ持っており、茶席を設けるためにシライに協力してもらっていた。
     剣道部も4人と少人数なのだが、茶道部はもっと少ない。というより、クロノ1人だ。入部時は4人ほど先輩たちがいたのだが、全員が3年生だったのだ。いまは10月、茶道部の先輩は1学期には卒部していなくなってしまった。短期間にしてはかなり鍛えられたというクロノではあるが、1人で茶会が出来るわけもなく、甘味でシライを釣ってゆるゆると経験を重ねていた。
    「じゃじゃーん、今日は栗きんとんだぜ」
    「おいしそう、いつものお店?」
    「いや2駅離れたとこ」
     最初こそまんまとつられたシライではあったが、後輩に奢られっぱなしでは落ち着けないと、甘味は交互に用意するという決まりになった。稽古用の薄茶も折半して用立てた。今週はシライの番だった。甘党のシライは季節の和菓子にも詳しい。主菓子を薄茶で食べることには目をつぶってくれとは初回のやりとりだ。
    「茶道部入ったの、ゆっくり過ごしたかったからなんだけどなあ」
    「このうえなくゆったりしてるぜ。よかったな」
    「ゆったりどころか、1人だと区切りもなにもない」
    「いいじゃん。ゆるくて。本格的なとこだとおれ上がり込めねえし」
     短針中学校の茶道部は、茶室があるから残しているだけのものだった。顧問は一応いるが学生時代に少しかじったくらいで、卒部した先輩たちの方が詳しいくらいだった。その先輩がいなくなり、新入部員も未経験のクロがノ1人。顧問もバドミントン部とかけ持ちしているというくらいで、実質的に茶道部は終わりつつあった。
    「いちおう凪原先生が教えてくれてんだろ?」
    「かなりうろ覚えだからってハンドブック渡された」
    「え、読むだけでわかんの?」
    「わかんないから近くの茶道教室のパンフも渡された」
    「やべー……そこ通うの?」
    「うーん。通いたいんだけど、道具代とか月謝とか親と相談しなきゃならん」
    「ま、そうだよなー」
     足りないものだらけの短針中茶道部。立派な部屋も使われなければ無意味なだけだ。10月は本来なら風炉を使う最後の月だと名残惜しんだり炉開きをしたりするのだが、ここにそんな贅沢はない。窯や鉄瓶は存在せず、卓上IHヒーターとやかんで湯を沸かし、絵柄のない特徴のない色味の器を通年使いまわしている。短針中茶道部に作法以上の風情はない。それだって新入部員のクロノだけになってしまって失われつつあるのだ。
     クロノが教本片手にギリギリこなせるのは盆略点前だけだ。先輩に教わった通りにずっと割り稽古はしているものの、周りで経験者が見ていないためか、上手くなってる実感も薄かった。それでも努力をやめないのがクロノの美点であった。
    「そろそろやろっか」
    「はいよ。にしても風情ねえよな。ほとんど代用品だもん」
    「仕方ないだろ……。結構前に地震でぜんぶ駄目になったっきりなんだって」
     今回使う道具は丸盆、無季の陶器茶碗1つに、茶筅、茶巾代わりのガーゼ、建水代わりの耐熱ボウル、寄付品の棗と茶匙。部室に仕舞われているのはこれで全部のはずだった。はずなのだが、見知らぬ茶碗が一番手前に置かれてあった。
    「あれ? 茶碗が増えてる……しかも紅葉柄だ。寄付品なのかな」
    「まじか。凪原先生が入れたのかもな。よかったじゃん」
    「先生いまはバド部の方に行ってるし、また今度確認しよう」
     話しながら手に取って持ち上げ、クロノはまじまじと茶碗を拝見した。見事な流水紅葉の絵柄だ。数枚ばかり描かれた紅葉の色味が秋色の土肌の深みを際立たせている。流れる川の線は金彩で表され、絢爛ながらも豪奢にはすぎない絶妙の塩梅で飾られてあった。
    「10月だし、折角だからこれを使おうかな」
    「絵柄とか月毎に考えんの大変だなあ。おれはカンペ見ながら菓子食うだけでよかったわ」
    「んー……やっぱ稽古受けたいな」
    「急に積極性出すじゃん」
    「アカバとレモン連客にして、先輩にカンペ無しで問答させたい」
    「動機が不純なのやめろ。急に悪いとこ出してくんなよ」
     言い合いながらも、開始に向けてしっかりと居住まいを正すシライ。ありがたいことだ。クロノはIHヒーターややかんを炉の場所に構え、盆の上に必要なものを乗せて一度茶道口へと下がった。シライは手引本の開きやすくなったページを眺めた。
     正座したクロノが3回に分けて襖を開け、全体的にぎこちない礼をする。礼の使い分けを意識するあまりにがちがちになりがちだった。それから立ち上がり、IHヒーターの前に恭しく盆を置き、立ち上がって建水代わりの耐熱ボウルを取って戻ってくる。割り稽古で扱かれた部分だというのに、足さばきが入ると抜けてしまう。前回はうっかり茶匙を落としかけて、焦って空中で2度掴み損ね、3度目でやっと掴んだ動きの滑稽さにシライが笑いを堪えられなくなっていた。汚名返上せねばと意気込み、やはり固くなってしまっていた。
     IHヒーターの上でふつふつとお湯が揺れている。道具を清め終わったら、次は茶筅通しだ。帛紗を捌いて鉄瓶代わりのやかんを掴み、流水紅葉の碗へと適量を注ぎ込む。10月も末に近づき寒さが増してきた部室に、ふわりと白い水蒸気がたなびく。お湯を沸かしすぎた。そっとIHヒーターの電源を落とす。とにかく、習った通りに茶筅を碗へ入れようと掴み、不可思議さに稽古も忘れて声を出した。
    「……あれ?」
     水蒸気が晴れ、秋色の土肌をした器の中にお湯が張られている。不思議なのはそれではない。お湯の下、器の底が、あり得ないことに抜けていた。本来なくてはならないはずの陶器の色が見えず、ただただお湯の透明なような水色のような、まるで泉を覗いているような色味ばかりが深く深く広がるような光景であった。よくよく見れば、張られた水の膜の下で、一定方向に水が流れている。
     ぽつり、茶碗の中の水の下に赤のなにかが小さく鮮明に映る。目を凝らす。川に流れる紅葉の赤色だった。赤色の薄葉が侘しげに流れていく。茶碗の絵柄だろうか。どんな仕組みで、このように茶碗の底に見えているのか。
     クロノはもっと目を凝らそうと、畳に手をつき礼をするように碗の中を覗き込む。顔を近づけるとより鮮明に、小川とその上にかかる見事な紅葉の枝が見える。せせらぎも、水膜を跨いだくぐもったものながら聞こえてくる。 視界の端、ひらりと身軽な蹄が映り込んできた。鹿だ。せせらぎに流れる紅葉に鹿が合わさってなんとも秋の風情。立派な鹿が見事な躍動で頭上を越えていく……あれ、おかしいことだ。
     覗き込んでいるはずなのに、どうして鹿が上に見え――――
     パリン、
    「おい! クロノ! 息できてるか!? 大丈夫か!?」
    「あ、え? せ、せんぱ、けほっ、あれ、ひゅっ、はーっ、あ、あれ……?」
     天井が見える。真上にシライの顔も見えた。いつの間にか畳の上に横たわっていた。どういうことか息がし辛いが、なんとか頷いてみせると、シライは安心したように息をついた。
    「おまえ、なにがあったか覚えてるか?」
    「あ、ええと、茶筅通しをしようとして、それで……」
     クロノは詰まりながらも自分の身に起きたことを思い出し、茶碗に張ったお湯の奥に秋の山が見えたことを伝えた。冷静になれば、現実味のない出来事だ。何かの理由で途中で倒れて、そこから夢でも見ていたのだろうか。シライはその推測を渋面を浮かべて否定した。
    「おまえ、茶碗に顔近づけたかと思ったら、ひっくり返って溺れたみたいにゴボゴボ言い出したんだよ」
    「頭の上に鹿がいるの変だと思った。水の中にいたんだな」
    「いや……」
     シライが違うと言いたそうにしつつ何故か答えを言い渋る。一体何があったのか。教えてくれと何度も頼み込むと「すまん」と謝罪が先に来た。なにを謝ることがあったというのか。
    「ええと、まずだな。怪しいと思ったからあの茶碗ぶっ壊しちまった」
    「お、思い切りが良すぎるけどおれでもそうする……仕方ない」
    「それでもゴボゴボ言ってんの収まんねえし、おかしいから口に指突っ込んだら水の塊がなんかお前の口の中に張り付いてた」
    「こ、こわ……」
    「あー、それでだな」
     ここでまた言い渋るシライ。これは、まさか、ひょっとして。クロノを襲っていたモノへの対処や、体の倦怠感や違和感を拾ってみると、一つの像が結ばれて見えてくる。
    「待ってくれ。ちょっとホントに待ってくれ。なんか唇周りに違和感あったのって」
    「掃除機とかなかったし、ほら、緊急事態だから……」
     シライの目が建水の位置に置かれたボウルに向く。クロノは一度も捨てていないのに、少し濁った水が入っていた。
    「こう、口で吸い出して、そこに吐き捨てた」
    「………………」
    「無事でよかったぜ」
    「うん、無事でよかった。ありがとう先輩……」
     大雑把にとらえて流すことにした。無言のうちに同意したのだ。
     全くもって、風情の欠片もなかった。あらためて一服という気にもなれず、クロノとシライはそそくさと茶碗片を集めて古紙に包んで捨てた。ボウルの中の水は、悩んだ末、変な動きをしたりしなかったので、そのまま手洗い場に流した。


     その後のことだが、あの茶碗は凪原先生が持ってきたものでも、3年の先輩が持ち込んだものでもなかったことが発覚した。元部長が気遣わしげに「言い忘れていた、すまないね」と剣道部へやってきて言った。
    「たまに出るんだよ。誰が持ってきたでもない茶道具が。そういう物は触らないようにと伝えられていてね」
    「なるほど。使わなかったら問題なかったんですね。今後はそうします。ありがとうございました」
    「わしは、絶対に、茶室には行かん」
    「あ、そうだ。凪原先生が茶席やるなら剣道部フリーにしていいってさ」
    「お茶菓子は出る?」
    「出すよ」
    「行かん言うとるじゃろ!!」
     ギャーギャーと騒ぐ後輩たちを眺めつつ、情緒も何もあったものでないと思い、それに助けられたのだからとシライは口をつぐんだ。
     次回のお茶菓子は亥の子餅にする予定だ。席を設けないという選択肢はシライにはなかった。
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    DONE学パロ、ホラー

    剣道部と茶道部をかけもちしてるクロノが、シライに付き合ってもらって茶会の練習をしているときに、変な目に合うはなしです。
    茶席の怪 第1・第3木曜日は、クロノがシライを茶室に誘う日だ。クロノは剣道部と茶道部をかけ持っており、茶席を設けるためにシライに協力してもらっていた。
     剣道部も4人と少人数なのだが、茶道部はもっと少ない。というより、クロノ1人だ。入部時は4人ほど先輩たちがいたのだが、全員が3年生だったのだ。いまは10月、茶道部の先輩は1学期には卒部していなくなってしまった。短期間にしてはかなり鍛えられたというクロノではあるが、1人で茶会が出来るわけもなく、甘味でシライを釣ってゆるゆると経験を重ねていた。
    「じゃじゃーん、今日は栗きんとんだぜ」
    「おいしそう、いつものお店?」
    「いや2駅離れたとこ」
     最初こそまんまとつられたシライではあったが、後輩に奢られっぱなしでは落ち着けないと、甘味は交互に用意するという決まりになった。稽古用の薄茶も折半して用立てた。今週はシライの番だった。甘党のシライは季節の和菓子にも詳しい。主菓子を薄茶で食べることには目をつぶってくれとは初回のやりとりだ。
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