既成事実は見せるもの夏彦には会う度にいちいち突っかかってくる後輩がいる。その男は一般的には高身長である自分よりも更に背がデカく、切れ長の目をしたイケメンで家も金持ちで顔を合わせる度に生意気な態度を取ってくる。オマケに大好きな幼なじみの🌹にまでちょっかいを掛けてくる。本当に腹の立つ奴だ。
ある日の放課後、夏彦が中庭を通ると「和泉くんが好きです!」と女生徒の声が聞こえてきた。反射的にその方向を見ると恥ずかしそうに俯く声の主と、困り顔でヘラヘラ笑う例の後輩、和泉の姿。和泉は校内でも目立つ存在で女生徒からの人気もあり、中庭には野次馬達が集まってきている。夏彦はとりあえず無視して帰る事にした。
「あ!水無瀬先輩!」
この厄介な後輩は目敏く夏彦を見付け、よく通る声で呼び止めた。おい、オレを巻き込むな。こんな時にだけ先輩呼びしやがって。
無理やり夏彦を現場に引きずり込んだ和泉は、夏彦の肩を抱き言い放った。
「ごめんね〜俺、この先輩と付き合ってるんだ」「はぁ!?!?」
すぐ否定しようとしたが阻まれてしまった。なんと和泉は告白してきた女生徒に見せつけるように、夏彦の唇を己の唇で塞いでみせたのだ。女生徒は勿論、周りにいた野次馬達も嬌声をあげた。最悪だ。
強引にその場を切り抜けた2人は、適当な空き教室に逃げ込み身を潜めた。
「和泉、お前どういうつもりだ!」
「ごめんって、あの子いくら断っても聞いてくれなくってさ〜」
「だからって、キスする事ないだろ!」
「お陰で納得してくれたでしょ?」
「あれは引いてただけだ!」
「じゃあさ、水無瀬…」
和泉はゆっくりと水無瀬に覆い被さるように押し倒した。
「…本当に付き合おっか」
突然の事に抵抗されず床に身体を縫い付けられた夏彦は、夕日に照らされた自分を見下ろす後輩の美しさに息を飲んだ。
「俺、水無瀬の事割と好きなんだよね」
「…割とって、なんだよ」
「じゃあ、すごく好き」
「…からかうな」
夏彦は顔を真っ赤に染め目を逸らすと、だんだんと綺麗な顔が近付いてきた。互いの鼻先が触れ合い、暖かな吐息がくすぐったい。心臓が痛い程うるさい。
「水無瀬、俺告白してるんだけど」
「……」
「早く断らないとまたちゅーしちゃうよ」
「…断らせる気あるのかよ」
「ないかも♡」
いつものニヒルな笑みを浮かべ、そのまま口付けられた。角度を変え、ちゅ、ちゅっ、と教室に何度もリップ音が響く。
「水無瀬、かわいい」
「うるさい、もうやめろ」
「やだ♡」
下校の放送が流れるまで触れ合うだけのキスは続いた。
後日、2人のことは校内中で噂になり、暫く落ち着かない学校生活をする羽目になるのであった。
「水無瀬、放課後デートしよ♡」
「……ハンバーガー奢れ」
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※🌹視点
『あの和泉君と水無瀬君が付き合っている』
センセーショナルな話題は瞬く間に校内を駆け巡った。当然、夏彦の幼なじみである🌹にもその話が耳に入ってきた。どうもおかしい、だって2人は口喧嘩はするけど一切その様な素振りを見せなかったから。
「こうなったら、本人に聞いてみよう」
そう意気込んでみたはいいものの、夏彦の居場所がわからない。今どこにいるのか連絡をしても返事がない。実の所、あの噂が流れてから🌹はちゃんと話ができずにいた。昼休みと放課後、彼は決まって教室からいなくなるのだ。
あれから夏彦は噂のせいで色んな生徒から質問攻めにされていたので、身を隠しているのだと気にも止めていなかった。だが皆がその話題に飽き、落ち着いてきた今も尚それは続いていたのだ。
「…部活でも始めたのかな」
そこで🌹は和泉が美術部である事を思い出した。もし、本当に付き合っているのだとしたら…🌹は足早に美術室へと向かった。
美術室の扉を少しだけ開けて、中を覗いてみると🌹の予想通り、美術室の隅によく知る茶髪と黒髪が見えたが、🌹はそこに広がる光景に目を丸くした。
和泉は机に座っていて彼の膝の上に向かい合うように座る夏彦がいた。
夏彦の顔はこちらからは見えないが、まるで和泉に顔を食べられているかのように、深く、深くキスをされていた。
ちゅ、ぢゅる、くちゅ、いやらしい水音と2人の荒い息遣いを聞きながら、映画やドラマでしか見た事がない濃厚なキスを固唾を飲んで凝視する🌹。すると、こちら側を向いていた和泉と目が合ってしまい、ドキリと心臓が跳ねた。和泉は一旦キスを中断したが慌てることなく、人差し指を口に当て「しーっ」と
私に見えるようにジェスチャーし、いつもの不敵な笑みを浮かべた。そして何事もなかったようにキスを再開して見せた。
官能的な2人の様子に暫く見とれてしまっていたが、ふと我に返った🌹はそっと扉を閉め、足早にその場を去った。
「あの噂、本当だったんだ…」
翌日、🌹は夏彦に「おめでとう!何かあったらいつでも相談してね!恋バナも大歓迎!」と強く肩を叩き、昨日のキスを見られていた事を知らない夏彦は?を飛ばすのだった。