【飯P】ファインダー越しに 「……こんな感じだったかなぁ」
僕は机の上の一枚の写真を見つめ、ため息をついた。
「きちんと撮れているんじゃないのか?」
横合いからピッコロさんが声をかけ、写真を手にとって眺める。
物置で遊んでいた悟天が、おじいちゃんの古いカメラを見つけたのは先週だった。ずっしりと重量感のある、フィルム式のカメラだ。すぐさま「みんなの写真を撮る!」とカメラを持ち出した弟へ付き添って、僕もあちこち出歩いた。
誰も彼も、古いカメラを面白がり、快く撮らせてくれた。女性陣には、化粧を直すから待てと言われたが……それでも、断られることはなかった。そして、「現像したら見せに来い」と全員に言われた。撮ったものがその場ですぐ見られないというのは、却って新鮮だ。
悟天は今、自分の部屋で、現像した写真を一枚一枚アルバムに綴じている。今度は、あれを見せて回るのに付き添うことになるだろう。
ピッコロさんが眺めているのは、最後に訪ねた神殿の前庭での一枚だ。全員の写真を撮った悟天から「一枚残ってるから、最後は兄ちゃんが撮っていいよ!」と譲ってもらった。
かすかな風もやわらかい晴天のもと、僕はピッコロさんにカメラを向けた。素直に視線を寄越してくれるピッコロさんとファインダー越しに目が合うと、生まれてはじめて目が合ったかのように鼓動が早くなった。その姿を写真に閉じ込めるべく、慎重にシャッターを切った。
「……こんな感じじゃなかったと思うけどなぁ。なんか違うんですよ」
ピッコロさんが手にした写真を覗き込み、僕は首を傾げた。視線がぶつかると、ピッコロさんはわずかに目を眇める。
「何だか分からんが、自分の写真を見てそうも違う違うと言われると、あまり良い気はしないな」
ピッコロさんは憤慨し、手に取っていた写真を机へ戻す。
「僕の記憶だと……ファインダー越しに、もっと深く、あたたかな情愛が感じられたんですが」
「じょうあい」
「現像する過程で、そういうものって抜けてしまうんでしょうか」
「……写真から、情愛など感ぜられるわけがないだろう」
ピッコロさんはすっかり鼻白んで、ただの印刷物だ、と冷静に述べた。
僕はどうしても納得がいかず、腕を組んで写真を眺める。
初春のぼやけた青空を背負って、ピッコロさんが皮肉っぽい微笑でこちらを見つめている。陽光はやわらかく、雲は殆どない。ピントは合っているし、どこがどう悪いということもない、普通の写真だ。
しかし、ファインダーを覗いた時は、確かにもっと……言い方はありきたりだが"想い"のようなものが感じられた気がしたのだが。初心者が撮ったのだから、いざ現像してみればこんなものなのだろうか。
その時突然に、部屋の扉が開いて悟天が入ってきた。ピッコロさんが顔を向け、微笑んで尋ねる。
「アルバムは出来たか?」
「もう少しだよ、ピッコロさんにも見せるから。兄ちゃん、もしかしてボクの……」
あっ、と声を上げて、悟天は机の写真を引ったくった。
「やっぱり! ボクが撮ったピッコロさんの写真だ! ごめんね、間違って渡したみたい。兄ちゃんのはこっち」
悟天が一枚の写真を差し出す。同じ春の空と、神殿の白い建物を背景にした、ピッコロさんの写真だ。
「何故それが悟飯の写真だと分かる?」
ピッコロさんが首を傾げると、弟は自分の写真を指差して胸を張った。
「見て! ボクがピッコロさんを撮った時、たまたまトビが通ったんだよ。カッコよくない?」
確かに背景の空に、斜めに飛び去ろうとする鳶の姿があった。写真として格好良いかは、疑問の残るところだが。
悟天は慌ただしく部屋を出て行き、机には僕の撮った写真が残された。
「……ああ、ほら、見てください」
僕は改めて、写真に目を凝らす。初春のぼやけた青空を背負って、ピッコロさんが穏やかな微笑でこちらを見つめている。その目に宿る光の、あたたかな色。ただの印刷物のはずなのに、間違いなく、それは感じられる。
「情愛……」
「ね? こうだったんですよ。よかった、いい写真が撮れてて」
目線を落としたピッコロさんの指が、写真にそっと触れる。何か言いたそうな唇が、渋々といった具合に閉ざされていた。なんといっても、写真の中のピッコロさんが、反論や否定を不可能にしていたのだから。