【飯P】真夜中に目覚めた時は 窓から覗く冬の三日月は、刃のように鋭かった。されども部屋の中は暖炉にあたためられ、燭台の灯りも手伝いほの明るい。
ピッコロはベッドに掛け、サイドテーブルの隅にある小さなぬいぐるみを、見るともなしに眺めていた。
「これ、まだ持ってくれてるんですね」
悟飯はテーブルへ歩み寄り、ぬいぐるみを片手に持ち上げた。ピッコロはきまり悪そうに目を逸らし、捨てる理由がなかっただけだ、と呟く。手の中にあるぬいぐるみと、そのようなものに興味はないとでもいうように窓の外に目を遣ったピッコロとを見比べ、悟飯は声に出して笑った。
「ずーっとそんな風に言ってますよ。もう何年も」
「そんなことはない」
ピッコロの返答は実に素っ気ない。だが、悟飯が握っていたぬいぐるみを取り上げて、テーブルの隅ではなく自分の膝の上へ転がした。
ぬいぐるみは熊にも見えるし、猫にも見える。犬と言われれば犬だし、きつねと言われればきつねだ。何年もの昔、まだ少年だった悟飯が手ずから作り、師へ押し付けたものだった。
その時の悟飯には、神殿の部屋はあまりに生活感がなくがらんとしていて、寂しい空間であるように思われた。「どこにいようとも、寂しさなど感じない」と言うピッコロの言葉が信じられず、半ば強引に渡したのだ。
「僕だと思って、この部屋に置いてください。夜中に目を覚ました時なんか……僕のかわりに、ピッコロさんを、寂しさから守ります」
緊張した面持ちでそう言った悟飯のことを、ピッコロもよく覚えていた。初春の午後、窓の外は薄雲の二すじ程たゆたうのみの晴天で、カーテンを揺らす風もあたたかかった。下らぬと切り捨てることも出来たはずなのに、縫い目の荒い不細工なぬいぐるみに毒気を抜かれ、素直に受け取ったそれをサイドテーブルの隅に立たせた。
記憶を辿りながらピッコロは、膝に転がしていたぬいぐるみを無意識に弄んでいる。その指先が、横たわるぬいぐるみの背を慈しむように撫でるのを見て、悟飯はむっとする。例えぬいぐるみだろうと、生き物の形をしたものが、ああいった優しい手付きで触れられているのは面白くない。思わず、ぬいぐるみを再び取り上げる。
「こんなに古くなってる。本当はもう手放したいんじゃない?」
顔を上げたピッコロの口元が、かすかな沈黙のあと静かに撓んだ。どういう意味の微笑なのか分からず、悟飯は反応に迷う。刺々しいこちらの言い種にも、膝にあったぬいぐるみを乱暴に取り上げたことにも、少しも怒っていない。
「……そうかもしれないな」
ゆっくりと頷き、ピッコロはぬいぐるみを持った悟飯の手を引く。思わずベッドへ倒れ掛けた悟飯を抱き止めた。
「夜中に目が覚めたとて、いつもお前がいるのだから、そいつを持ち続ける意味はない」
ピッコロの腕が、静かに悟飯の背へ回される。悟飯はぬいぐるみを枕の下へ捩じ込み、なんとか押し潰さずにいた身体をそっと抱きしめた。ぬいぐるみのように撫でられるだけでなく、自らの意思で触れるために。
家の裏手に広がる林には、うっすらと雪が積もっている。星凍る空はすでに晴れているが、寂しさを覚えるような静けさだ。けれど、二人で住み始めたばかりのこの家には、神殿のあの部屋のようなうら寂しさはなかった。