ポッキーの日ネタの光王「光雲! ポッキーゲームで対決だ!」
「……王子も飽きないね。まあ、別にいいけど」
放課後、みんなが部活やら遊びやらで去っていった誰もいない教室にて、光雲の目の前の机に座っていた王子は意気揚々と話しかけてきた。
律儀にもこちらの日直の仕事が終わるのを待っていたらしい。日誌も書き終わりさて帰るかとなったところで、ウキウキと鞄から箱を取り出し、光雲に見せびらかしてきた。
「今年こそは光雲に勝ちたいからな!」
「ふ〜ん。王子、一回も僕に勝てたことないもんね。今年も変わらないんじゃない?」
なんだかんだで幼い頃からの付き合いである。対決と名の付くものに目がない彼は、毎年この日になると光雲にポッキーゲームを持ちかけてきていた。楽しそうな雰囲気を隠さない彼に毒されてしまって、なんだかんだで付き合ってきてしまったものだ。
負けが続いても懲りずに挑んでくる王子に頬杖を付きながら呆れてみたら、逆に彼の対決魂に火を点けてしまったらしい。むっと口をへの字に曲げながらも、ん!とポッキーを突きつけてきた。
「いいから! さ、始めるぞ」
「はいはい」
息巻いている王子を横目にため息をつき、真正面から向き合う。お互いが先っぽを加えて、さあ開始と食べ進めていった。
さすがに気合いが入っていたからか、最初はかなりのスピードでサクサクと咀嚼していた王子だったが、ふと、何かに気付いたのか急速に勢いがなくなっていく。
そんな彼の様子を見ながら、内心でにっこりと笑みを浮かべてみた。やっと気付いたらしい。本当に鈍感な男である。
確かに、毎年二人でポッキーゲームを行っていた。幼馴染としていつも一緒にいたからか、いわゆるお年頃になっても、二人の間には照れも恥じらいもない。
が、それはあくまで“去年まで”の話である。
この鈍すぎて一向に光雲の想いに気づかなかったこの男を、なんやかんやと口説き落として、ついに“恋人”となってからまだそう日は経っていなかった。
「(ふふ、照れてる照れてる)」
王子とて、“恋人”とこの至近距離で顔を突き合わせることの意味が、ようやっと分かり始めたのだろう。本当に遅いと詰りたくなるが、口づけをしようものなら恥ずかしがってすぐに逃げ出す彼を思えば、これは光雲にとってまたのない好機だったのだ。
光雲が近づくに連れて、我慢ならないといった様子でぎゅうと目をつぶった王子の顔は、隠しようがないほどに真っ赤に染め上がっていた。沈み始めた夕日が彼の全身をオレンジ色に染め上げているというのに、茹蛸のように赤くなった彼の姿がそれに負けることはないようだ。
食べ進められなくなった王子に構わず顔を近づけていれば、堪えきれなくなったのか、王子は自らポッキーをカリと噛み砕いてしまった。
「あ〜あ」
「も、もういいだろ! 俺の負けでいいから!」
だから少し離れてくれ、と蚊の鳴くような声で王子が呟く。かなり照れているようで、顔の前に手を出して、顔を横に背けたしまった。
にんまり、と口角が持ち上がっていく。ここまできて、どうやらまだ王子は大事なことに気づいていないらしい。
そもそも、ポッキーゲームを始めた時点で、どう転がってもこの対決は光雲の勝ちだというのに。
「じゃあ僕の勝ちだね。う〜ん、命令は何にしようかな」
ニコニコと、上機嫌な光雲とは真反対に、王子はまるで囚人にでもなったかのような項垂れようだ。いつもの対決では、かなりの無茶をさせているから、それを思ってさぞ心配していることだろう。
まあ、確かに無茶と言えばそうだが、今回の命令はそこまで肉体的には厳しいものではない。
「決めた! それじゃあ王子、そこでじっとしてて」
「……? それだけでいいのか?」
「十分だよ。あ、一応目は閉じててね」
「?ああ」
キョトンと拍子抜けしたように肩の力を抜いた王子に対して、光雲は口元の笑みが広がるのを止められなかった。念のため、彼が途中で動いてしまわないように少々強めの力で肩に手を置く。これで逃げることはできないはずだ。
「……光雲?」
いったいこちらが何をしようとしているのか検討がつかないのか、目をつぶったまま、不思議そうに王子が呼びかけてくる。
そんな彼には何も返さずに、光雲はゆっくりと顔を近づけていった。彼の、意外と長いまつ毛がふるふると震えているのがなんだか可愛らしい。お互いの吐息が顔を掠めて、なんだかこそばゆかった。
そのまま、ちゅっと軽いリップ音が静かな教室に木霊した。ガサツな彼らしいガサガサとした触感が唇に触れて、妙におかしくなってしまった。今度、おすすめのリップクリームでもあげてみよう。
「……っ! こ、光雲!?」
「あ、動いちゃダメって言ったのに。命令はちゃんと聞いてよね」
ここまできたら何が起こったのか理解したのだろう、ばっと音が鳴りそうなほどの勢いで瞳を開けた王子は、口をパクパクさせていた。
だと言うのに、光雲の言葉にハッとして「わ、悪い」だなんて律儀に謝るものだから、光雲は今度こそ声を上げて笑ってしまった。
「光雲〜!」
「ははっ! ごめんごめん。まさかわざわざ謝るなんて思わなくって」
腹を抱えて笑い声を上げる光雲に、何か言いたげにわなわなと震えていた王子は、それでも何も言えずに押し黙るだけだった。
ちらり、と彼の顔を見上げてみたら、変わらず顔を真っ赤にしながらも、唇にそっと指を這わしていて、その様子になおさら笑みが広がってしまう。
光雲だって、全く緊張しなかったなんてことはない。今だって、情けないぐらいに心臓はばくばくと早鐘を打っているぐらいだ。
それでも、今の彼の表情を見てしまえば。――照れ臭さを滲ませながらも、ふんわりと嬉しそうな笑みを浮かべる王子を見てしまえば、なんだかどうでもよくなってしまうものだ。
「来年も、またポッキーゲームしようね」
「……もう勘弁してくれ」
降参と言わんばかりに、湯気が出そうな程に真っ赤な顔を手で隠す彼に、来年の約束を取り付けてみる。
まあ、別にゲームなんて関係なく好きに彼を可愛がりたいものだが、この様子を見るにまだまだゆっくり進めた方が良さそうだ。それを待つことぐらい、光雲にとっては大したことではなかった。
彼が隣にいてくれるなら、全て些事でしかないのだ。
「どうしようかな〜。まあ、王子次第だよね」
「光雲!」
誰もいなくなった教室に、年若い恋人たちの楽しげな声が響き渡っていた。