花婿強奪結婚式乱入
「貴方は病める時も健やかなるときも、彼女と共に歩み支えると誓いますか?」
荘厳なステンドガラスから注ぐ光が、厳かな雰囲気をより一層高める。
パーシヴァルは目の前の愛しい女性を甘い眼差しで見つめる。彼女はベール越しに嬉しそうに微笑む。
愛おしい彼女と家族になり、これからともに生きていくのだ。
こみ上げる嬉しさも幸せも今日が人生最大だ。
「はい、誓います」
パーシヴァルは重々しく頷く。
「では指輪の交換を」
差し出された指輪を彼女の細い指に填める。プラチナにダイヤの付いた誓いの指輪は、パーシヴァルに似ていると彼女が気に入ったものだ。
「誓いのキスを」
牧師の言葉に促され、彼女のベールを上げる。
愛おしい彼女が頬を染め、恥ずかしそうに目を伏せた。
そっと顔を傾け、彼女の小さな唇に触れる……その時
「その結婚、ちょっと待った!」
轟音をたてて、教会の扉が開いた。
光射すそこに立っていたのは、一人の男性だった。
緩くウェーブしている黒髪、褐色の滑らかな肌、細身だがよく鍛えられた長身、黒スーツを纏った姿はまるで物語の中から出てきたかのように絵になる男性だった。何よりもその瞳、海のように綺麗な青色が印象的だ。
「誰だね、神聖な結婚式に!」
牧師が声を荒げる。
彼女は怯えたようにパーシヴァルの袖を掴んだ。
「それは悪かったね、なにぶん私は無作法な海賊だ。礼節に則った作法には縁がなくてね」
「海賊……」
耳馴染みのない単語を口に出す。普通の家庭に育ったパーシヴァルには縁のない存在だ。
海賊を名乗った男性は、無作法と言いながら優雅な所作で一礼した。
「それに結婚式への乱入なんて、ドラマや映画でしか見たことのない、所謂お約束イベントだ。張り切らないわけにはいくまい」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る彼は海賊なんて呼称が似合わない愛嬌のある人物に見えた。
「何を言っているんだ、君は」
思わず彼に向かって足を踏み出そうとしたパーシヴァルを止めるように、牧師が声を張る。
彼女の震える手を安心させるように優しく握る。
「君は彼女を奪いに来たのか!」
愛しい彼女を守るように前に出ると、海賊の彼は眩しそうにパーシヴァルを見つめた。
「残念……外れだ」
彼の革手袋に包まれた細い指がパーシヴァルを指す。
「私が奪いに来たのは君さ、パーシヴァル」
「わ、私の家はごく普通で、海賊の貴方に払えるような身代金は用意できない」
震えそうな自分を叱咤して立ち向かう。
「宝物は君自身だよ。私はそれ以外は望まない」
カツカツとエナメルの靴を音立てて、彼がパーシヴァルに向かって歩いてくる。
側に立ってみると、彼はパーシヴァルと変わらないくらい背が高かった。近づいた紺碧の瞳はパーシヴァルを捕らえて離さない。
「あぁ、こんなもの君には似合わない」
パーシヴァルの手をさっと取った彼は、薬指に填めた指輪を抜き取り投げ捨てた。
「何を!?」
怒りと衝撃で戦慄くパーシヴァルの左手を恭しく掲げると、大きく口を開けた。真っ赤な口腔が生々しく、胸がなぜかドキリと鳴った。
「痛っ……!」
生暖かい感触に包まれた薬指に鋭い痛みが走り、彼の手を振り払う。
薬指の付け根にくっきりと歯型が付いていた。
「君にはこちらがピッタリだ」
海賊が艶やかに笑う。
「貴方に!貴方なんかに彼は渡さない」
呆然としているパーシヴァルの腕に彼女が抱き着く。まるで必死に所有物を守ろうとしているかのような姿は、今まで見たことがなかった。
そんな彼女を海賊の彼は嘲笑う。
「随分と傲慢な勘違いだ。彼は私のものだ。海賊の宝を奪うなんて命知らずな愚か者だね」
彼女を突き飛ばすように、パーシヴァルの腕を引く。
「何をする!」
乱暴な行いに怒りを顕にするが、彼は青い瞳をギラギラと物騒に輝かせパーシヴァルを睥睨する。
「君もいつまでぬるま湯に浸かっているつもりだい。微睡みの時間は御仕舞だよ」
グイッと乱暴にネクタイが引かれた。
目の前に整った綺麗な顔、唇に感じる柔らかな感触、海の瞳が満足そうに細められる。
唇の間から侵入した熱い舌がパーシヴァルのものと絡まる。くちゅりと濡れた音が神聖な空間に淫靡に響いた。
長い口吻の最後、舌先に軽く歯を立てられる。
まるで忘れていたことを咎めるかのように。
「バート」
「やっとお目覚めかい、愛しい騎士様」
バーソロミューが悪戯っ子のように笑った。
「面目次第もありません。まんまと敵の術にかかってしまった」
パーシヴァルが深々と頭を下げると、バーソロミューがその頭をポンッと撫でた。
「お寝坊の言い訳は我らがキャプテンにしてくれ。君のことをたいそう心配しているからね」
「勿論マスターにもしますが、貴方にも謝罪を」
こんな場面を見せられてきっと傷付いた。他人を見るような目に心を冷たくさせられたはずだ。
「さっきも言った通り、なかなか面白い体験だったよ。黒髪あたりに言ったら羨ましがられそうだ」
いや、これはオッキー垂涎のシチュかなと早口で語る彼の顔はいつも通り、余裕綽々の海賊紳士のものだ。
だがパーシヴァルは気づいている。
最初にここに入ってきた時、怒りを湛えた瞳に僅かばかりの動揺を覗かせたことを。冷静な海賊が見せた微かな揺らめきが本当の彼の心だということを。
「正しく物語のクライマックス!一番視聴者が食いつく場面での主役なんて、小悪党の海賊には勿体ない役柄さ。それに」
「バート、すみませんでした」
喋り続けるバーソロミューを腕の中に閉じ込める。
「貴方を不安にさせた。傷付けた。私は愚か者だ」
細い肢体は最初固くなっていたが、やがて靭やかな腕がパーシヴァルの背に回させる。
「……うん、君が私以外に愛を語るところなんて見たくなかった」
くぐもった声は痛々しく、パーシヴァルは抱き締める腕に力を入れた。
「パーシ、ヴァル……」
先程まで愛しいと思っていた見知らぬ女性が名を呼ぶ。
腕の中で身動ぐ彼を見せたくなくて、深く抱き込んだ。
「私を捨てるの?こんなに愛してるのに」
「申し訳ない、レディ。私が愛してるのは彼だけだ」
バーソロミューが何事か叫ぶが、その声は全てパーシヴァルの頭の中に消える。可愛らしい彼の嫉妬の言葉も、愛らしい焼き餅も、震える声も、泣き笑いする美しい顔も、全部パーシヴァルのものだ。誰にも見せたくない。
「貴女にも貴女だけの宝物がきっと見つかります」
パーシヴァルは一礼すると、大切な宝物を抱き上げその場を後にする。
「パーシヴァル、待ってくれ!自分で歩くから」
横抱きにしたバーソロミューが真っ赤な顔で暴れるが、細身の彼の抵抗など子猫が暴れているに等しい。
「いいえ、愛しい人。私は大切な宝物をこの手から一時だって離したくないのです」
チュッと音を立てて形の良い額にキスを落とすと、先程あれほど大胆な口吻をしたバーソロミューが耳まで赤くする。
「君ってやつは」
「それに私は貴方のものだろう。所有の証も刻んで貰った」
薬指に刻まれた愛らしい歯型を見せる。
「……君ばかりズルい、私も君の証を付けて欲しい」
「それは帰ってから全身に」
この身を焦がす愛を捧げよう。余す所なく彼を愛したい。
「そうではなくて」
珍しく拗ねたように口元をモゾつかせるバーソロミューにパーシヴァルは幸せを噛み締める。
「そして貴方に似合う指輪を贈りましょう、バーソロミュー」
ぱちりと海の瞳が瞬く。
すぐに破顔した愛しい人は靭やかな腕をパーシヴァルの首に回した。
「君と私に似合う、だ」
「はい、約束します」
海と空が交わり笑い合う。
そんな二人を祝福するかのように、教会の鐘が厳かに鳴った。