「せんせー!まってたぞ!」
「こんにちはロヴィーノくん。お邪魔します」
「ちょ……っロヴィ!ドア開ける前にまず誰か確認せなあかんっていつも言うてるやろ!」
インターフォンを押すや否や玄関の扉を開けてくれたロヴィーノくん。遅れて聞こえてくるアントーニョさんの慌てた声。
今日もこの二人は通常運転だ。
「堪忍なあ。ロヴィお前来るって聞いてからずっとこんな調子で」
「いえ私もロヴィーノくんに会えるの楽しみにしてましたから。あ、これつまらないものですが」
手土産の洋菓子が入った紙袋をアントーニョさんに手渡す。アントーニョさんは「そんなんええのに」と笑ったがそうは問屋が卸さない。
私自身今日という日が待ち遠しくも緊張でどうにかなってしまいそうだった。入念なリサーチを重ね、隣町まで買い出しに行ったのだ。
「おっ。ロヴィーお前の好きなやつもあるで。ちゃんとありがとうって言いや」
「お、お前に言われなくても言おうと思ってたぞ!うるせーな!」
「いいですよそんなの!勝手に用意しただけなんですから」
ロヴィーノくんは私から紙袋を受け取ってペコリと私に一礼をする。どう返せば良いのか分からず私も同じように頭を下げた。
「ほな上がり。一緒に食べようや」
アントーニョさんの声がして顔をあげる。彼は笑って手招きをしていた。
照れ臭ささを感じつつも私はそれに頷いて玄関に足を踏み入れた。
今日は復縁して初めてのお家デートだ。
・
遡ること一ヶ月。復縁前に私はアントーニョさんとロヴィーノくんと幼稚園から少し離れた広めの公園で待ち合わせをしていた。
入り口に二人の姿が見えて足を進めるスピードが上がり、自然と小走りになった。
前髪を軽く整えてからおはようございますと声をかけると二人は同時に振り返る。
「おはよう。晴れて良かったわ」
「せんせい!久しぶりだ!」
ロヴィーノくんもまた一歩私に歩み寄り、軽く屈んだ私の頬に届く様に背伸びをして自身の頬を合わせた。
これが挨拶の一環だと理解はしているがなかなかに小っ恥ずかしいと思う。
ロヴィーノくんは私の勤める幼稚園を卒園し、今は家の近くの小学校に通っている。同じ幼稚園から進学した友達も割といるため楽しそうに通えているみたいだ。
幼稚園と小学校はさほど離れていないが、やはり諸々スケジュールの違いがある。だからこうやって時間を作って再会すると彼の成長スピードに驚かされる。
「ほら、いつまでそうしてんねん」
「あ、おい!雑につかむんじゃねー!」
「そんなん言ったってこんな所にずっとおったら邪魔やろ〜」
ロヴィーノくんの後ろから伸びてきた腕が私達を引き離す。
ぎゃんぎゃんと言い合う二人の姿も見慣れてきた。ロヴィーノくんが幼稚園にいた間はあまり二人の会話を聞くことが無かったが、結構対等な感覚で話しているんだなと驚いた事を覚えている。親子というより親分と子分、みたいな。
「ふふ。ほら二人とも、公園の中入りましょう」
声をかけると二人は互いの顔を見合わせ、やれやれといった表情を浮かべた。そっくりじゃないか。
「しゃーないな。ロヴィここは引いたるわ」
「うるせー!その言い方ヤメロ!俺が引いてやるんだ!」
ロヴィーノくんはせんせいが言うからなんだからな……とごにょごにょしたものの、そのまま公園へ入って行った。
私もそれについて行こうと一歩踏み出したが、隣のアントーニョさんは動き出さなかった。
「アントーニョさんも行きましょう」
声をかけるもなんだか含みのあるような表情で頭をかいている。もしかしてロヴィーノくんともう少し言い合いたかったのか。そんなことある?
「あの、」
「俺も挨拶してほしい、……んやけど」
「…………え」
挨拶。
ここまでのやり取りを脳内で遡る。しかし確実に出会い頭にしたと思うのだが。
………………いや、もしかして。
「あの、それはつまり、頬の」
「そう」
ちらりとバツが悪そうに、でもどこか強請る様な瞳が私を伺っている。
「でもあれはロヴィーノくんがやり始めたやつですよ。私からやった訳では」
「あの挨拶は俺が教えたんやけど」
「やけど……と言われても…………えっと」
「親しい間柄なら普通や。ホラ」
トントンと人差し指で自身の頬触る。さっきの表情はなんだったのかと言いたいほど余裕に満ちた顔で笑う。
ずるい人。私が貴方に弱い事を知っているんだから。
「……ちょっと屈んでください」
今度は私が背伸びをする番。
合わさった頬と頬が離れる時に彼の方へ目を向けると、アントーニョさんもまたこちらを見ていた。
「おおきに」
そう言って、くしゃりと笑った。
・
その日は童心に帰って遊び尽くした。そりゃあもう遊び倒した。
公園の遊具を片っ端から試して、持ち寄ったおかずを一緒に食べて、ロヴィーノくんに負けじと一緒になって走り回った。
とは言ってもやはり子供の体力には勝てず一度休憩をさせてもらうことになった。
子供専用の遊具で遊ぶロヴィーノくんを眺めながら、少し離れた木製のベンチに腰掛けた。
近くには少し大きめの池があり、キラキラと水面が反射している。
「流石にバテてもうたか」
「はい。普段から子供達とは駆け回ってるんですが、ぶっ通しともなるとどうしても」
アントーニョさんは私の横に並んで腰を下ろす。そして手に持っていた炭酸飲料の缶ジュースを私に差し出してくれた。
軽くお礼を言ってそれを受け取りプルタブを引き上げる。カシュっと空気が抜ける良い音がした。
「アントーニョさんは余裕ですか」
「いやそんなことあらへんよ。やっぱり歳には勝たれへんわ」
「小学生と年齢で比べるのは流石にしんどいですよ」
確かにと言って笑い合う。
さらさらと気持ちの良い風が吹いてアントーニョさんの髪が揺れた。
頬には水面から反射したキラキラがかかっていてなんだか一枚の絵の様だと思った。ついつい目が離せなくなる。
「どしたんそんなにじっと見て。俺照れてまうわ〜」
「あ、や、その……すみません」
「すみません?ただなんでかな〜って聞きたいだけやん」
その言葉に少しギクりとした。
あの幼稚園での一件以来、私はアントーニョさんからの「聞きたい」が弱点になってしまった。
私が気持ちを言わないまま逃げた事で彼を振り回して傷付けた。それはもう消せない過去。アントーニョさんが許してくれたから今こうして隣にいられているが、もう二度と繰り返してはいけない。私が出来るケジメの様なものである。
だから今、私がなぜアントーニョさんを凝視していた理由を「聞きたい」と言われたら。
「……かっこいいなと、思って」
耐えられず目線を下げながら理由を答えた。
言ったはいいもののあまりにも恥ずかし過ぎる。湧き出る羞恥心を誤魔化したくて爪でプルタブを弾いた。頼むから早く何か言ってくれないか。
また風がそよぎ私の火照った頬を撫でた。
「……キラキラや」
ボソリと言葉が降ってきた。
恐る恐る顔を上げていき、私達の視線がぱちりと合った。
「……木漏れ日、顔にかかっとる」
「え……」
「綺麗や、めっちゃ」
息を呑んだ。
綺麗って。私が?
手に温もりを感じ、アントーニョさんの手が重ねられていると理解した。
「なあ」
気付いた時にはもうアントーニョさんの顔が近くにあった。
「……もう一度、俺と一緒になってくれへん」
思考回路は停止した。でも答えなんてもう出ている。
私が頷いて、今度は頬じゃなくて口にキスをした。