炬燵と蜜柑 晩秋。後二ヶ月もすれば今年も終わろうかという頃だった。
太宰が炬燵を買ったらしい。なので、敦は道すがら蜜柑を六つ程買って袋に入れてもらい、それを片手に太宰のアパートを訪れた。
炬燵。昔に本で読んだことはあるけれど体験するのは初めてだな。とても楽しみでうきうきした気分を抑えられない。
チャイムは鳴らさず、渡されていた合鍵で玄関を開ける。
「太宰さーん、来ましたよー」
「いらっしゃーい、敦君」
敦は「蜜柑買ってきましたよ」と云いながら靴を脱ぎ、部屋に上がる。部屋の中央に置いてあった卓袱台が炬燵に替えられている。
「これが炬燵ですか?」
四角い卓袱台から四方に布団が生えたような形状をしている。太宰はその布団に両手足を突っ込んでいる。奇しくもその布団は蜜柑の色に似ていた。
「そうだよ~」
そう云いながら太宰がうっとりとした顔で炬燵の天板に頬をくっつける。微笑みながら「早くおいで」と言うので敦は蜜柑を天板に置く。太宰の向かい側の炬燵布団をめくってそっと足を入れた。すぐにじんわりとした暖かさが敦の下半身を包む。
「わっ……あったかい……」
「そうだろう。この暖かさを知ってしまったら最後、トイレに立つのも面倒になるのさ」
それを訊いて、本当にその通りかもしれないと敦は思う。それから天板の上の袋から蜜柑を一つ手にとった。八百屋の店主が小ぶりな蜜柑のほうが甘いと教えてくれたので、敦はそれに倣って小さめの蜜柑を買ってきていた。
「太宰さん、食べます?」
「敦君が剥いてくれるならね」
ねえ? と蕩けるような笑みでお願いされたら断れるはずもない。全く本当にこの人は可愛らしいなあ。そう考えながら敦は蜜柑を剥いていく。折角なので丁寧に白い筋も取った。
「口開けて下さい」
その言葉に応えて太宰が無防備に口を開ける。敦がそこへ薄皮に包まれた房をひとつ入れてやると太宰はもぐもぐ口を動かした。
「……うわなにこれ酸っぱい」
「えっ、すみません。美味しくないですか? おかしいなあ……」
拗ねたように唇を尖らせる太宰に、敦は慌てる。太宰はほっぺたを膨らませながら敦の目を見据えた。
「こら。すぐに謝らない。別に君を責めてるわけじゃないんだから」
これは太宰からよく云われる台詞だった。敦は育ちのせいで何か悪いことがあると自分のせいにする癖がある。太宰はそれを矯正しようとしているのだ。敦は胸元を押さえて頷いた。
「は、はい」
「まあ蜜柑が酸っぱいのは本当だから君も食べてみたまえよ」
太宰は皮を剥かれた蜜柑に手を伸ばすと、敦に一房差し出した。ぱくり。口に含んでみると酸っぱい果汁が滲み出してきた。思わず顔をしかめてしまう。
「うわ、本当に酸っぱい……」
「どうせ君のことだから八百屋の店主の口車に乗せられたんだろう。小ぶりな蜜柑のほうが甘いとかなんとか」
この人はどこまでお見通しなんだろうと思うと、敦は度々怖くなる。
「さて、ここに酸っぱいであろう蜜柑が五個も余っているけれど、どうしようね」
「……どうしましょうね」
二人は顔を見合わせると、くふふと小さく笑う。幸せだなあ、と敦はしみじみ思った。