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    物置部屋

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    outsider my own|親戚組合同誌
    茶子さん主催の合同誌『王様と花、犬とたばこ』へ寄稿させて頂いたものです。再録OKとのことなので掲載させて頂きます。
    (1/2)

    outsider my own服部の髪が切り落とされる前、最後に顔を合わせたのは、スタンドの最高責任者と元責任者として、菅野参事官逮捕の一件に関する報告を取りまとめた最終日のことだ。その時は怒涛の慌ただしさの中で、各々が自分の仕事と並行して事後残務を片付けていた。おそらく庁内勤務の面々にとっては日常茶飯事なのだろうが、服部はとりわけよく動き、残務処理は驚くほど手早く片付いた。
    「どうだった」
    「何が」
    「会ったんだろう。伊田正義に」
    桧山を含む関係者全員が「それどころでなかった」中、一段落ついたところでその話題を切り出したのは桧山だった。煌々と灯りのついたオフィスの一角の、役を終えて照明も落とされた室内には、桧山と服部だけが残っていた。
    随分とくたびれたような声で、服部が小さく笑う声が聞こえた。「何も分からなかったよ」と、半端な声が続く。
    窓の外に目をやる服部の横顔から、桧山は目を逸らさない。目は口ほどに物を言うというが、服部はいつもその視界の先に別の何かを見ている。目が合うのは、服部が意図してその深淵を突きつけようとする時だけだ。
    「全部持ってかれちゃった」
    そう言って首を傾げて桧山を見た服部の、わずかにピントがずれたその視線が、桧山にとっては、何より煩わしかった。


    服部耀という男は、目をかけた身内に対して構わずにいられない質の人間だ。その「構う」ということに関して、慈愛と利己主義との境界は曖昧であったし、面倒見がいいというのも少し違う。そのくせ他者に構われるのは好まない、面倒が服を着て歩いているような男だった。
    「大きくなったね。貴臣」
    それは、かつての己の存在を支えた唯一が姿を見せなくなって、数年が経っていた頃。なんの前触れもなく、再び桧山の前に現れた服部は、何事もなかったようにそこに立っていた。草臥れた低い声は、懐かしさを感じるほど慣れたものではなかったけれど。すぐに服部だと分かったのは、瞳の揺らぎも髪の色も、桧山が知る服部のまま変わっていなかったからだ。
    会いたかったのか、そうではないのか、その場ではよくわからなかった。ただ、空白の時間をものともしない服部の態度に拍子抜けして、咄嗟に言葉が出てこなかった。
    「……今まで、どこで何をしていたんだ」
    ようやく絞り出した問いは、素朴な疑問だった。服部が不在にしていた間の桧山家のことを服部がどこまで知っているのかは分からなかったが、その不在に対する執着は、不思議と滲んですらこなかった。それこそが、桧山があの美しい街で手に入れたものに他ならなかったし、服部の身に仮に何かあったとすれば、それこそ桧山が知らずに済むわけがないのだから、道理であったのかもしれないが。
    服部は桧山の問いに、薄らと笑って答える。視線は、わずかに合わなかった。
    「さあ。どこかその辺で、それなりに生きてたよ」
    服部らしいと言えばらしい、曖昧で適当で、雲を掴むような答え。
    だから桧山は、かつて服部が姿を見せずにいた空白の理由を、未だに知らないままだ。

    そのまま、かつてのように何かと桧山を構うようになった服部との縁は、付かず離れず続いていった。桧山が成人してなお続くものだから、次第に鬱陶しさすら感じるようになったものだが。裏腹に、服部は桧山にその人生の多くを明け渡す素振りを見せなかった。刑事勤めであるというのも藤林からの報告で知ったし、大学を卒業後に本腰を入れる運びとなった情報屋という仕事に、服部が「個人的な依頼」を持ちかけてきた際も、桧山は服部の思考や意志の何一つを、本人から直接聞くことはなかった。スタンドという組織の責任者に、桧山が押し上げられた際も同じだ。桧山から見える視界から推測できる範囲のことしか、桧山は服部のことをわかり得なかった。そのことに感じる妙な居心地の悪さが、鬱陶しさに拍車をかけているのかもしれなかったが。
    服部のことを、難儀な男だと桧山は思う。服部が何を考え、どのように生きていようが、桧山にとっては関係のないことで、服部にとってはそれがちょうど良いのだろう。そのことを、時折ひどく煩わしく感じることがある。
    蚊帳の外に放り出されるというのは、いつだって寂寥が伴うものなのだ。



    「今となっては、その方が見慣れないな」
    後日、珍しく「用があって」桧山邸に立ち寄っらたしい服部を、桧山も珍しく何も言わず出迎えた。穏やかな夜風に靡く赤毛を眺めて、桧山が呟く。服部は自身の切り落とされた毛束の先をつまんで遊びながら、春の花が芽吹き出した庭に足を進めた。
    「楽なもんだよ。軽いし、どこへでも飛んで行けそう」
    「よく姿を消すのは茶飯事だと聞いているが」
    「は。今日もその一環だねえ」
    くつくつと笑う服部に呼応するように、庭園の花々が風に揺れてざわつく。桧山が一報くらい入れておけと咎めれば、今日のお仕事は何事もなければ終わりと間の抜けた返事があった。
    ちょうど一ヶ月ほど前、もたつくように伸ばされていた髪が綺麗に切り落とされた今の服部と顔を合わせた時。桧山は何も言わなかった。服部が、それこそ何事もなかったような顔で、そこにいたから。それは、服部が数年の空白を経て再び桧山の前に現れた時と、全く同じように。そして今日、結局桧山は今までと変わらず、それ以上のことを何一つとして聞くことはなかった。どちらにせよ、服部から受けていた個人的な依頼はこの一件で打ち止めだろうし、この男はこれ以上、何を答えることもないのだろうから。
    結局桧山は、服部が髪を伸ばしていた意味も知らないままだ。
    「良かったのか」
    「良かったよ。涼しいし」
    「そうだな。特に夏場は、見ているこちらが暑苦しくてしょうがなかった」
    「それ、赤髪くんにも同じこと言えるの」
    「羽鳥はそれこそ昔から見慣れているからな」
    用事を済ませてこのまま帰路に着くだけの男の歩みは、随分とのんびりとしている。見送る気はなかった桧山も、散歩のついでにと屋敷を出て、そのまま二人で花を眺めている。なんとも奇妙だと桧山は思った。
    「けじめはつけないとでしょ。何事も」
    そう呟いた服部が見つめる先は、相変わらず遠い。この男が時折見せる、一人で勝手に決めたことに、勝手に覚悟を宿した瞳。桧山はその色をよく知っている。
    「上手くいけばいいがな」
    「どういう意味?」
    「さあ。お前の部下にでも聞いてみたらいいんじゃないか」
    服部が何を見ているのかも、何が見えているのかも、桧山には分からない。いつしか知ろうとも思わなくなって、けれどそのまま、何事もなくこの縁は続いている。だからこれは、桧山なりの身内心だった。変わらないものはない。期待は裏切られ、願いは簡単に打ち砕かれる世界。それに一番近い場所に、わざわざ自分から居座るこの男の空白を埋めるものは、見渡せば数えきれないだろう。この庭だけではない、道の途中にも数多く、花々が芽吹いているように。
    桧山にとっての服部は、暗闇だけが世界を支配していた時代に、その足元を照らした唯一の光だった。蝋燭の炎を吹き消すように、容易く消えた希望。そこには空白だけがあって、それを桧山は満たすことが出来た。桧山は自分自身の足で立つ方法を知ったし、その足で進んだ先に、かけがえのない仲間との日々があった。Revelという情報屋が解散という形を取っても、それぞれの道の先に、縁が続くことを願い、叶えていくように。スタンドという組織が繋いだ縁が、創設者を失ってなお途切れないように。服部にとってのこの十五年も同じだったらいいと、気づかれない場所でそっと思うだけ。
    ただ、それだけの話だ。
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    物置部屋

    MOURNING伊田にまつわる小話三つ カップリング要素はないです
    伊田と未守 一線を引いた話
    伊田と服部 無自覚にかけた呪いの話
    伊田と宮瀬 先に進まざるを得なくなった話 の三つです
    ※加筆修正有
    在りし日の空の色日脚


    「今日の聴取、流石にやりすぎだったんじゃないのか」
    午前の聴取を終え、軽食を頬張る昼休憩。伊田は頼まれていた缶コーヒーを未守に差し出しながら、少し間隔を空けて左隣に腰を下ろした。左手に下がるビニールには、同じく缶コーヒーと切らしていた煙草、そしておにぎり数個が無造作に放り込まれている。対する未守は受け取った缶をすぐには開けず、そのまま床に置いてサンドイッチを食している。内容物はハムチーズに大量のキャベツ。栄養価の観点から言えば僅差で伊田の負けである。
    「悪事を働くことに躊躇いがない人間は、何度だって繰り返す。それも次々と手口を巧妙化させてね。巻き込まれる方はたまったものじゃない」
    パンくず一つこぼさずに昼食を終えた未守は、乾いた口内を潤すためか缶コーヒーを開ける。缶特有の空気音が響く。伊田は、コーヒーを飲み込む彼女の口から先刻まで発せられていた文言の数々を思い返しながら、静かに息を吐いた。
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