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    カウンセリングに行く🍊と、お見送りする🍋の話。当社比ほのぼのしてる(気がする)。

    #🍊🍋

    Counseling「カウンセリング?」
     たったいま耳にした言葉を繰り返して、レモンは何かを思い出そうとするかのように、一瞬宙を見つめる。
    「そりゃ何の隠語だった?」
    「バァカ、隠語じゃねえよ。そのまんまの意味だ、カウンセリング。英語分かるか?」
     小馬鹿にしたような軽口を返すタンジェリンは、着々と外出の支度を整えている。
    「俺の知らない英語なんてねえよ。けどよ、俺の辞書にはお前に関係するような“カウンセリング”の項目はねえな」
    「そうかそうか、じゃあそのオックスフォードも真っ青なご立派な辞書に書き足しとけよ、“カウンセリング:色男をますます良い男にする施術”ってな」
     胡乱げな視線を向けるレモンに気づき、タンジェリンは軽く眉を顰める。
    「何だよ」
    「……お前、何企んでんだ?」
    「クソ、企んでねえって。そもそも、いつもお前が言ってるんだろうが──」

     タンジェリンの言い分はこうだ。
     再三、窃盗癖についてレモンからは苦言を呈されているが、これはもう自分の意志でどうこう出来るものではない。聞けばカウンセリングでの治療には一定の効果があるらしい。だから一念発起して、相棒である兄弟のために面倒なことをやってやろう──と、そういう心算らしかった。

    「……」
     いかにも“お前のため”と言いたげなタンジェリンの責任転嫁の言い回しの裏が、レモンには瞬時に分かった。
     先日の仕事は、標的に“同業者”も含まれた少しばかり厄介なものだった。ただのゴロツキ相手と違い、彼らは策を巡らせて対抗しようとしてくる。その中に、タンジェリンの窃盗癖のことを知っている者がいたのだろう。無関係な一般人を装い、タイミング良くついタンジェリンが何の気無しに無意味なスリをしてしまう・・・・・ようなすれ違い方をし、まんまと一見どこにでもあるようなライターを発信機ごと摑まされたのだ。
     すぐに捨てれば何の問題もなかったが、まさかその時はそれがそんな代物だとは思っていない喫煙者のタンジェリンは、“あって困るもんじゃねえし”とそのままポケットにつっ込んでしまった。
     そのせいで予想外の苦戦を強いられることになったという碌でもない経験からの、タンジェリンなりの反省と改善案が、どうやらこの唐突な『カウンセリングに行く』発言らしかった。
     素直ではない言い分は、可愛げがあるようにも小憎らしいようにも思えて、一瞬レモンはすべてを言い当ててやろうかと考える。が、そうすれば、口が早くて悪いこの兄弟は虚言に虚言を重ねた言い訳をするだろう。それに付き合うのも億劫なので、レモンは代わりにほとんど身支度を終えたタンジェリンに近づく。
    「一般人に迷惑はかけたくねえってのがお前のしょうもないポリシーじゃなかったか?」
    「おい待て、しょうもないは余計だろ。迷惑? 何でだよ。カウンセラーのセンセイはそれが仕事、俺は金払ってお仕事をさせてあげる側、それのどこが迷惑になるってんだ? ん?」
     タンジェリンは小首を傾けて子供の因縁めいた物言いをするが、彼らにとってこれは極めて日常的なやりとりでありケンカの内には入らない。
    「そんな態度で入ってこられりゃ、普通に迷惑だろ、“一般人”は」
    「そこはちゃんと外面被るに決まってんだろ」
    「ああ、まあ、お前のお得意だもんな」
     紳士のような態度を常に意識しているらしいタンジェリンは、こう見えて女子供には優しいし、年長者にも敬意を払う。彼の元々の性格が癇癪持ちで血気盛んなせいで、いずれも“一応”と言い添えねばならなかったが、子供のように邪気なく誰にでも思ったままを口にしがちなレモンとの、そこは大きな違いの一つだった。
     一般人と標的ターゲットをことさら区別しようとするタンジェリンの機微は、レモンには分からなかった。標的だって時と場合によってはどこかの街で“一般人”をやっているだろう。一般人だって、いつ何のきっかけで“標的”になるか知れたものではない。レモンにとっては、彼から見て悪人ディーゼルかどうかが重要であって、タンジェリンの拘りは同意には値しないものだった。
     が、値しないとは言っても、兄弟のポリシーを蔑ろにしているわけではない。お前がそうしたいならそれでいいよ、という態度を常々備えていた。
    「よし、行くか」
     腕時計を嵌め、胸ポケットにチーフをあつらえ、アクセサリーもいくつもあしらって、カウンセリングというよりはどこかの軽いパーティーにでも赴こうかというタンジェリンの姿。
     ふうん、と、レモンはどこか眠たげに見える幅広の二重の下の黒く深い瞳でタンジェリンの全身をざっと眺める。
    「──じゃあ、これとこれは余計だろ。外してけよ」
    「あ?! 何すんだよ、人がせっかく支度したのに」
    「何でカウンセリング行くのに粧し込む必要があんだよ」
    「美人かもしれねえじゃねえか。美しい女性と会うのにドレスアップしないのは失礼だろ?」
    「女医なのか?」
    「さあ。予約受付係は女だったが、初診の先生はタイミングによってランダムになります、だってよ」
    「それでそこまで妄想先走らせてるって、お前のカウンセラーのイメージ、どうなってんだ? 映画の見過ぎじゃねえのか」
    小学校エレメンタリーのスクールカウンセラーは女だったろ」
    「還暦手前のババアな」
    「いいだろうが。夢くらい見させてくれよ。数十分も顔つき合わせて喋る相手が、脂ぎったオッサンよりは美人の女医であってほしいって思っちゃ悪いかよ」
    「別に悪かねえけどよ」
     と答えながら、レモンはタンジェリンのジャケットの内側に手を差し入れる。
    「っと、これもだ。置いてけよ、預かっといてやる」
    「それも?」
    「使う予定があんのか?」
    「ねえだろうけど、一応ほら、念のためってことで」
    「やめとけ」
     にべもない態度のレモンにそれ以上交渉することは諦め、タンジェリンは自分の体に一渡り視線を巡らせる。
    「なんだよ、ずいぶん地味にされちまったなぁ」
     装飾具の類いをあらかた外され、不満げな声を上げたタンジェリンだったが、次の瞬間ニヤッとした笑みを浮かべてレモンを覗き込む。
    「あれか、俺が一人でモテるのが気に食わねえのか?」
    「ヨボヨボのジジイじゃないことを祈っといてやるよ」
     奢った言葉をさらりとあしらい、しっしっとばかりに手を振るレモンに、タンジェリンは少年のような悪戯めいた笑いをひとつ残して部屋のドアをくぐり出た。

    * * *

     空調の行き届いた清潔感のある部屋には、聞こえるかどうかの絞られたボリュームでゆったりとしたインストゥルメンタルのBGMが流れている。
     自分より僅かに年上程度の、穏やかな表情を湛えた男性カウンセラーに問われるまま、タンジェリンは自分の窃盗癖に関する現状を包み隠さず話していた──少なくとも、つい意味もなくついてしまいそうになる嘘を抑えようと努力してはいた。これもまた、自身では制御しきれない癖のひとつだ。
     事前の問診票には、氏名も年齢も生年月日も居住地も職業も、すべて嘘を書いた。生業が生業だけに正直に書くわけにはいかなかったし、そんなものは治療には関係ないだろうという勝手な判断によって。そのぶん、質問については素直に答えるつもりだった。なんといっても、わざわざこんなダルいことをしにきたのはこの悪癖を治すためなのだから、そこを渋っていては仕方ない。
     別に、窃盗そのものを悔いているわけではない。そんなことは、彼にとっては取るに足らないことだ。だが、そのせいで大事な兄弟を余計な危険に晒す可能性があるのだとしたら、指の一本くらい捥いででも辞めねえとなあ、というのがタンジェリンの本音だった。自分がくだらない悪癖のせいで窮地に陥るのはまだいい。問題は、レモンまで巻き込んでしまうことだ。仕事でも人生でも離れるつもりはない以上、このままではもしかしたらいつか取り返しのつかない事態を喚び起こしてしまうかもしれない。そのことが、タンジェリンにはひどく不満だった。そういう自分が、許せなかった。
     さすがに本当に指を捥ぐのは最後の最後の手段として、こうしてカウンセリングに来てみたわけだが。

     いつからその癖を自覚したのか、頻度はどのくらいか、決まった状況やタイミングはあるのか、等々、決して詰問調ではない緩やかなリズムで、カウンセラーからの問診が続く。ある程度、外枠の情報を得た後、彼はより内面的な部分に関する質問へと移行していった。
     窃盗をする時どんな気分がするか、後になってからはどうか、抑えられなくなるきっかけなどに心当たりはあるか、等々。一通りの話を聞き終えたカウンセラーは、こう言った。
    「直接的な経験やきっかけではなく、別の心理的な理由であなたと同じ状態になる人も多いんですよ。何か、気掛かりなことはありませんか?」
    「気掛かりねえ……」
     首筋を掻きながら、タンジェリンはしばし考える。
     別に仕事にも暮らすにも困っていない。先日のように、時にはミスや厄介事が発生しもするが、それらは基本的にその時々の話であり、長年付き合っているこの悪癖の理由とは思えなかった。
     気掛かり、ねえ。
    「……あー、まあ、そうだなあ。気掛かりといやあ、俺の兄弟が──」

     あいつ、自分の非を絶対認めねえんだよ。たとえばの話だが、怪我してても「俺はケガなんてしねえ」って言うし、何かトラブルに巻き込まれてても「何でもねえ」としか言わねえ。そんなもん目ェ離すの心配だろ。その上、人の話をろくに聞かねえんだあいつ。自分は、こっちが聞いてもいないことベラベラ並べ立てるのにな。クソが、いいトシしてよ、機関車って何だよ。ああすまねえ、こっちの話。で──そうそう、あいつはさ、大事なメールも読まないから全部俺がチェックしてやらねえと。世話が焼けるんだよホント。でもな、そうやってこっちが気ィ配ってやったところであいつはいっつもマイペースで、ヒヤヒヤするようなことも平気でやらかしてよ。きっと俺の気なんて知らねえんだ。結局あいつは、俺がいねえとダメなんだよ。

     べらべらと、それこそ訊いてもいないことまで早口で淀みなく捲し立てるタンジェリンの饒舌さに、カウンセラーの柔和な表情の端にも気のせいか微妙な引き攣りが感じられる。
    「……それは、ご苦労されているんですね」
     と、長台詞をやんわりと受け止めた後、すぐに落ち着いた佇まいを取り戻した彼はこう続けた。
    「どうでしょう、これはあくまでひとつの提案なのですが、もし出来るようであれば、少しの間そのご兄弟と離れてみては? もしかするとその気配りが無自覚なストレスになっているのかもしれません」
     現段階で断言はできませんが、可能性の話です、ともう一度繰り返したカウンセラーを、タンジェリンは鋭い眼光で睨め付けた。
    「──あ?」
     口の悪さはともかく、それまでは一応“よそゆき”の態度を取っていたタンジェリンが素の本性を垣間見せたことで、今度は明らかにカウンセラーが狼狽の色を浮かべる。それに気付き、タンジェリンはすぐにかぶりをふって、眉間に皺が寄るのを感じながらも冷静さを保とうと努めた。
    「あー……悪い。もっかい言ってくれるか? よく聞こえなかったわ」
     彼の生業とする世界でこの言い回しは、『次にもう一度そのセリフ言った日にゃあタダじゃ済まさねえぞコラ』の意なのだが、当然そんな裏社会の暗黙のルールなど知るはずもないカウンセラーは、素直にタンジェリンの言葉に従った。
     直後、抑えきれなかったタンジェリンの激情は彼の腕を振り上げさせ、俊速の拳が空を切って唸り──

    * * *

    「おー。どうだった?」
     足音を高々と鳴らして帰宅したタンジェリンへ、レモンは飄々と声をかけた。
    「クッソいけ好かねえヤサ男だった。美女でもジジイでもねえよ、お生憎様だな」
    「いやそっちじゃねえよ」
     語気荒く吐き捨てたタンジェリンの右腕を掴み、レモンは自分たちの目の高さまでその手を持ち上げさせる。
     観念したように、タンジェリンは短く息を吐いた。
    「──机ひとつと、棚のガラス三枚。あともしかしたら、ドアも一枚イカレたかもしんねえわ」
     うっすら赤く血の気が滲んだタンジェリンの手の甲を、レモンは確かめるように軽く撫でる。
    「おーおー、お前にしちゃ可愛らしく済んだな。良かったなあ、人様に迷惑かけずに済んで」
     彼にとって器物破損は“迷惑”にカウントされないのか、レモンはそんなことを言いながら、触れていたタンジェリンの手を上向かせて、その掌にポケットから取り出したものをじゃらじゃらと乗せる。タンジェリンの気に入りの大ぶりの指輪がいくつかと、真鍮のメリケンサック。
    「あと、これな。俺のルシールを世話するついでにメンテしといてやったから感謝しろよ」
     ジーンズの後ろにでも挟んでいたのか、ひらりと取り出したリボルバーをその上に乗せる。溢れかけたそれらを取りこぼさないようタンジェリンがもう一方の手を添えると同時に、レモンの手は離れていった。
    「……お前、読んでたか?」
     胡乱げな視線を、何を考えているのか今ひとつ読みきれない兄弟の黒い瞳へと据えて、タンジェリンがうめくように呟く。
    「何がだ? お前の喧嘩っ早さは、読むも読まねえも嫌ってほど見慣れてる」
     事もなげに即答され、(そういうことじゃねえんだけどな)と思いつつ、タンジェリンはそれ以上問うことを止めた。
    (──まあ、いいか)

     たとえレモンが、カウンセラーがするであろう発言を予期していたとしても、それにタンジェリンがどう応じるだろうか見えていたとしても、その結果を正確に予測していたから殺傷能力のありそうなアイテムを根こそぎ剥ぎ取ってから送り出したのだとしても、今となってはどうでもいいことだ。

    「やっぱり慣れねえことはするもんじゃねえなあ」
     手渡されたものを手近なチェストの上に置いて、タンジェリンは顔を顰めつつ伸びをする。
    「だろうな。別にいいんじゃねえか、お前のそれは、そのままで」
     レモンの同意にタンジェリンがそちらを振り向くと、長年見慣れた、子供のように邪気のない笑顔が真っ白い歯を見せていた。

     その表情に、その言葉に、タンジェリンは“許された”と心の底からじわりと広がるような安堵を覚える。
     人間社会のルールだとか、過去へのしがらみだとか、そんな些細なことではない、もっともっと広くて大きい何かに赦される感覚。

    「……けどよ、こないだみたいな目に遭うのは御免だろ」
    「そんときゃまた返り討ちにすりゃあいいだろうが」
    「毎度うまく行きゃあいいがな」
    「行くさ。俺は失敗しねえ」
     何を根拠にしているのか、堂々とそう言い切るレモンに、タンジェリンは目を細める。
     ──ああ。まぶしいな。
    「一生言ってろ」
     ガッ、と音がしそうなほど勢いよく兄弟の恰幅のいい肩を抱き寄せ、鼻先が触れるほどの近さで、タンジェリンはレモンの眼をまっすぐ捉える。
    「だがな、絶対失敗しないお前も、ひとつだけ間違ってやがるぜ。──そこは、“俺は”じゃなくて、“俺たちは”だ」
     きょとんと瞬きした後、レモンは豪快に笑い出す。
    「あーあー、分かったよ。OK、俺たちは・・・・失敗しねえ。これで満足か?」
     レモンに負けないほどの笑顔を見せて、タンジェリンが答える。よそゆきの仮面とはかけ離れた、たったひとりの兄弟の前でしか見せないしんからの綻んだ表情で。
    「ああ。文句なしで、満足だ」
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