A Little Tactic　──腹ん中入っちまえば同じなのにな。
　通りを歩いていてふと目についた、シックながらも煌びやかな気配を纏ったウインドウ越しに、落ち着いた店内で暖色のスポットライトに浮かび上がる華やかな菓子をなんとはなしに見つめる。
　添えられたポップの文字を見る限りいかにもイギリスらしい素朴でクラシックな焼き菓子も、トッピングのあしらいや包み方ひとつでこんなにも変わるもんかね、と、精巧な美術品を眺めるような気持ち。
「なんだ、お前、腹減ってんのか？」
　隣からの無粋な呼びかけに、「いんや」とぞんざいに答える。
　ったく、こっちもこっちで見てくれだけは精巧な美術品も色を失うほどなのに、口を開けば粗野で乱暴ときている。自分も人のことは言えないし、そっちの方が性に合っているが。
「じゃあ何だってそんなじっくり見てんだよ。いい女でもいたか」
　揶揄うような口ぶりだが、声音にわずかにピリついたものが混じっている。他人ではまず気付かないだろう。何十年も、ほとんど毎日聞いているからこそ気づく、そんな程度の変化だ。
「そんなもんこの辺りにいねえだろ」
　下手に刺激しないよう、ことさら軽口で応じるが、それで納得するほど簡単な相手でもない。
「じゃあ何だ？　あのファッキン機関車でも？」
「ここがファミリー向けのポップストアに見えんのか？」
「あれが幼児向けだって自覚はあるんだな。で、何があったんだよその薄暗ェ店の中に」
　何を見ていたと訊かれたところで、何を見ていたというつもりもないから答えようもない。
　会話しつつも歩みは止めていなかったから、もうほとんど店は通り過ぎている。が、そこで奴はふっと足を止めて、独り合点したように踵を返しかけた。
「しょうがねえな。欲しいんなら素直に言えよ」
　あ、まずいな。
　直観がそう伝える。こいつが何をするか、聞かなくても分かる。
　いかにも紳士然とした態度で悠然と店ん中に入って、「◯◯って菓子を探してるんだが」と聞いたこともない名前をでっち上げて店員に伝え、戸惑う店員に「この店にあると聞いたんだけどな……」とあの端正なツラをちょっと困ったように歪ませて、相手が親身になって「確認してみますので少々お待ちください」と奥に引っ込んだところで目ぼしい品をいくつか掻っ攫ってドアを出てくる。そんで何食わぬ顔で俺に「見ろよこの大仰なラッピング。値段の何割がこのゴミの分なんだろうな」なんて毒づきながら差し出してくるんだ。俺は予知能力者じゃないが、賭けたっていい。
　その気になりゃあの棚ごと買い占めることだってできるのに、ただの憂さ晴らしでそんなことをするのは無意味だ。善行を説くような生き方はしてないが、チンケなコソ泥に身を窶した覚えもない。
「おい、ちょっと」
「なんだよ」
　もうすでに数歩引き返しかけていた足が止まる。その隙をついて、大股で一気に距離を詰め、いくつもの指輪で彩られた手にそっと触れる。意図的にやわらかく、甲に浮かぶ筋を指先でなぞり、それから包み込むように。
「あ！？　なんだよこんなとこでいきなり──」
　動揺したのか咄嗟に手を引っ込め、それから自分の発しかけた言葉の意味に気づいたように急に舌を止めて、翠の瞳を大きく開いて俺を伺うようにじっと見る。
　おお、耳たぶが赤くなってる。残念だったな、その髪きっちりセットしてなけりゃバレなかったのに。
「菓子、なんざ欲しくねえ」
　ニュアンスを持たせながら左の耳に鈍く光るフープピアスの輪っかの中にそう囁けば、紅色が一層濃く色づく。
「帰ろうぜ」
　一言、そう言い加えると、もう手も掴んでないのに従順な犬のように俺の言葉に素直に従って歩き出す。
「──ックソ……テメー帰ったら覚えとけよ」
　横に並んだと同時、俺にだけ届くような低く唸る声。
　ああ、これは面倒くせェことになっちまったかな、と一瞬思うが、とりあえず無駄な盗みは止めたし、面白いもんが見れたから、トータル俺の勝ちってことにしとこう。