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    ライブノベル用に、お題をいただいて書いたもの。【🍊のセリフで「これから正義の話をしよう」】。

    #🍊🍋

    Now, let's talk about justice.「これから正義の話をしよう」
     ぴたりと銃口を相手の眉間めがけて構え、タンジェリンは静かにそう告げる。
     その表情は微笑めいても見えるが、感情は読み取れない。
     淡々と、言い含めるように続く声は、いつもの彼の饒舌とは雰囲気を異にしている。
    「たぶん聞いたことあるだろ。簡単な思考実験だ。俺がこれからする質問に、二十秒以内に答えろ」
     銃口を向けられ、命運を握られた男は、殴られて床に倒れ込んだ体勢を立て直すこともできないまま、呆然とタンジェリンを見つめている。死角から人外めいた力で吹き飛ばされ、事態がまだ把握しきれていないのかもしれない。あるいは、脳震盪でも起こしているのか。
    「ここに線路があるとしよう。お前はそこで、暴走したトロッコに乗ってる。すぐ先には分岐が待ってる。右に行けば一人を跳ね飛ばす。左に行けば十人を跳ね飛ばす。てめえにトロッコを止めることはできねえ。できるのは、分岐レバーを右か左に倒すことだけだ。さあどうする?」
     場違いなクイズを出されて、男は依然惚けている。淡々と言葉を紡いでいたタンジェリンの唇から、チッと舌打ちが漏れる。
    「十秒」
     はっ、と男がようやく視線を揺らす。
    「十五秒」
     急に夢から覚めたように、自分に向けられているのがクラッカーの紙筒ではないのだとようやく気づいたように、男は叫ぶように答える。
    「み……右だ!」
     へえ、と、大して感情の籠らない感嘆の息を漏らし、タンジェリンは水色の目をわずかに細めた。
    「そういう感覚あるんだな、てめえにも。そうだな、それが一般的な模範解答だ。犠牲はなるべく少ない方がいい、ってやつな」
     正答できたことへの安堵か、遅れて来た現実の認識のためか、床に無様に倒れたままの男の身体が今になって慄きに震え始める。彼の手元に武器になるものはない。倒れた拍子に掌から抜け落ちた銃は、はるか向こうまで滑っていってしまった。場数をそれなりに踏んでいるからこそ、これがどれほどの窮地なのか、頭ではなく身体が先に理解し始める。
    「わ、……るかっ、た」
     何に対するものかも分からない謝罪が、男の喉から漏れる。かすかすに乾いて途切れ途切れにこぼれるその音を、タンジェリンは完全に無視した。
    「じゃあ次の質問な」
     質問が、どうやらひとつではなかったのだと理解した男の瞳に絶望が覗く。
    「さっきとおんなじトロッコで、今度は右に悪人が一人、左に善人が十人いるとしよう。だとしたらどっちだ?」
     男は、恐怖で止まりそうになる思考を懸命に働かせる。
     ──さっきこの目の前のブルネットは何と言っていた? そう、たしか、“正義の話をしよう”だ。
    「右、だろ……?」
     悪人と善人なら、悪人を轢く方が“正義”に適っているだろう。そう考えての回答。
     タンジェリンが、ここではっきりと口角を上げた。
    「てことは、お前を撃っていいってことだな?」
     え、と間の抜けた吐息が男の唇から漏れる。「な……は、話が違──」と反論の声を上げかけたが、タンジェリンが銃を構える手にわずかな動きを見せると、男の舌は勝手に凍りつく。
    「悪人だって自覚が、まさか無ェなんて言わねえよな? イエス? ノー?」
     機械仕掛けの人形のような動きで男は頷く。
    「だよな。まあ俺たちも他人のことは言えねえよ。俺も、さっきお前が殴り飛ばしてくれやがったせいであっちで気絶してる俺の兄弟も、とても自分で自分を“善人です”なんて恥知らずなこたぁ言えねえ」
     わざとらしく男の所業をあげつらい、「そこでだ」とタンジェリンは嘯く。
    「次が最後の質問な。右に行ったら悪人一人、左に行っても悪人一人。どっちを轢く?」
     男は答えられない。
     ──なんだそれは、条件に違いなんてあるのか? 右の悪人と左の悪人とで、何が違う? 質問が破綻してないか、それともこれは引っ掛けか? 右、右と来たからまた右? それとも──
    「二十秒過ぎた。時間切れだ」
     最後まで言い切るか否かのうちに、タンジェリンの指が迷いのない動作で引き金を引く。眉間、喉、心臓、腹。小気味良いリズムで撃ち抜かれて、男は悲鳴も残せない。
     完全な急所からはわざとずらして四発。即死はしていないかもしれないが、ショック死は免れ得ない。
     人間が死の淵にいる時、最後まで残るのは聴覚だという。それが本当かどうかは知らないが、瞳孔の開き切った男を蔑むように見下ろして、タンジェリンは吐き捨てる。
    「正義ってのは、正しい・・・答えじゃねえよ。正しいもんなんてどこにも無え。あるのは、覚悟だけだ。即答できなかった時点で──じゃねえな、俺の兄弟をぶん殴った時点で、てめえは駄目だったんだよ」
     ぺっ、と飛ばした唾が、床を濡らしてゆく男の血と混じる。
    「大体だ、“話が違う”じゃねえんだよ。正解したら撃たねえなんて誰が言った?」

     タンジェリンの正義は明快だ。彼の正義は揺るがない。
     彼が覚悟を捧げる先は、ひとつだけだ。
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