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    かがみ

    リョナとか
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    かがみ

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    忍きゅんにラジオ体操のスタンプとか押してもらいたいよね。

    っていうのがこんななっちゃったよなんでだよ。

    (2023年の夏に書いたものです)

    俺×忍の夏の話 ラジオ体操だるいなあ、と思っていた時もあった。
     折角の休みだというのに、朝早く起きて公園に向かわないといけなかったから。……それだけの話であるが。
     そんな自堕落な俺が小学五年生になったとき、あの五月蝿い夏が一変した。
     俺の闇に差し込む一筋の奇跡。夏の太陽に負けぬ輝き。救いの手。それは知らなかった感覚で、もしかしたらこれを初恋というのかもしれない。
     俺の天使で、年上のお兄さんで、それでいて同い年の子供のようで、でもある時はお母さんのようで……しかし常に、少年の憧れであるヒーローであった。
     仙石忍くん。俺より六つも歳上だった、忍者のすがたをしたヒーローで、俺を一瞬で虜にした、無敵のアイドルだ。

     今年も最高で最低の夏が始まる。一ヶ月以上まるまる遊んでやろうと、夢いっぱいの計画を練りながら五月蝿い蝉時雨をかき分けて帰宅したのが昨日の話。時々ランドセルの重さに顔を顰めて、それで憂鬱な宿題のことを思い出してもう全部嫌になりそうになったのが数回。でももう俺は自由なのよ。朝以外は。
     そう、朝以外は。朝というのは今がまさにそれであって、清々しくあれと何度も思ったものなのに、願い叶わずジメジメと体にまとわりつく蒸し暑さ……そこから汗が噴き出しそうで、誰だよ希望の朝とか言ったの、とその希望の朝に似つかわしくない悪態をつきながらちいさな地獄に足を運ぶ。ちいさいくせにやたら人が集まる、草ボーボーのその期間限定の地獄を、人は公園と呼ぶらしい。公園にはいつもお世話になっているが、夏の朝のこの時だけは話が別だ。ここは地獄だ。なにが悲しくて、こんな朝の気だるい体でラジオ体操なんてしないといけないんだ。気だるいからこそと言うのもまた人であった……ああ人間辞めたい。朝朝言って嫌だのなんだの言っているものの、朝が嫌いな訳では無いから、つまるところ、このすてきな朝に体を動かせと言われるのが嫌なのである。
     亡霊のような足取りでやっと地獄もとい公園に到着した。見てください地獄行きの人間が死ぬほどいますよ〜アハハ……言ってて悲しくなってきた……声に出していないからこれは全て独白なのだ……。
     ボケーッとしていたら、そこら辺の蝉に負けないくらい割れた音が聞こえてきた。ラジオだ。時刻は六時半。夏休みの始まりを告げる時報だ。
     聞き慣れたピアノのメロディが耳を突き抜けてくる。それが脳に届いた瞬間体が勝手に動くようになっていて、もう、夏の傀儡だなあ、とそんなようなことを思った。
     ただの傀儡じゃあ嫌だから、思いっきり体を動かしてやることにした。あ、意外と気持ちいいかもこれ。そう思うとなんだか視界がクリアになってきたように思えて、世界が輝いて見えて……そうしてすてきな世界を見渡していた目が、ひとりの人影を捉えた。
     ちいさい。第一印象、ちいさい。俺よりは大きいけれど、横にいる人たちが大きいから、相対的にちいさく見える。ちいさいけれど、体操をする体の振りは大きくて、なんというか、生命力に満ち溢れているような……。その溢れ出た生命力が、俺の脳に達したところで、輝きというものに変換されているらしく、なんだかきらきらして見えた。世界が輝いて見えたと思ったけれど、輝いているのはこのちいさい人だけ……なのかもしれない……。
     その輝きをこれまたボケーッと見つめながら惰性で体をぶんぶん振り回していたら、体操の時間が終わっていた。ということは、つまり。係の人にスタンプを押してもらって、さっさと帰る。今日の最終ミッションの開始だ。
     首からさげていたスタンプカードを手に持って、草ボーボーの地獄をうろうろ歩き回る。スタンプ押してもらうだけなら別に誰でもいいし……そう思って、列の短いところに並ぶためにうろうろしていたのだが……。
     そこで視界の端に入れてしまったのだ。さっき見た輝きを!
     スタンプ係の人だったんだ……ちいさいと思っていたその影はやっぱりそんなことなくて、俺よりはずっと大きくて、でも他の係の人……四人くらいいたけれど、その人たちよりはとってもちいさくて、なんだろうこの、今にも飛び跳ねそうな小動物感というか、ゆるキャラ感というか。でも人一倍輝いている。
     その光に魅せられてしまった俺は、吸い込まれるようにそこへと繋がる列に並んでしまった。
     いちばん短い列ではなかったが、いちばん長い列でもなく。ちいさい影の動きをなんとなく目で追っていたら、その影がだんだん大きくなってきて、あ、やっぱり俺より大き……
    「スタンプカードを見せてほしいでござる!」
     !?
     ……次が俺の番だって、気が付かなかった。前にちいさい彼しかいないことに、気が付かなかった。もう前にいた大勢の人間人間人間人間はいなくなっていた。
     お願いします……ってそんなことも言えないまま、おずおずとスタンプカードを差し出す。
     そこで凝視。俺をひきつけたその身のまずは髪の毛から、穴が空くほど凝視する。バレないように、一瞬で済ませる。最終到達目標、指。
     髪の毛を観察する。さらさらの、深紫の髪。一本一本が信じられないくらい細くて、最初に連想したのは赤ちゃんだった。赤ちゃんの髪の毛って、細くて柔らかいから。そこに稲妻のように走る、金糸雀色のメッシュが数本。かっこいい。ここまで〇・三秒。
     次、顔……!? これまた信じられないくらいきめ細やかなすべすべもちもちの白い肌に、またまた信じられないくらい長い睫毛が生えていて、その睫毛に囲まれた眼はゾッとするほど美しく、それでいて溌剌とした、なんともエネルギッシュな輝きを放つ金糸雀色で……髪のメッシュと同じ色で、かっこいい……しかし想像力の乏しい俺が連想したのは巣ごもり卵でした……夏休みの宿題に料理しろみたいなのがあったから、巣ごもり卵でも作ろうかな。そんな小並感を〇・五秒で拭い去る。
     最後、手とか指とか体とか。ちいさい手は、その先の細い指は、まだスタンプを握っている。まだいける。それは肌と同じくすべすべで真っ白で、ちゃんと食べているのか不安になるほど細くて今にも折れそうな指や手首……奥の胴体を見やると、やはりそちらも細いのだろうか、服がすっぽりと被さっていて、体のラインが全く見えない。その見えないラインを脳が勝手に補完して、肋骨の一本一本まで描きあげていくが、それがまぼろしであるとその脳自身もわかっているようで、己の限界を知る。今回連想したのは魚の骨で……ああ、ひとの肋骨を夢に見て魚の骨と形容してしまうなんて……と軽く自己嫌悪し、心の中で両親に謝罪する。〇・三秒の幻想。脳を切り替え視界を現実に戻すと、浮かび上がっていた肋骨の輪郭は消えてなくなった。
     信じられない、その塊。だから俺は、一瞬だけ、偶像であると錯覚したのだ。偶像と認識してしまった目の前の彼は、生身の人間だというのに。
    「明日も一緒に頑張るでござるよ!」
     その明るい声にハッとして、視界に遅れて自我を現実に引き戻す。目の前の彼は笑って俺のスタンプカードを差し出してきた。
     名残惜しく彼の指の爪の先まで見つめてからスタンプカードを受け取って、公園をあとにした。公園は相変わらず草ボーボーで緑色の地獄であったが、俺の気持ちはぐちゃぐちゃに乱され、でも不思議と晴れやかで……その乱された記憶の証明だけが、スタンプカードの一日目の枠にあかく残されていた。

     それから彼の仙石忍という名前と、彼がアイドルであることと、彼が所属するアイドルユニット『流星隊』のこと……彼にまつわるあれそれを知るのに、そう時間はかからなかった。
     憂鬱だった夏のラジオ体操が、彼に会えると思うとなんだか楽しみに思えてきて、視界が開けて、周りの音がよく聞こえるようになったから。公園で話している人がいたのだ。アイドルユニット流星隊のことと、仙石忍くんという人のことを。
     盗み聞きですぐに、今年のスタンプ係が流星隊の五人で、そのうちのひとり、いちばんちいさい黄色メッシュが仙石忍くんであると分かった。ラジオ体操三日目くらいの日のことだった。なんだ、偶像というのは、あながち間違いではなかったのではないか……。
     その日は帰ってすぐに、インターネットで仙石忍くんについて調べた。
     流星隊所属、十七歳の仙石忍くん。身長一六〇センチ。公園で見たのと同じ細身の体が画面に映っていたが、着ている服が全然違って、これが流星隊のユニット衣装というものなのだと直感した。かっこいい。似合ってるよ、忍くん。
     一応他四人の紹介ページと、活動内容なんかも見て、でも忍くん以外にあんまり興味がなかったから、ボケーッとして……そのボケーッとしていたところで、ふと、これは奇跡なんじゃないかと思ったのだ。
     夏を憂鬱たらしめていたラジオ体操というものを、ひと夏の楽しみにしてくれた、そんな忍くんに出会えたのは紛れもない奇跡であって、それは俺にとっての救いで、ああやはり奇跡でしかなくて、なんで俺の公園に来てくれたんだろう、そんなようなことを考えても、行き着く先は奇跡の二文字で……。
     パソコンの画面にもう一度仙石忍くんのページを映し、液晶が割れて見えるほど凝視し、そこで俺は忍くんの口上を知って、ひとりで勝手に納得して。
     「闇に差し込む一筋の奇跡」。ああ、やっぱり、これは奇跡であるのだと。偶像であると思ったことも、奇跡であると思ったことも、そんな俺は何も間違っていなくて、俺の全てを忍くんが肯定してくれたように思えて、それで自分が忍くんに母親像を求め始めたとようやく自覚した時、俺は仙石忍くんの魅力に取り憑かれ、仙石忍くんの底なし沼から抜け出せなくなっていたのだ。
     毎晩パソコンの画面で電子の世界の忍くんを見つめ、次の日の朝は弾む気持ちで公園に向かい、生身の忍くんにスタンプを押してもらい、帰ったらまた電子の忍くんを見つめ……ラジオ体操をする場所である地獄だった公園の姿は変わらず草ボーボーであったが、俺は忍くんのおかげで変われたようで、そこが地獄だとはもう思えなくなっていた。むしろ天国だと思った。ラジオ体操が終わったら生身の忍くんに会えて、機械越しでない明るい声が聞けるから。
     しかもその声で「今日もよく頑張ったでござる!」だとか、「明日も頑張るでござるよ!」だとか、そのお母さんのような言葉を俺に直接かけてくれて……お母さんを想起させる言葉なのに、顔と声が少年のように無垢であって、その髪と肌は赤ちゃんのようで、いちいち語尾に『ござる』をつけるござる口調が愛おしくて、でもその実、俺よりずっと歳上のお兄さんで、脳がバグる。
     終業式の日の帰り道、蝉時雨の中で必死に考えていた遊びの計画はとうの昔にどこかへ飛んでしまったようで、俺の脳は、俺の夏は、ずっとずっとずっとずっと、仙石忍というひとりのヒーローに支配されていた。
     支配だなんて、悪役のように聞こえるけれど。俺の脳を支配する忍くんは、すこし憂鬱な夏から俺を救ってくれたのだから……間違いなく、ヒーローなんだ。

     八月三十一日、夏の終わり。忍くんに会うことのできる、最後の日。
     俺は初日と同じく重々しい足取りで公園に向かった。忍くんに会える喜びと、もう会えないという悲しみと。それを脳が勝手に天秤にかけた結果、悲しみが勝ってしまったようだった。
     相変わらず草ボーボーの公園だけれど、その草ボーボーの公園が、とてもきれいなものに見えて……春とか秋とか冬とか、そういう夏より穏やかな季節に見るそれよりも、もっときれいなものに見えた。
     割れたラジオの音もずっと変わらなくて、初日に聞いた夏休みの始まりの時報と同じなのに、今告げられたものは夏休みの終わりで、それが少し悲しくて。それから流れるピアノの音も、心なしか切ない音色に聞こえたのだ。そしてまた、それに合わせて体が勝手に動き始めた。
     良い夏だったなあって、ずっとそう思っているけれど、これから先も、ずっとずっとそう思えるように、流れに身を任せず、自分からめいっぱい体を動かす。ああ、やっぱり気持ち良い。前の方で体操をしている忍くんの方がもっと体の振りが大きかったから、俺もそれに追いつけるように、もっと大きく体を動かした。そうしたら、忍くんが俺の方を見てくれたような気がして、俺の幸福感は最高潮に達した。
     その幸福感と体を動かす気持ち良さには、深呼吸をもって別れを告げる。そのゾーンにトランスしていた体を現実に戻し、もうほとんどがあかく染まったスタンプカードをきゅっと握りしめて、現実に戻ったことを実感する。
     列の長い短いなんてもうどうでもよくて、いちばんちいさい影のところに、いちばんおおきく光り輝く彼のところに、そこに繋がる列の後ろについた。もう何度繰り返したかわからない、彼の一挙一動の凝視。毎日変わらぬ、ちいさい彼のおおきな動きは、俺に安心感をもたらした。
     ……最終日ということは、スポーツドリンクが貰えるはずだ。ひと夏の思い出が詰まったそれを、今年はどう飲み干そうか。
     一瞬だけそんなようなことを考えたが、すぐに意識を目線の先の忍くんに戻した。忍くんは忙しなく動いていて、それでも元気いっぱいに見えて、ああ今日も可愛いなあ、なんて。そんな忍くんの影がだんだんと近づいてきて、もうすぐそこというところまできて、その顔がよく見えるようになってきて……そこで初めて忍くんの頬を伝う汗のしずくを視認して、彼も人間なのだと、今更深く実感させられた。
     俺の目の前にいた人が右にはけていって、俺と忍くんを隔てるものはなくなった。俺の番だ。忍くんにスタンプカードを差し出した。
    「一ヶ月間よく頑張ったでござるな! お疲れ様でござる!」
     なんて、元気いっぱいの明るい声で言ってくれるから、俺は泣きそうになってしまって……だって、ステージ上ではなくて、今だけは、今この瞬間だけは、俺に向かって言ってくれているのだから、そんな、変な気分になってしまって、なんだか神に愛されてしまったような気がして、忍くんは神様じゃなくて、天使でもなくて、赤ちゃんでも子供でもお母さんでもなくて、ひとりの高校生で、アイドルで、みんなのヒーローなのに。そんなヒーローを、今この一瞬、俺だけが独占しているようにも思えてしまって、変な欲がちらつくのを、俺は涙と一緒に瞼の裏に隠した。
     そうして、また前を向く。忍くんは自分の足もとにある段ボール箱をなにやらゴソゴソやっていて、ゴソゴソしたと思ったらすぐ俺に向き合って、そして、俺の一面真っ赤になったスタンプカードと一緒に、ぱんぱんに中身の入ったスポーツドリンクのペットボトルを差し出してきた。
    「頑張ったご褒美でござるよ!」
     ……天の、恵みかもしれない。スタンプカードを受け取り、ペットボトルを受け取る……その際に、ほんの少しだけ、忍くんの手に触れることができた。
     ペットボトルは結露していて、びちゃびちゃだった。そのペットボトルを触った忍くんの手も勿論濡れていて、でもその水分が結露によるそれだけでないことは、指先に感じたべたつきで分かった。
     すこし汗ばんだ、やわらかな手。その弾力がお菓子売り場のグミのように思えた。
     それが、俺が偶像だと思った仙石忍くんの体で、彼はやっぱり人間なんだって、何度も思い知らされたけれど、これでようやく確信した。



     お菓子売り場を通りかかった時、俺は必ずブドウのグミを買っていく。
     このグミは小学生の頃からの好物だ。小学校高学年の時、いつもこのグミをつまみながら勉強をしていた。子供の頃の思い出が詰まっているグミなのだが、それだけではなくて。
     ……あれから、夏が好きになった。あれというのは、小学五年生のラジオ体操のこと。あの時たまたまスタンプ係だったアイドルのおかげで、俺は夏が好きになったんだ。
     そのアイドルが当時なにか大きなことでもしたのかと言われると、そういう訳でもない。ただ、当時の俺が、勝手に救われただけ。あのアイドルが、俺にとっての奇跡で、ヒーローだっただけ。
     当時天使だとか神様だとか、そう思っていたこともあったけれど、小学五年生の俺がそういうのに縋りたかっただけだったのかもしれないなあ……と、当時のあの子の歳を越してしまった二十三歳の今、深く深く思うのだ。
     で、そんな天使でも神様でもなんでもない、俺にとってのヒーローとの思い出も詰まっているのだ、このグミは。あのヒーローの手の感触に似ているグミ。こう形容すると結構気持ち悪いなあって気が付いたのは、小学六年生だった。
     元々アイドルにはあまり興味がなかったから、あの子のこともあまり深く追わなくなってしまった。それでも、あの子は元気かなあって、夏が来る度に考えるのだ。
     まだアイドルやってるのかなあ。流石にもう辞めちゃったかなあ。今頃幸せにしているかなあ。していてほしいなあ。そう思うけれど、結婚したのかなあと考えると、なんだか苦しくなってくる。それがなんだか見覚えのある感覚で、俺は彼女もいるのに何を、と首をブンブン振ってその感覚を一旦飛ばした。
     グミをふにふにと軽く揉み、そのままひと粒口に運ぶ。ブドウの酸味が頭をクリアにしてくれた。そうして空いた脳の片隅を、ボケーッと思い出で埋めていく。
     このグミが好きになったのは、あの子に出会えたから。夏が好きになったのは、あの子に出会えたから。俺の全てをあの子が変えてくれたのだ。あの子のおかげで、俺は変身できたのかもしれない。
     さっきの苦しい感覚はどう考えても恋であり、俺は十年以上もこんなものを抱えていたのかと苦笑いする。俺が初恋を今の今まで燻り続けているあの子。奇跡のヒーロー。
     仙石忍くん。俺の闇に差し込んだ、一筋の奇跡。
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    かがみ

    DONE忍きゅんにラジオ体操のスタンプとか押してもらいたいよね。

    っていうのがこんななっちゃったよなんでだよ。

    (2023年の夏に書いたものです)
    俺×忍の夏の話 ラジオ体操だるいなあ、と思っていた時もあった。
     折角の休みだというのに、朝早く起きて公園に向かわないといけなかったから。……それだけの話であるが。
     そんな自堕落な俺が小学五年生になったとき、あの五月蝿い夏が一変した。
     俺の闇に差し込む一筋の奇跡。夏の太陽に負けぬ輝き。救いの手。それは知らなかった感覚で、もしかしたらこれを初恋というのかもしれない。
     俺の天使で、年上のお兄さんで、それでいて同い年の子供のようで、でもある時はお母さんのようで……しかし常に、少年の憧れであるヒーローであった。
     仙石忍くん。俺より六つも歳上だった、忍者のすがたをしたヒーローで、俺を一瞬で虜にした、無敵のアイドルだ。

     今年も最高で最低の夏が始まる。一ヶ月以上まるまる遊んでやろうと、夢いっぱいの計画を練りながら五月蝿い蝉時雨をかき分けて帰宅したのが昨日の話。時々ランドセルの重さに顔を顰めて、それで憂鬱な宿題のことを思い出してもう全部嫌になりそうになったのが数回。でももう俺は自由なのよ。朝以外は。
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