雨は少し苦手だ。
火が。
炎が、消されてしまう。
「…………、……」
夢の裾。
瞼の向こうに感じる気配。
「……」
「おはようございます」
起きたばかりで視界も意識も判然としない俺に、低く聞き慣れた声が届けられる。
「………………お…………ふぁ……はよ」
大あくび混じりに返す声は掠れきっている。こいつのせいだ。俺を散々好き放題したこいつのせい。
体が軋む元凶はひとのさらさらと髪を撫でながら見降ろしている。
ちらりと気になるのは今が朝なのかということ。
「まだ夜明け前です。安心してください」
心を読むな、ばか。
自身の顔に出ていたとか、そういう可能性には耳を貸さず起床まで時間があることの安堵に息を吐く。
髪を優しく撫でる温度にも。素肌で絡め合う足や、額を押し付けた広い胸も、安心する。
俺が安らげる場所だと、理性より本能がそう受け入れる。
「……雨…………」
窓をさりさりと叩く音。
夜更けから雨が降るらしいと言われた記憶が転がってくる。
雨は少しだけ、苦手だ。
リウ協会は基本的に炎を操る。それは大量の水を一瞬で蒸発させることもできる圧倒的な火力だ。だから水は弱点にならず、俺達は戦える。
だが、雨は別だ。
全てが終わった現場で、戦場で……燻る残り火をあっという間に消していく。
仲間が戦った軌跡も、意志も、無情に冷たく消火してしまう。感傷にさえ浸らせてくれない。
そんな雨が好きになれなかった。
髪を撫でていた手が背中にまわり、俺を抱き寄せる。
ぴったりとくっついた肌の温度に緊張していた体から力が抜ける。
この一番明るい炎は、雨なんかじゃ消えてくれないんだろう。
否、消させない。
俺が、決して消させない。
俺に火を灯しておいて雨なんかで勝手に消えるなんて許さない。
こんな気持ちにさせた責任はちゃんと取って貰うからな。
言葉にはせず、要領を得ない思考を包む眠気。
まだ朝は先だというなら二度寝くらいはさせてもらう。
寝坊してもこいつが起こしてくれるはずだ。
珍しく己の甘い考えを受け入れ、意識を沈めて行く。
雨が降り続ける。
俺の知らないところで、降り続ける。