女は一刻も早くここから離れなければいけなかった。女は亭主かぶれの男に逃げられたばかりだった。各地を転々とまわる小さな旅芝居の一座で、先日は滝の白糸を興じたばかりだった。知らない間にみんな逃げてしまって、中には二人、子供がいるだけだった。(それは知らない間に住み着いた子供で、女は子供に優しくした。)荷物をまとめていると中に人が入ってきた。
物盗りだろうか?女は手に小刀を持った。
「滝。」
開襟シャツにサスペンダーの出で立ちの男は
親しみを込めて女を呼んだ。
「滝、僕だよ。ミツだ、ミツアキ。」
「ミツアキ。」
滝と呼ばれた女は顔に安堵を浮かばせた。
男は滝の小刀を腫れ物を触るように手に取って、
そのまま放ってしまった。
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