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    ミヤシロ

    ベイXの短編小説を気まぐれにアップしています。BL要素有なんでも許せる人向けです。

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    ミヤシロ

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    82話『七色の決意』後のシエルのお話。
    引きこもっていた頃のシエルはやつれていて、ご飯食べてるのかなと心配になって思いついたお話です。

    決意を新たに シグルと別れ帰宅したシエルは、まずは荒れ果てた部屋を元に戻すことから着手した。
     メダルとトロフィーが床に散乱していた。
     ゾディアックとの戦いで大敗しどん底を味わったあの日、シエルはアマチュア時代の栄光を衝動のまま床に叩きつけた。500勝無敗、アマチュアの王、これらの賞賛は無意味でしかなく、彼はあの日自分が塵芥(ちりあくた)と思えるほどに打ちのめされた。クロム不在の間ペンドラゴンを守ろうという誓いは無残に打ち砕かれた――あの日の自分と決別するため、シエルは夕闇が窓に垂れ込める時間、惨憺(さんたん)たる部屋を凝視し硬い握り拳を作った。
     ひどいザマだ。だが時間さえ掛ければ原状回復は可能だ。幸いトロフィーもメダルも破損は見られず、ただ元の位置に戻せばいいだけだった。ひたひたと忍び寄る闇が苦しく、シエルはしんどい気持ちの中それでも自身のやらかしに向き合う。一つ一つ、昔の誓いを改めて胸に刻むように。彼は自分の歩みの証を、クロムの言葉を思い出しながら手に取った。
    “負けを知って強くなれるのは戦うことをやめない者だけ”
     ベイブレードの強さは心の強さだ、と、シエルが敬愛する青年は言った。
    “君なら立ち向かえる”
     惨敗を喫しようと、ペンドラゴンがスターバトルから敗退しようとも。シエルはもう二度と立ち止まらないと決意する。ひたすら道を行き、立ちはだかる壁を乗り越え進んでいく。悔し涙を頬に伝わせ宣言した彼は今こうして自分の弱さと向き合っている。酷い有様が段々と整理されていく様子は、彼の乱れた心が鎮まっていくのをそのまま反映するようだった。
    散乱した部屋は徐々に綺麗になっていった。
    シエルはトロフィーに触れ、“はっ”と息を呑む。彼が拾おうとしたそれは、クロムと対面したあの日のバトルで受け取ったものだった。
    (クロムさん)
     大切な人を胸によぎらせ、彼はふと青年の部屋を思い出す。龍宮クロムの部屋はシエルのそれ以上に荒廃していた。
     無残に割れた優勝カップが床に転がり、何日も放置されたままで……。出来るならばクロムに代わり片付けたかったが、本人の承諾もなしに清掃を行うのは憚られた。栄光の証だけではない、かつての幸せな日々もまた床に叩きつけられていた。クロムを中心にシグルと黒須エクスが写った一葉――愛しい日々を否定するかの如く、写真入れは“X”の文字が刻まれ、傷つけられていた。
    (クロムさんは、あの日から時間が止まったまま)
     龍宮クロムは生存は確認されたものの、未だ行方は知れなかった。
     白星テンカの話ではクロムはインパクトドレイクを手にしているらしい。塞ぎ込み引きこもっていたシエルは近頃の情報を遮断していたから、テンカの話で初めてその事実を知った。人の道を外れたベイを、シエルが退けた忌まわしい代物を、クロムは自らの手中に収めていたのだ……。その事実を知ってショックだったが、居場所がわからない現在シエルにはどうしようもない。出来るならば手放してほしいし、何よりペンドラゴンに帰ってきてほしい。しかし現状クロムにはどちらの意志もないようだった。
    「――……」
     片付けは終わった。唐突に胸に湧いたのは、呆れるほど俗っぽい思考だった。
    (お腹空いたッス)
     最近は自炊する気力もなく、食事を抜くかカップラーメンばかり食べていた気がする。幸い常備菜のストックは十分で、ルーもあったからカレーならば作れた。慣れた包丁さばきで野菜を切り、鍋に放り込んで煮込み。ルーを入れた鍋をかき回す間に冷凍していた米飯を解凍して。彼は何日かぶりに自炊する。
    「……。美味しい」
    久しぶりに食事らしい食事を口にして、シエルは“はあ”、と満足そうに息を吐く。じっくりと味わい、胸に熱を感じ、そして。彼の思考はおのずと大切な人に向かった。
    (クロムさん……ちゃんと食べてるんスか……?)
     クロムからの連絡は、彼が消息を絶ってから今日まで一度もなかった。
     どこに居るのだろう、誰にも知られずに、どうやって過ごしているのだろう。シエルにはわかるはずもなく、ただただ心配だけが募った。衣食住はどう確保したのだろう。誰かの世話になっているのか。しかしクロムが誰かとつるんでいるイメージはなく……シエルは胸を暗澹とさせる。彼の脳裏には暗闇の中を独り進む青年の姿のみが描かれた。
    「クロムさん……」
     漆黒の闇に包まれ、消えてしまいそうな後ろ姿が思い浮かぶ。シエルは思った。
    (あの人は多分、今、独りぼっちなんだ)
     そう思った瞬間、シエルの目が光を灯した。
    カレーを一口スプーンですくい、今度は掻き込むように口に運ぶ。クロムへの寂寞感に耽(ふけ)ってから一転、彼は勢いよくカレーを食べ進めた。成長期の少年により食物はあっという間に平らげられる。“ふう”と一息つき、シエルは闘志で胸を燃やした。
    (クロムさん。あなたを独りになんかさせない。
     あなたがたった独り暗闇を歩こうとも。オレはあなたを追って)
    ――あなたに必ず会いに行く。
     たとえスターバトルが終わろうとも、シエルが折れない限り彼の戦いは続く。諦めなければ、進み続ければ。シエルは決意を新たにする。
    “ベイブレードの強さは心の強さだ”
    (あなたはそう言った。ならばオレはもっと強くなれる)
     戦って戦って、戦い続ければ、いずれ相まみえよう。シエルは確信する。己が前進し続ける限り、必ずクロムに辿り着く、と。道は険峻な山道のよう、目指す先は遥か遠く。しかし絶対に諦めない。
    (あなたは独りじゃない。あなたは見向きもしないでしょうけど、オレはここに居て、あなたを超えるべく戦ってる。
     あなたが帰る場所はオレとシグルさんが守る。このままじゃ終わらない……あなたが暗闇に消えそうになったら、オレがその手を掴んで止めてみせる)
    「よし……」
     エネルギー補給は済んだ。気力もまた全身にみなぎっている。
    (まだまだこれからッス!)
     ペンドラゴンは終わらない。終わらせない。
     シエルの双眸が、雷の光を輝かせた。
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