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    ミヤシロ

    ベイXの短編小説を気まぐれにアップしています。BL要素有なんでも許せる人向けです。

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    ミヤシロ

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    リクエストを受けて書いたお話です。
    このお話にあわせて、補完的に過去にpixivにアップした作品を下に掲載しています。(この作品単体でも問題なく読めます)
    リクエストありがとうございます!

    親愛なる君へ シエルをチームに迎えてから半年が経ったこの日、Xタワーではチームペンドラゴンのインタビューが行われた。
     生配信されたインタビューは幸いトラブルなく終了し、クロムは“はあ”と安堵と疲労の滲む溜息をつく。彼は今まで同様の仕事を多くこなしてきたが、如何に慣れようとも本番は少なからず緊張はするものだ。まして今日は特別な日であり――クロムは一息つくと、彼を慕う少年にちらりと視線を遣った。
     シエルは青年の視線に気づき、すぐに心得た、と深く頷く。“シグルさん!”と弾む声が活発そのものであり、クロムはおのずと笑みが零れた。少し離れた位置にシグルは居て、マネージャーと何やら話し込んでいる。女性は二人に気づき話を切り上げ、いつもの無表情で彼等に歩み寄った。
     彼女は二人に促され、Xタワーの別室へと足を運ぶ。少人数向けの会議室で、男二人はシグルと向かい立った。
    「君に贈りたいものがあって」
     微笑むクロムと眩い笑みで頷くシエル。見ればシエルは箱を手にしていた。綺麗にラッピングされた箱をシエルがシグルに渡す。開けていいかと訊いた上でシグルが箱を開封すると、彼女は珍しく大きく目を開いた。
     七色シグルへの、クロムとシエルからの贈り物だ。彼女が中身を把握したタイミングでシエルが声を弾ませる。プレゼントについて説明する少年と微笑するクロム。二人のうち長身の男性が、驚く彼女の前で口を開いた。
    「チームメイトでいてくれて、ありがとう。シグル」
     青年の双眸には偽らざる気持ちが溢れている。日頃の感謝の気持ちを込めて、クロムは柔らかな笑みと共に言った。

     クロムがインタビューの報せを受けたとき、彼はシエルと共に銅田産業の本社に居た。
     スパーリングを終えベイのメンテナンスを施している最中だった。シエルが新メンバーとして加入してもうすぐ半年が経ち、そのタイミングで運営が企画を立ち上げたらしい。Xタワーの応接室で三人と司会者によるインタビューが行われる。生放送との話を聞き、クロムはわずかに緊張の色を見せた。
     仕事に慣れているクロムに対し、シエルはまだ経験が浅い。
     こちらを見つめるシエルと目が合い、クロムは不安の表れか視線を逸らす。マネージャーにとっては仕事が入って嬉しい反面、カメラを向けられる側はそれなりの対応を求められた。シエルだけではなく、シグルもまたインタビューに丁寧に答えられる性格ではない。だが一方で順調に勝ち続けるチームを視聴者に知ってほしい気持ちもクロムにはある。弱き己と向き合った彼は、自分と戦い時に苦しみながら、荒んだ過去と決別した。
     シエルはきっと仕事をやり遂げてくれるだろう。シグルもまた、淡々としながらも務めを果たすだろう。
    「わかりました」
     スマホ越しに気弱な眼鏡男の声を聞き、クロムは間を置いた末に承諾する。かつて激務に苛立ちを募らせていた青年はあの頃に比べて随分と余裕が生まれ、結果彼の精神は落ち着いた。通話を終え軽く息をつく。その間シエルは青年の顔を、無言でじっと見つめていた。
    「マネージャーさん、なんて言ってたッスか?」
    「いつも通り、仕事の話だ」
     愛機ブラックシェルを磨く手を止め尋ねるシエルに、クロムはよくある話だというふうに答える。今の青年にシエルを冷酷に扱った過去の影は片鱗もなく、あるのはリーダーとしてメンバーを案じる思慮深さのみだった。クロムは仕事に関しては相変わらずドライだったが、シエルに向ける顔はチームメイトへの厳しさと優しさが同居する頼もしいそれへと変化した。スマホをしまいシエルに知らせる。
    「インタビューの仕事が入った。君を迎えて半年が経ったからな。生放送だ」
     撮り直しが効かない仕事に少し怯むと踏むが、青年の思考に反し少年は肝が据わっていた。シエルは眼力を強くし、新たな仕事に対する熱意を見せつけた。
    「わかりました」
    「頼むぞ」
    「はい!」
     拳を握って気合を入れるシエルに、クロムは大したものだと感じ入る。ふと彼は少年の入団会見のあの日を振り返り、
    「半年、か」
     痛みを宿す顔でひとりごちた。
    ――仮面Z選手入団について、一言お願いします。
     あれから半年が経過した。
     当時の彼は精神を病み、チームメイトを顧みなかった。
     記者会見は冷ややかそのものであり、リーダーたる彼は新たに加わったメンバーに一瞥もくれなかった。シエルこと仮面Zに何も話させず、青年が一方的に記者団に報告するだけだった。自分を敬愛する健気な子供をエクスの代わりとしてスカウトし、己の中にエクスを生み出せば用済みとして扱った……シエルへの処遇はクロムの人格を疑われるほどに酷かった。
    「シエル…」
     決戦の翌朝、彼はシエルに謝罪した。だが改めて詫びずにはいられない。
    「あの頃は、本当にすまなかった」
    「過ぎたことです」
     シエルの答は甘いと称していいほどに優しかった。緩く首を振る彼は、とうにクロムを許していた。
    「今のあなたはオレを見てくれて、ペンドラゴンのリーダーを立派に務めています。だから、大丈夫です」
    「……」
     彼ならばそう言うに決まっていると胸の奥で悟っていて、クロムはだからこそ心苦しい。本来ならば手をついて謝るところを、彼は少年の心の広さゆえにそれを免れた。少年の寛大さがつらく、胸を締めつけられる。だが今以上の謝罪は無意味とわかっていて、彼は苦い感情を胸に押しとどめた。
    「ありがとう……、……」
     クロムは苦悩の滲む表情で口を閉ざし、もう一人謝るべき相手を意識する。彼がないがしろにしたのはシエルだけではない、もう一人のチームメイトもだった。
    「シグルにも、すまなかったと思っている。オレは彼女のことも放っていた」
     彼女は感情を表に出す性格ではないが、傷つかなかったわけではないだろう。彼女は冷静に判断を下す女性であったから、クロムが己に眼中がないと理解していたはずだ。チームメイトをまとめる立場にありながら、彼はリーダーとしての責任をまるで果たしていなかった。今更悔やんだところでどうしようもないがクロムは自分の不甲斐なさが恨めしかった。
    「……あの、クロムさん」
     シエルがおずおずと口を開く。
    「シグルさんに、何か贈り物しませんか。日頃の感謝の気持ちも込めて。
     クロムさんもオレも明日はオフですから、買い物、とか」
    「……!」
     シエルの提案にクロムは目をまるくする。彼にはない発想だった。
    「それはいいな」
     顔をほころばせる青年に少年もまた笑顔となる。名案が浮かんだならば行動あるのみだ。彼等は彼女への贈り物を思案する。
    「シグルさんの好きなものって何か知っていますか? あんこクリーム寿司? いや、それじゃ日持ちしないし」
     あれこれ考えるシエルにクロムは目を細め、真面目でいじらしい少年を見守る。思えば青年は少年に長い間ずっと支えられてきた。チームメイトへの感謝を胸に彼もまた思いを巡らす。
    「オレも何か考える。もっとも……先にメンテナンスを済ませないとな」
     摩耗したパーツを交換し感触を確かめるうちに時間は過ぎ、作業を終えたときにはそれなりの時間が経過していた。日が傾き上空が薄っすら紅色に染まった頃、二人は銅田産業を後にした。大通りを歩き高層マンションに戻る彼等は、並んで歩きながら贈り物を考える。シエルもだがクロムもまた、いざプレゼントとなると気負ってしまう。中々贈り物が決まらない。どうしたものかと考えるうちに二人の足は自宅との距離を縮めていった。
     思案顔で歩を進めるうちに、彼等は屋上ビジョンがある建物の通りに差し掛かる。高層ビルの外壁に設置されたビジョンは大人気インフルエンサーが活発な笑顔を振り撒いていた。チームユグドラシルのブレーダーにしてBドレのアンバサダーを務める女性――難波ゆにはビジョンの中で最先端のモテを指南していた。
    ――今いちばんのモテは、この香水!
     洒落た小瓶を示し、大勢を魅了する笑顔を見せる。香水の名前は無駄に長く、門外漢の二人の耳を軽やかに通り抜けていった。
    「シグルさんも香水とかアロマとか、好きなんスかね?」
    「どうだろうな……」
     シグルはファッションモデルとして活躍しており、もしかしたらファッションに関する知識は豊富かもしれない。しかしオフの時間に彼女の口からモデル業に関する話は一切出ず、彼女の好みもまた把握しかねた。そもそもシグルも勿論クロムも多忙であり、ベイに関する事柄以外二人が顔を合わせる機会は少なかった。更に言えば――今でこそ違うがクロムはエクスに執着し、彼女を無意識に除外していることが多かった。
    (ひどいリーダーだ、本当に)
     シエルに悟られぬよう心の中だけで嘆く。青年が人知れず落ち込む傍ら、
    「そうだ、シグルさんのアイコン」
     シエルが思い出しスマホを取り出した。
     少年のスマホ画面は通信アプリのアイコンが映し出され、そのうちの一つがシグルの名を表示している。画面上に並ぶアイコンは多くは顔写真だったが、シグルの場合デフォルメされたうさぎだった。つぶらな瞳が愛らしい、丸みを帯びたフォルムの白うさぎだ。シエルの方がクロムに比べて細かい点に気づきやすいのかもしれない、彼はアイコンをクロムに見せ、
    「可愛いっスね。シグルさん、うさぎが好きなんスか?」
    「……!」
     アイコンを凝視するうちにクロムが何かを閃く。決めかねていた彼女への贈り物を、彼はこのとき明瞭にイメージした。
     
     Xタワーでのインタビューの日、クロムは定刻を間近に控えた時間に到着した。
     別件が長引き、急いで現場入りした彼である。幸いスタッフの誰も焦った様子はなく、クロムと同行していたマネージャーはほっと胸を撫で下ろした。シエルがスタッフと打ち合わせている様子を青年は微笑ましく眺める。若輩のメンバーを見守る落ち着いたたたずまいと穏やかな気性は、病み荒んでいた頃の彼とは大きく異なっていた。
     決戦の場で倒れ目を覚ました彼は、龍の首飾りの消失と引き換えに憑き物が落ちたようにエクスへの執着を失った。
    Xタワーの医務室で意識を取り戻し、傍らにはシエルが居て。クロムは初めて少年への仕打ちを悔いた。少年に謝り、歪な関係を解消して。彼はエクスに囚われ何も見えなくなっていた自分を変え、シエルをかけがえのない存在と認識した。
     スポンサーに対する外面の良さは現在もさほど変わっていない。だがファンに向ける笑みは柔らかく、青年は昔の、まだプロになったばかりの純粋な彼に戻りつつあった。シエルは無論シグルの目から見ても彼は変わった。
    「クロム、変わったよね」
     彼女が指摘するほどに。
    「それでは本番入ります」
     インタビューはつつがなく進行し、穏やかな雰囲気の中で終了した。
    「お疲れ様でした~」
     スタッフのねぎらいの言葉を受け、ペンドラゴンの三人は収録現場を離れる時期に差し掛かる。シグルはこの後翌日の仕事についてマネージャーと何やら話していて、チームの二人とは離れた位置に居た。モデルとしての彼女の人気は高くスケジュールもまた過密だ。もしかしたらクロム以上に慌ただしいのかもしれない。決戦の日に意識を失って以降、クロムのスケジュールは大きく見直された。
    「シグルさん!」
     シエルが彼女を呼び、こちらに来るよう身振りで示す。少年の隣にはクロムが立っていて、木漏れ日のような双眸で彼女を見つめていた。
    「ちょっといいか」
     二人は収録現場からほど近い会議室へと彼女を連れていく。少人数の会議を想定して設計された部屋は狭く、テーブルや椅子も簡素だった。以前クロムが不死原バーンと対談した時とは違う部屋はまだ昼間であるがゆえに明るく、金色の光が柔らかく射し込んでいる。あの不穏な会議室と打って変わって平和な場所に彼等はシグルをいざなう。いつの間に用意したのだろう、シエルは両手で大事そうに箱を持っていた。
     少年の真横でクロムが口を開く。
    「君に贈りたいものがあるんだ」
    「……」
     相変わらず無表情の、だが彼女を知る者ならばきょとんとした様子が伝わる顔でシグルは相手の言葉を受け止める。彼女らしい反応にクロムは柔らかく笑い、プレゼントをシエルと一緒に選んだ日を振り返った。
     数日前、Xデパート内の某雑貨店で、彼等は意中の品を探している。クロムが思い至ったそれはうさぎのデザインの白いアロマストーンだった。
     アロマストーンとは精油――別の呼び方ではエッセンシャルオイル――やフレグランスオイルを垂らし、香りを楽しむ為の石である。素材は陶器だったり珪藻土だったりと数種類あるが、火や電気を使わず簡単に使用出来るのが利点だった。石にオイルを数滴垂らし、石に染みたオイルが時間経過と共に香りを広げていく。デザインはシンプルなものからインテリアとして扱える可愛らしいものまで様々だ。二人が選んだ品は後者だった。
    “色々あるっスね~”
     あまり雑貨売り場に足を運ばないシエルが多種多様な品を前に、感じ入った声を発す。棚には癒し系グッズであるディヒューザーやアロマライトと共にアロマストーンが並んでいた。様々な色や形のアイテムが二人に感嘆と困惑の表情を作らせる。こういった場所に赴かない二人は商品を見出すのが大変だった。
    “! あったっス!”
     シエルの声にクロムは意識をそちらに向ける。シエルが見つめる先に予めネットで調べた品があった。動物をかたどった、通常より大きめの陶器製のストーンだ。白うさぎを模したそれはベージュ色のプレートの上に置かれ愛らしい姿を二人の瞳に印象付けた。石に染みたオイルが家具を汚さぬよう、ストーンはプレートや受け皿を用いるのが通常だ。見本の後ろに箱に梱包された同型があって、箱の側面にストーンとプレートがセットになって販売されている旨を記していた。
     白うさぎの石の他には猫や熊、珍しいところでハリネズミなどもある。可愛らしい動物の列の中に二人が欲する品があった。白うさぎはシグルのアイコンによく似ている。ただの偶然だったがクロムとシエルは嬉しかった。
    シグルはきっと気に入るだろう。クロムは直感した。
    “可愛いッスね~”
    “そうだな”
     男二人で癒し系グッズを眺めるのも奇妙であるが、それもまた良しとクロムは思う。隣で真剣な眼差しを注ぐシエルに、青年はふっと顔をほころばせた。
    “あとはアロマが要るな”
     アイテムのそばに精油、すなわちエッセンシャルオイルもまた売られていて、数多くの香りに二人は首を捻る。片仮名の羅列を目の当たりにしたところで、二人とも香りのイメージが湧かなかった。既視感のある名前の、恐らくはメジャーであろう物を選んで手に取る。5mlの気軽に試せる分量だった。
    “ラベンダーとレモングラスと……”
    “ペパーミントはどうッスか?”
     二人で相談しながら決め、3種類のアロマを購入する。店員に頼みプレゼント用に包装してもらうと、彼等が選んだそれらは美しい箱となった。デパートの紙袋に入れられたそれは重量以上の手応えを彼に感じさせる。シエルは思わず目を輝かせた。
    “シグルさん、きっと喜んでくれるッス!”
    “そう、だろうか”
     無口無表情の彼女がこれしきのことで笑うなどクロムには想像がつかない。彼女は頂上決戦の際、マルチとのバトルで高揚の笑みを浮かべていたが、あのような出来事は一年に一度すらなさそうだった。クロムは頂上決戦を思い返す。シグルのバトルは後日ビデオで確認したが、当日のクロムは戦いを一秒たりとも目にしなかった……彼はエクスとへの執着心をこじらせ、エクスを除くすべてを排除していた。
     シグルが表情を変えるイメージが湧かぬクロムは戸惑い気味に相槌を打つ。青年の曖昧な面持ちにシエルは朗らかに笑った。
    “そうッス!”
     言葉を交わし数日後、二人はプレゼントを渡す。シグルはいつもの平坦な顔で目を瞬かせ、“開けていい?”と尋ねる。二人が穏やかな表情と共に頷くと、彼女はゆっくりと包装を解いた。箱の中にはうさぎのアロマストーンがつぶらな瞳を彼女に向けている。同梱されている精油に彼女は贈り物が何かを察知した。
    「アロマストーン。うさぎのなんてあったんだ」
    「Xデパートで見つけたッス!」
     シエルが声を弾ませる。
    「レモングラスとラベンダーと、ペパーミントも買ったッス。シグルさん、どのアロマが好きかって……。わからなかったから3つにしたッス!」
     沢山ある中から彼女の好みを引き当てられたかは不明だったが、クロムは一種類でも好みの香りがあればいいと願った。シエルが説明している間、青年の翠の目が温かく女性を見つめている。優しく、好青年そのものの双眸だ。こじらせていた頃の彼を知る彼女はあの日と大きく異なる眼差しに内心驚いた。
    「好きな香りがあると嬉しい」
    「うん。……でも、どうして」
    「君が居てくれて、ありがとう、と。そう思ったんだ」
     彼は今日までの己を振り返る。頂上決戦を控えた当時、彼女への態度は酷いものだった。
     まるで存在しないかのように扱ったのはシエルだけではなかった。当時のクロムにはエクスしか見えず、仮面Yとして暗躍した際は彼女に声を荒げもした。だが彼女はおかしくなっていた彼を非難しなかった。心の中で思うところはあったかもしれない、だが見捨てはしなかった。
     彼女なりにチームを想っていた、と、クロムは考えている。もし自分が彼女の立場であったならば失望しチームを辞めていた。だが彼女はペンドラゴンに残り、全力を尽くして戦い、激闘の末七色マルチに勝利した――彼女とシエルの力によってペンドラゴンは今もなお頂上で在り続けた。
     クロムがここに居るのも、シエルだけでなく彼女の存在があるがゆえだった。
     Xタワーでのバトルは以前より激しくなった。
     頂上決戦での戦いに刺激を受け、タワー全体のレベルが上がった。ベイを開発する者、特訓する者、新たなスタジアムも投入された。進化を続けるベイブレードの世界にて頂上の地位を守り続けるのは難しいかもしれなかった。だがクロムは揺らがず、挑戦者を返り討ちにせんとする。弱き己と決別した日に決心した。もう道を誤らない、三人で強くなろう、と。
    「あのときは、本当にすまなかった」
     彼女への謝罪はこれまで曖昧だった。
     シエルには決戦の翌朝、目覚めたときに謝った。だが彼女には確か何かの折に詫びたが、まるでふと思いついて世間話でも振るような、唐突で中途半端なものだった。彼女はやはり顔色を変えず“シエルには謝った?”とだけ問うた。頷く彼に、
    “そう”
     彼女自身の答はなく、クロムは謝罪を受け入れられたか否かわからぬまま会話を終えた。あれから半年、青年は改めて過ちを悔いる言葉を述べ――彼女は一言、
    「もう、気にしてない」
     と、相変わらずの素っ気なさで返した。
    「今のクロムは、昔とは違う」
    「……。そうだな」
     本来ならば深々と頭を下げて謝罪すべきだ。だが彼女は呆気なく詫び言を受け入れ、普段通り淡々とした態度を彼に示した。もう謝る必要はない、と、彼女は言外に示していた。シグルの気持ちを推しはかりクロムはそれ以上をやめにする。その代わり彼は感謝の気持ちを込め、純粋な顔で微笑んだ。
     シグルが胸を打たれる表情だった。
    (――クロム)
     シグルはチームリーダーの名を心の中で唱え、昔を思い出す。まだペンドラゴンが彼とエクスの二人だけだった頃、彼女は遅れてチームに加入した。まだ出会って間もないあの日のクロムは純粋であり、頂点を目指し日々トレーニングに励んでいた。彼の瞳と表情は在りし日の彼そのもの、そこに狂気や邪念は存在しない。あの日の彼が彼女の前に居た。
     彼が最も病んでいた時期から半年が経ち、彼は変わった。シグルは察し、無表情の下で感じ入った。“よかった”と。まだ彼女が試用期間中で、マルチが初めて作ったベイを手にクロムと戦った日を思い返す。あの日から時が流れた。マルチとのぎくしゃくした関係を修復し、笑顔で握手し、そして。彼は真っすぐだった頃の青年と再会した。
    「クロム……」
    「チームメイトでいてくれて、ありがとう。シグル」
     これまでの後悔とそれを遥かに上回る温もりを胸に彼は言う。シエルもまた、青年の微笑の隣で快活な笑みをたたえていた。
     龍宮クロムと神成シエル。今のペンドラゴンの――彼女と共に居るチームメイト。二人の笑顔を見つめシグルもまた表情を変える。
    「ありがとう……。クロム、シエル」
     シグルは胸にこみあげる熱を感じながらふわりと花開く笑みを見せる。
     七色マルチと和解したときと同じ温かな微笑が、彼の美しい顔に広がっていた。

    *****

    「クロシエがシグルさんの為にプレゼントを選ぶお話」とのリクエストをいただきました。リクエスト、とても嬉しかったです。こちらの内容でよろしいでしょうか。
    「うさぎ アロマストーン」で画像検索すると可愛らしいアイテムがたくさん出てきます。どれも素敵です。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
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    ミヤシロ

    DONE82話『七色の決意』後のシエルのお話。
    引きこもっていた頃のシエルはやつれていて、ご飯食べてるのかなと心配になって思いついたお話です。
    決意を新たに シグルと別れ帰宅したシエルは、まずは荒れ果てた部屋を元に戻すことから着手した。
     メダルとトロフィーが床に散乱していた。
     ゾディアックとの戦いで大敗しどん底を味わったあの日、シエルはアマチュア時代の栄光を衝動のまま床に叩きつけた。500勝無敗、アマチュアの王、これらの賞賛は無意味でしかなく、彼はあの日自分が塵芥(ちりあくた)と思えるほどに打ちのめされた。クロム不在の間ペンドラゴンを守ろうという誓いは無残に打ち砕かれた――あの日の自分と決別するため、シエルは夕闇が窓に垂れ込める時間、惨憺(さんたん)たる部屋を凝視し硬い握り拳を作った。
     ひどいザマだ。だが時間さえ掛ければ原状回復は可能だ。幸いトロフィーもメダルも破損は見られず、ただ元の位置に戻せばいいだけだった。ひたひたと忍び寄る闇が苦しく、シエルはしんどい気持ちの中それでも自身のやらかしに向き合う。一つ一つ、昔の誓いを改めて胸に刻むように。彼は自分の歩みの証を、クロムの言葉を思い出しながら手に取った。
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    ミヤシロ

    DONE80話『最遅の者』~81話『オールイン』の石山メインのお話。石山の部屋の描写は私的設定です。あとマルチが新ベイを完成させた日時がはっきり特定できない為、80話の翌日に完成したという設定にしています。
    石山は登場するたびに魅力的なキャラになっていますね…! 今回のお話を書いてみて、彼の歩みがアニメ本編でとても丁寧に描写されていると感じました。
    不変の道 石山は母親に頼んで手に入れたスイーツを、翌日ファランクスの二人と共に味わった。
    「すっげー!」
    「うまそうだな」
     昨日バーンの部屋で拒んだ甘味を、この日石山は仏頂面ながら親しき者にはわかる上機嫌で堪能する。母親に電話したあのとき“一人で三つ食べてしまおうか”と頭をよぎったものの、彼はすぐさま思い直し三人で食することにした。予定の空いていた二人は報せを聞き、喜んで石山の家を訪れた。石山の住まいはとある賃貸物件の一室であり、そこはさっぱりと片付いて私物がさしてない場所だった。
     十年間、無骨な男は簡素だが清潔な部屋で暮らしている。勝手知ったるファランクスの二人は用意されたスイーツに目を輝かせ、石山の淹れた紅茶と共に舌鼓を打った。その後は今後の予定やトレーニング内容を確認し、世間の話題にも触れる。彼等の話にはトーク番組の撮影やスタジオに乱入したカルラ、そして黒服への言及があった。
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