誓いの日に寄せて クロムとシエルは新郎新婦の、これまでの人生で最も幸せそうな笑顔を遠くから見守っていた。
シグルの友人である女性が、この日結婚式を挙げた。
新郎新婦とその親類と、ごく親しい友人を招いた小規模な式だ。新郎も新婦もあまり派手なイベントを好む性分ではないらしく、式は小さな教会で催された。
シグルから式の話を聞いたとき、クロムは首を傾げた。
“オレ達が行っていいのか?”
クロムは尋ね、隣に立つシエルもまた困惑した。が、シグルはいつもの無表情で頷いた。彼女の目は真剣で、二人に対する表向き冷淡だが真摯な気持ちが見て取れる。彼女は彼女なりにチームメイトを大事に思っていたのだろう。
“クロムもシエルも、同じペンドラゴンだから”
彼女の友人の式に、大切なチームの二人を誘った。
式はシンプルなものだった。
誓いの言葉と接吻、参加者の祝福の笑顔によって、式のほとんどは終わった。教会の中から屋外へ。ライスシャワーを浴びる純白の二人をペンドラゴンの男性二人が遠めに見つめる。空の蒼が鮮やかな金色の光の中。若い男女は温かな空気に包まれ、本日が晴天であるだけでなく輝いて見えた。
「“健やかなるときも、病めるときも”――」
クロムが独りごとのように、シエルの傍らで呟く。耳に心地よい声はこのときささやかであった。
声に気づいたのはシエルのみで、他の参加者が皆新郎新婦に意識を向ける中、少年だけが耳を傾けた。先ほど神父が口にした、結婚の誓いの言葉だ。シエルは憶えている。神父は斯くの如く言っていた。
“健やかなるときも、病めるときも
喜びのときも、悲しみのときも
富めるときも、貧しいときも
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け
その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか”
純白の男女は固く誓い、二人の結婚は成立した。
「相手が病んでいるとき、寄り添える人はそう居ない。
だからこそ、誓いは尊いんだろうな」
「クロムさん……」
ペンドラゴンの女性はこのとき新郎新婦の近くにおり、青年と少年のそばには居なかった。クロムの言葉は二人だけが共有するもので、だからこそ特別だった。クロムはふっと、影のある表情で過去を振り返る。昔彼はひどく病んで、自身の部屋を、正視出来ぬほど荒れ果てた有様にしていた。
「君は……オレが病んでいたとき、そばに居てくれたな、シエル」
クロムの双眸が熱を帯びているのを、シエルは頬を薄紅色にしながら凝視する。当時の少年は青年からひどい仕打ちを受けていたが、それでも病める者から離れなかった。憧れが、想いが、少年をその場に留めていた。たとえ黒須エクスの代替品として扱われようともシエルは決して離れなかった。少年はエクスへの憎悪と嫉妬を胸に押し留め、決してクロムにはぶつけず寄り添った。
時は流れ現在、シエルはクロムと共に在る。
同じチームのメンバーとして、互いを思い遣るパートナーとして。二人はこのとき恋人と呼ばれる関係にあった。密かに深めていく関係にマスコミもファンも知る由もなく、精々シグルが勘付くくらいだ。そして彼女は何も言わず二人を見守った。
二人が深い関係を築き、それなりに時間は経った。クロムは真剣な眼差しを少年に注ぎ、想いの詰まる言葉を口にする。
「君とならオレは……」
――歩んでいけるだろう。
「……」
少しだけ時間を置く。
真摯な言葉を耳にしたシエルが、クロムにしか聞こえない声で、言った。
「オレもあなたとなら、共に生きていけます」
と。
新婦が参加者にブーケを投げる。花束はクロムでもシエルでもない誰かが手にした。
参加者が歓声を上げ、青年と少年の前で盛り上がる。だが、それがなんであろう。花束があろうとなかろうと、青年と少年の関係は不変であった。二人は至高の微笑をたたえる純白の新郎新婦を見つめながら、自分達もまた静かに微笑んでいた。成人男性の端正な顔と成長する過程にある少年の快活な顔と。二人の顔は新郎新婦から、やがて互いに向けられた。
二人の瞳はどちらも緑色だった。
一方は龍の鋭い爪か牙を連想させ、一方は雷を思わせる。緑の目は嫉妬深いという意味を持つが、それは良い意味に受け取れば愛情が深いとも言えた。互いを想う二人の瞳が愛しい対象のみを映す。彼等の瞳はどちらも熱を孕んでいた。
――健やかなるときも、病めるときも。
6月の爽やかに晴れた日。白色と祝福の花びらに彩られた式に身を置き、二人はいずれ訪れるであろう誓いの日に想いを馳せた。