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    ミヤシロ

    ベイXの短編小説を気まぐれにアップしています。BL要素有なんでも許せる人向けです。

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    ミヤシロ

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    雨の日のクロシエです。本日6月11日は暦の上では入梅。傘の日でもあるそうです。

    土砂降り ペンドラゴンのプロモーションについて議論するため、この日ペンドラゴンの三人は広報担当と共に会議室に集められた。
     チームの活躍によって銅田産業の売り上げが何パーセント伸びただの、次の戦略がどうだのと、専務は耳障りな声でまくしたてる。一方銅田社長は椅子に腰掛け笑みをたたえるのみで、何の意見も述べはしなかった。銅田産業は社長をトップとする会社だが実質的に社を取り仕切るのは戯画谷専務と言ってよい――新人にして未成年、参加するものの発言権はないシエルは、椅子に座りながら表向きは真面目に、心の中ではつまらなそうに会議の参加者を眺めていた。
     その、あくびをかみ殺したくなる時間の中、シエルは窓を叩く雨音に気がついた。
     会議室は本社ビルの二階にあり、窓の外には灰色の空が広がっている。いつの間に降りだしたのだろう、窓には雨粒が数多飛び散っていた。彼が雨に注意を向けている間にも雨脚は強まり、専務のやかましい声の中でさえ雨音は響くほどになる。シエルは誰にも悟られぬように平静を装いつつ無表情の仮面の下で動揺する。彼はふっと、己が世界から隔絶された錯覚に囚われた。
     土砂降りの雨の中たった独りで街を彷徨った、そんなイメージが彼の頭に湧いた。
     ごく最近、一ヶ月も経たぬ間の出来事、と何故か思う。実際にはあり得ない記憶を、シエルは呆然としながら脳裏に思い浮かべていた。

     会議はシエルが白昼夢を見た十分後にお開きとなった。
    「それでは、ミーティングを終わりにしよう」
     専務の宣言をもって予定調和の会議は終わり、社員はぞろぞろと部屋を出ていく。皆が退室する中クロムは社長と、シグルはマネージャーと言葉を交わしていて、シエルは二人と共に退室したいつと思いつつも叶わず、躊躇いがちに部屋を後にした。現在午後四時を過ぎ、この日彼は家に帰るのみだ。午前中に既に自主トレを終えていた彼は予定はなく、豪雨の中帰宅するのが残された唯一の仕事だった。
    (クロムさんもシグルさんも、オレよりずっと忙しいし)
     二人ともモデル業や雑誌の取材で多忙であり、シエルが時間を持て余しがちだ。彼は黒須エクス――かつてのペンドラゴンのメンバー――より仕事熱心であるが、未成年の彼は成人に比べ仕事がセーブされていた。クロムと過ごせる時間は決して長くなく、寂しい、と感じる気持ちも強い。だが彼は不満を言わず己の出来ることに注力した。トレーニングに体調管理、そしてクロムからもらったベイ・ブラックシェルのメンテナンス――シエルは健気な少年である。寂しい日々でもじっと、まるで甲羅で身を守る亀のように耐えた。
     独り社屋を出、玄関口で空を仰ぐ。シエルの目の先には鉛色の雲が一面に広がり、地面が煙るような酷い雨を降らせていた。
    (傘、持ってきててよかったッス)
     予報では夜間に降るとアナウンスされていたが、現実では日没前から降り出した。念の為持参した折り畳み傘は役に立ち、彼は土砂降りの中を突っ走る状況は避けられた。雨音は屋外に出て更に強く、ありきたりな例えだがバケツをひっくり返したよう。梅雨入りしたためだろうか、今日の雨は激しく、気温が低いのもあってシエルの胸に堪える。何故だろう……会議室に居た頃から、彼は気持ちが塞いだ。
     どうしようもなく、精神的に打ちのめされそうになる。理由は知らない、だがシエルはこのとき雨がひどく恨めしかった。
    (なんで、こんなに)
     ただの降雨がこれほどまで胸を沈ませるのを、シエルは理解出来ない。会議中に見た白昼夢が影響するのだろうか。しかしただの幻影に感情が乱され過ぎていて、シエルは自分で自分をおかしいと思った。理性で抑えがたき苦しみにおのずと胸に手を当てる。ぎゅっ、と服を掴み、彼はしばしの時間玄関口に佇んだ。
     そのとき、
    「シエル?」
     少年の背にクロムの声が掛けられた。
    「クロムさん!」
     驚き振り返ると、青年が気遣わしげな視線を注いでいる。クロムもまた傘を持っていて、こちらは折り畳みではない、黒い大きな傘であった。シエルは目を瞬かせる。たしか青年は会議の後も予定が入っていたはずだ。
    「打ち合わせじゃなかったんですか?」
    「シグルと予定が被った」
     どうやらマネージャーがやらかしたらしい。気弱そうな眼鏡の男の慌てる様子が目に浮かぶようだ。散々迷った挙句マネージャーはシグルとの仕事を優先し、結果クロムは急遽予定が流れた。孤独感から一転、大切な人と一緒に帰れると思ったシエルは気分を高揚させる。先ほどの沈んだ様子が嘘のように、シエルの目がぱあっと輝いた。
    「一緒に帰れるんスか? 嬉しいッス!」
    「大袈裟な奴だな」
     クロムは苦笑し、柔らかな翠の瞳を少年に向ける。が、数秒後彼は心配そうな表情を浮かべた。
    「どうかしたのか」
     率直に問う。
    「さっきまで元気がなかった。何かあったのか」
     シエルはしばし目を見開き、青年の顔を食い入るように見つめる。自分でも持て余す感情を言い当てられ、彼は内心ひどく動揺した。
    「……」
     雷を宿す双眸を翳らせながら、少年は青年の端正な顔を凝視する。口を閉ざす彼はややあって、ぽつり、ぽつりと話しだした。
    「オレ、雨が少し、苦手なんです」
     先刻の白昼夢を反芻し、胸を締めつけられる思いで言った。
    「つらくて、寂しくて。……置いてけぼりにされたような気がして」
     記憶にない出来事が心に影を落とす。
     つい最近そういった目に遭った、と、事実と異なるにもかかわらずシエルは思う。白昼夢がまるで現実に存在したように、シエルは苦しい気持ちになった。たった独りで土砂降りの雨の中を歩き回り、誰かを探していた。しかしどれほど歩こうとも、どこを行こうと。会いたい人には会えなかった。
     誰を探していたのだろう。不明だがシエルが求める相手ならば対象は限られた。
    (オレは……多分、クロムさんを探していた)
     漠然とした夢であれど、探し求める人には確信があった。
    (オレは、クロムさんに会いたくて。でも、見つからなかったんだ)
     胸が塞ぐ理由を、シエルはこのときになって初めて理解する。大切な人が突然居なくなり、方々を探し回ったが結局どこにも居なかった。冷たい雨にはたかれ、彼はびしょ濡れになりながら街を歩く。行方不明になったクロムに対し、スポンサーは怒りをぶつけるも心配する素振りもなく、シグルもまた――彼女なりに案じてはいるものの――いつも通り無表情で。世界中でクロムを案じるのは自分だけなのだろうか、と、シエルは酷薄な周囲にも苦しめられた。
     孤独感に打ちのめされ、顔を濡らす雨に涙を混じらせて彼は街を彷徨う。黒に近い灰色の空は無情そのもので、不幸な境遇にある少年に容赦なく冷たい雨を叩きつけた。
    「シエル」
     思いを巡らすシエルに、クロムが躊躇いがちに名前を呼ぶ。青年の翠の双眸の先、シエルは自分でも気づかぬうちに涙を流していた。
    「あ……」
     クロムの痛みを宿す瞳をもってシエルは自身の落涙を知る。頬を伝う雫に少年は自分でも驚き、流れ続ける涙に驚いた。
    「大丈夫か、シエル」
    「大丈夫、ッス……」
     心配するクロムにシエルはいじらしく答えるも、彼の状態は客観的に見て彼の言葉からかけ離れている。理性で押しとどめるも涙は止まらず、少年の頬を伝い続けた。小麦色の肌を濡らす雫にクロムが憂いの表情となる。青年が顔色を変えたのを、シエルは自分の感情に翻弄されながらも察知した。慕わしい人の苦しげな顔を見たくなくて、シエルは乱暴に目許を拭う。濡れた声を聞かせながら、彼は己の涙の訳を述べた。
    「夢を見たッス」
     夜見る夢ではなく真昼の夢だが、シエルは詳しくは触れずに続ける。
    「夢の中でクロムさんが居なくなって。必死に探しても見つからなくて。
     すみません……ただの夢なのに、泣いたりして」
    「……」
     愛しい人の顔が翳るのを厭い、少年は溢れる涙を何度も拭う。その健気な意志に胸を打たれ、クロムは彼の背にそっと腕を回した。
    「クロムさん、」
    「じっとしてろ」
     片手に傘を、もう一方の手でシエルの背中を包みながら、クロムは低くよく通る声を響かせる。聞く者の心を落ち着かせる声は、シエルには特に強く作用した。たくましい掌を、大切な人を想う心をシエルに感じさせる。嗚咽を漏らす少年の体を青年がそっと引き寄せた。
    「心臓の音を聞くと心が安らぐそうだ」
     昔どこかで聞いた話をシエル相手に実践する。クロムの知らぬ場所で悲しい想いをする少年に、青年はしばらくの時間そのままでいた。彼にとっても大切な少年の苦痛を取り除くために、心穏やかでいてほしいがために。クロムは少年が泣き止むまでずっとそばに居るつもりだった。
     今だけではない、この先もずっと。彼はシエルと共に歩んでいこうと、病んだ己と決別した日から決めていた。
    「オレはここに居る。君のそばに。君を置いてどこかに行ったりしない。
    君が泣き止むまでこうしているから。
     だからどうか落ち着いてくれ。君が苦しむのを……見たくない」
     クロムの胸の中でシエルはしゃっくりを上げながら、それでもクロムにわかるよう深く頷く。自分でもどうすることの出来ない感情に呑まれながら、シエルはクロムがここに居る、その事実だけを噛みしめた。白昼夢は幻想であり、現実は二人が共に居る幸せなモノ――シエルは青年の鼓動と掌をもって受け入れる。今この瞬間を受け止め、シエルは段々と感情を鎮めていった。
     涙は止まり、嗚咽も収まり、シエルは千々に乱れた感情を落ち着かせる。まだ完全に痛みは癒えなかったが、彼はいつもの平常心を取り戻した。
    「クロムさん」
     湿った声で青年の名を呼び、シエルは躊躇いがちに口を開く。青年との絆を深めた今であっても彼から要求するのは勇気が要る話だった。
    「お願いしてもいいですか」
    「なんだ?」
    「クロムさんの部屋に行っていいですか……?」
     クロムの胸の中でシエルの顔が羞恥によって紅潮する。彼の心臓が急速に鼓動を速めるも、彼は心を決めて口にした。
    「膝枕してほしいッス。あなたがオレのそばに居ると感じられるように。
     オレの悪い夢が夢であると、心からそう思えるように」
    「お安い御用だ」
     クロムは顔を綻ばせ、そっとシエルから手を離す。彼は片手に持つ傘を、鉛色の雨空に広げた。漆黒の、威圧感すら感じさせる傘だ。一人で入るには大き過ぎるその中に、彼はぐいっとシエルを引き寄せる。彼にしては荒々しい、しかしシエルには頼もしい動作だった。
    「頼まれなくとも感じさせる。
     膝枕なんて他愛ないものじゃなくてな」
    「……。は、はいッス」
     青年に頼んだよりも強いナニカをされそうな気がして、シエルは途端顔を真っ赤にする。もしかしたら煽ってしまったのだろうか、己の言動を顧みるも歓喜する頭では細かに考えられなかった。青年の手は大きくたくましく、引き寄せる手はしっかりと温もりを伝えてくる。少年を現実に留める存在感を、青年の浅黒い手は確かに抱いていた。
    「帰ろう。オレも早く、君を感じたい」
    「はい」
     青年の台詞は中々恥ずかしいがシエルは赤面しつつも喜びを隠しきれずにいる。少年の胸の内を青年もまた理解し、クロムはそっと目を細めた。
    「ありがとう。
     あなたがそばに居てくれて、オレ、幸せです。クロムさん」
    「ああ。オレもだ。……シエル」
     大雨の中白昼夢は薄れ、目の前の青年の微笑に上書きされる。
     雨の記憶が少し薄らぎ、代わりに青年の熱と、冷たい雨から守る傘の中の空気が、シエルの心に温かさを感じさせた。
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