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    neo_gzl

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    兼続×七緒。兼続ルートED後。オフ本に掲載予定なのですが、兼七のお話は殆どWEBにアップしていないので、サンプル代わりにSSの全文を上げておきます。
    ※七緒に妊娠が発覚する話です。
    ※モブ(兼七の子供(仮))が出てきますので、苦手な方はご注意くださいませ。
    ※本に掲載する時は、誤字脱字を含めて更に全体を加筆修正します。初稿の段階で投げ飛ばしです。

    「されど世界は美しい」




    彼女と自分との間に、子供は望めない。

    別段、何かそう考えるに至る、確固たる理由があったわけではない。
    過去の書物や記録を漁り、あれやこれやと思索に耽り、物事が動くその先を読めぬか、己に、引いては我が主、上杉家に有利なように動かせぬかと、すぐにはかりごとをめぐらせる性質がある自分には珍しいことだとは思う。
    ただ、彼女には――。彼女が起こす奇跡には、己の知謀など遠く及ばない。引いては、彼女の本質にも手が届かないのではないか。神の乙女と婚姻の契りを結んだだけならまだしも、子まで望むなど、ただ人の男でしかない自分には、過ぎた願いだ。
    そんな風に思っていたから、確かな理由なく、何となく多分そうなのだろうと漠然と受け止めていたのだ。
    欲しいのか欲しくないのかと問われれば、やはり欲しかった。
    彼女は自分が、この命続く限り、無上の愛を与えたいと思った女だ。そんな彼女との間に子供が出来たなら、心から愛しく、幸せだろう。
    考えれば、神話や伝承の中には、神と人との間に子が産まれる話が数多くあった。ならば、と思ったこともある。しかしやはり、望んではいけないような気がしたのだ。
    祝言をあげてから季節がいくつか過ぎても、彼女に子が出来る気配はなく、そのことがますまそういう気持ちを助長させていた。
    別に子が出来なくとも、彼女への愛情は変わりようがない。素直で可愛らしい義娘も既に一人いる。
    国は転封にはなったが、彼女が齎してくれた新しい作物のお陰で、領民たちが食うに困るほどの危機にあるわけではない。この地をいつか、黄金の稲穂が海のようにどこまでも広がる豊かな地にするという、やりがいのある夢と仕事もある。
    だから、これ以上は望むべくもなく幸せなのだ。
    米沢の地で、彼女と二人暮らしていく。そんな風に思っていた。
    だけどいつか、一人でいいから彼女との子供をこの腕に抱けたなら――。心の奥ではそう願うことを止められず、彼女と夜を過ごすたびに果てて眠りに落ちたその滑らかな頬や口元に唇を寄せ、目を伏せながら乞うていた。
    どうか、こちらに来てくれないか。贅沢をさせてはやれないが、出来うる限りの愛を与えると約束するから、と。
    叶わぬ願いなのだろうとは思いながらも、願っていた。
    だから、あの日彼女の口からそれを聞いた時は、本当に驚いて、それから言葉では言い尽くせぬほどに嬉しかったのだ。


    何ということのない、いつもの夜だ。
    空は穏やかで、いくつか流れている雲の間から月と星が程よく見える。
    風は庭木を揺らす程度に吹いていて、時折小さな葉擦れの音を立てている。空気はやや冷えているものの寒いわけではなく、誰かと身を寄せ合うにはちょうど良い気温だ。
    今日は朝から今年初めて苗を植えた農地の様子を見に行き、百姓たちに混じって農作業を手伝った後は、帳簿を纏め書状を書いていた。
    ほどよく疲れた身体で寝所に向かえば、部屋には夜具が敷かれており、燭台のそばで七緒が髪を梳いていた。長い髪が橙色の光を受けて艶々と輝いている。七緒は兼続が部屋に入ると、顔を上げて「お疲れ様です」と微笑んだ。
    「ああ」
    微笑みを返して頷き、彼女の傍で膝をつく。
    祝言を上げ、正式に夫婦となってもう季節がいくつか過ぎた。
    こうして仕事を済ませて部屋に戻ったときに、柔らかな微笑みで迎えてくれる相手がいるのは幸せなことだ。彼女を無事に妻に迎えられたことの幸福を日々、改めて感じている。
    「今日はお忙しかったですか?」
    「いやまあ、いつも通りだったぜ。このまま天気に恵まれてくれれば、助かるんだがな」
    そういう何気ないやりとりを交わすのも、心地よく、愛しいものだ。
    手を伸ばして艶のある髪に触れれば、伽羅の混じった香油の匂いがした。
    その香りに誘われるように腰を引き寄せて、胸の中に七緒を抱き締める。寝間着の襦袢越しに感じる肌の柔らかな感触と髪の香りは、ほどほどに疲れた身体を甘く疼かせてくれる。
    「――七緒」
    名前を呼んで、こめかみに唇を押し当てる。
    すると七緒はくすぐったそうに肩を揺らし、ほんの少し恥じらうように嫌がる素振りを見せて、――それでも、身体を許してくれるのが常だった。
    だから身を捩る七緒の身体を捕まえて、顎を捉えて口付けをしようと顔を寄せた。
    だがその時、七緒は「待ってください」と声を上げると、兼続の唇を指の先で押し返したのだった。
    「むっ」とくぐもった声を出してから、兼続は唇を押さえている七緒の手をそっと引きはがした。
    「今日は、気分じゃない、か?」
    よくあることではないが、七緒はたまにそう言って夜伽を嫌がる。本当に嫌そうであれば無理強いをするつもりはないのだが、たいていは何だかんだと誘えばその気になってくれる。今宵もそれなのかと思ったのだが、七緒はほんの少し困ったように眉を寄せて「そういうわけじゃないんですけど……」と首を振った。
    「今日というか、ええと、しばらくは……」
    歯切れの悪いその口調に、今度は兼続が眉を寄せる。
    「しばらく……?」
    月のものはまだ先だったのではと考え、そしてふと違和感を覚える。
    『まだ先』ではない。おそらく、先月――否、先々月以降から来ていないのではないだろうか。
    はっとして七緒の顔を見下ろすと、彼女は腹に片手をあててはにかむように微笑んだ。
    「その……、はっきりと分かるわけではないので、確かにとは言えないんですけど……、最近少し熱っぽかったり眠かったりして、何か違うなと思うことが多くて、もしかしたら、と」
    そんな彼女の言葉を、聞いているのかいないのか、自分でも最早よく分からなかった。
    無駄に回るはずの頭は全く働いておらず、ただ七緒の顔と腹の辺りに視線をうろうろと動かし、言葉を発することも出来ないままだった。
    ――まさか。
    これまで、七緒との子は望んではいけないと思っていた。だが、不思議なことにこの瞬間そんな考えは消え失せて、間違いはないのだろうという確信に変わっていた。
    「そうか、……子が」
    口をついたのは、意味があるのかないのかよく分からない言葉だった。
    驚きと喜び、しかしそれ以上に胸の裡に溢れていたのは、畏敬と感謝の思いだった。
    「兼続さん……?」
    名を呼ばれ、そっと指先で頬を拭われて、兼続は自分が涙を流していることにようやく気が付いた。
    「――、済まない……、嬉しくて」
    大の男が急に泣き出し、七緒は少々面食らった顔をしていたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて宥めるように兼続の髪を撫でた。
    「喜んでくださって、良かったです」
    「そりゃ、喜ぶに決まってるだろう。――この上ない、幸せだ」
    髪を撫でる手を捕まえて、頬を擦り寄せる。柔らかく、温かな手がひどく愛しくて胸が苦しいほどだった。
    「……ありがとう」
    何かを言いたくて、しかし結局言葉が見つからず、短く礼を言うことしかできなかった。
    「ありがとう」と繰り返す夫を、七緒は少し困ったように、だけど幸せそうな目で見上げながら、胸の中に身を寄せて「はい」と頷いた。
    「このことは……?」
    いまだに要領を得ない言い方ではあったが、七緒はきちんと意図を汲んだようで、軽く首を振ってから笑って答えた。
    「いいえ、まだ誰にも。兼続さんに、一番にお話したくて」
    そんな七緒の気持ちが嬉しくて、また涙が浮かびそうになってしまう。誤魔化すように額に唇を押し当てて、「そうか」と笑った。この幸せな知らせをまずは二人だけで分かち合えたことが喜ばしかった。
    「明日、邸の皆に知らせよう」
    浮かれたそんな声に、七緒はくすりと笑みを零す。
    「だけど、まだ出来たと決まったわけじゃないですよ」
    「しかし、邸の皆には伝えておかないと、君の身体が心配だろ」
    無茶な真似をしないように、よくよく目を配っておくようにと言い含めておかなければ。そんなことを考えていると、呆れたような笑い声が聞こえた。
    「兼続さん、心配性過ぎませんか?」
    「大事な奥方のことだ。心配にもなるさ。何かあればすぐに言ってくれ」
    真剣な口調で返せば、七緒はおかしそうに笑う。その笑い声が耳にくすぐったくて、愛しかった。
    「――ありがとうございます。だけど、他の皆に伝える前に、あやめちゃんに話しましょうね」
    「勿論だとも。彼女もきっと喜ぶ」
    頷いてから、柔らかく笑みを浮かべる唇に口付けをした。感謝と、そして籠められるだけの愛を込めて、腹の子にもこの想いが伝わるようにと、願いながら。
    ーーよく来てくれた。
    腹の上に置かれていた七緒の手に、自分の指を絡めてそっと触れてみる。七緒の腹はまだなだらかで、何の変化も感じられない。だがそこに、確かに新たな命が宿っているのだと思った。
    「七緒――、愛している。君も、腹の子も」
    「私も、……愛しています。兼続さんも、この子も」
    空も風も穏やかで、何ということのない静かな夜だった。だが、二人にとっては特別な夜だった。


    その夜、七緒を腕に抱いて、腹を撫でながら眠りに落ちた兼続は不思議な夢を見た。
    兼続がいたのは広い場所だった。
    眼前には、野原がどこまでも広がっている。見たことのない色とりどりの花が咲き乱れ、暖かな日差しが降り注ぎ、どこからともなく小鳥の囀り声が聞こえてくるその光景は、まさしく夢のように美しかった。
    しかし、このように美しすぎる場所は、往々にして神の領域と呼ばれるものだ。人が足を踏み入れてはならぬのではないかと咄嗟に思ったのだが、不思議と嫌な気配はせず、むしろもっと奥へと招かれているような気さえした。
    「――ここは……?」
    周囲を見回しながら、足を踏み出す。足の下の土は柔らかく、兼続が歩を進めるたびに、花の間から黄と白の蝶がひらりと飛んだ。
    ――……、さま、……――て、さま。
    しばらくの間あてどなく足を動かしていると、どこかから声が聞こえていることに気が付く。
    たどたどしい口調と高い声は、幼子のもののようだ。何を言っているのかはよく聞こえないが、どうやら兼続を呼んでいるらしい。
    誘われるように声のする方に進んでいくと、やがて大きな木が見えてきた。薄紅の花を満開にたたえたそれは、山桜の巨木のようだ。その下には苔の生した岩があって、岩の上に子供が一人、ちょこんと腰を下ろしている。あれが兼続を呼んでいる声の主のようだ。紅葉のように小さな手を、ひらひらとこちらに向けて振っている。
    兼続はそのまま岩の下まで行って、その幼子の顔を見上げた。
    年のころは、二つか三つに見える。黒い髪は顎のあたりで切りそろえてあり、真っ白な水干のような衣装を着ていた。男なのか女なのか、判別に困る中性的な顔をしている。一瞬、似ていると思い浮かべたのは、七緒の顔だった。顔立ちではなく、纏っている空気が似ていると思ったのだ。
    見たことがない子どもだ。それなのに、顔を見ているとどこか懐かしいような、恋しいような気持ちになる。
    「君は――」
    もしかして、と続けようとした兼続の声に、幼子の声が重なった。
    「あなたがわたしの、ててさまなのですか?」
    幼子が発したその言葉に、兼続は心の中で「やはり」と声を上げる。
    この幼子は、兼続と七緒の子なのだ。彼――いや、彼女なのか――は、これからうつし世に下りるにあたって、自分の父親となる男のことを知りたくて、こちらに兼続を呼び寄せたのかもしれない。
    「ああ、そうだとも。俺が君の父上だ」
    澄んだ双眸に微笑みを向けて、兼続は迷いなく頷いて見せた。
    幼子はほっとしたような笑顔を見せると、するりと音もなく岩の上から下りてくる。その背丈は兼続の半分もない。視線を合わせるように膝をつき、そっと頭を撫でてやった。さらさらとした癖のない髪は、七緒のそれと手触りがよく似ている。
    「ててさま」と言いながら、幼子はくすぐったそうに目を細めた。その仕草や声が、ひどく愛しかった。近くで顔立ちを見れば、自分にも少し似ているような気がしてくる。
    ここがどういう場所で、そしてこの幼子がどういう存在なのかは、改めて考えない方がいいのだろう。一つだけはっきりしているのは、これからこの子が、兼続と七緒の子どもとしてうつし世に来ようとしていることだけだ。
    「――君は、俺の……、俺たちのところに来てくれるのかい?」
    穏やかな声で問いかけると、幼子は兼続の顔を見上げてから、「はい」と頷いた。
    「そちらには、ははさまがおられますから。でも……」
    そこまで言ったところで一度言葉を切り、小難しいことを考えるように眉を寄せて続けた。
    「――ててさま。そちらはここよりもうつくしいところなのですか?」
    問われて兼続は顔を上げて辺りを見回した。
    「ここよりも美しいか、か……」
    どこまでも続く美しい野原。風は温かく穏やかで、日差しは眩しい。川の水面も澄んでおり、見える景色は果てしなく美しい。宋の陶淵明が詩に歌った桃源郷が本当にあるのならば、きっとこのような場所なのだろう。
    ――芳草鮮美にして、落英繽紛たり。
    草は色鮮やかでかぐわしく、花びらの舞い踊る美しい場所だ。
    それに比べれば、地上には戦があり、飢えがあり、時に大切なひととの別れがある。――だけど。
    「……美しいとも」
    兼続は唇に笑みを浮かべてそう応えた。
    地上には、いつか別れが来るからこそ美しいと思える愛がある。そして、人の命を繋いでいく営みがある。
    花ではなく、金色の稲穂が揺れる海。あの景色は、ここよりも美しいものだと兼続は思う。いいや、美しいものにきっとこの手でして見せる。自分の子に、そしてそのまた子に、どこまでも広がる黄金色の海を見せてやりたい。
    「そのけしきを、わたしにもみせてくださいますか?」
    「もちろんだ」
    頷くと、幼子はぱっと顔を輝かせて嬉しそうに笑った。
    「では、ててさまといっしょにいきます」
    「ああ、行こう」
    伸ばされた小さな手を取って、もと来た方角へと歩き始める。
    やがて山桜の巨木は見えなくなり、少しずつ足元に咲いている花も減り始めた。
    何となく「あと少しだろう」と思い始めたころ、手を繋いで歩いていた幼子が、ぴたりと足を止めた。
    「どうした?」
    振り返って顔を見ると、幼子はにっこりと笑って顔を上げた。
    「ここまででだいじょうぶです。あとは、じぶんでゆきまする」
    なるほど、人である兼続と一緒に歩けるのはここまでなのだろう。あとは、無事にこの子が来てくれることを願うしかないのだ。無事に再会が叶えば、こうしてまた手を繋いで歩けるだろうか。
    「……そうか。では、先に行って待っていよう」
    「はい。まっていてください。きょうだいをつれて、そちらにまいります」
    「――きょうだい?」
    「はい。ててさまがやさしそうなかたであんしんいたしました。ですから――」
    そんな声が聞こえた瞬間、ぱっと視界が白く染まり、兼続の夢は途切れ朝を迎えていた。
    明けたばかりの朝日が差し込む寝所で、前夜と同じように七緒を背中から抱き込み、その腹に手を当てたままの格好で兼続は瞼を持ち上げた。
    夢の内容は最早あやふやで、どこか美しい場所に迷い込み、幼子と出会った程度のことしか思い出せなかった。だが小さな手を握り締めた感触が、確かに自分の手のひらに残っている気がする。
    子が出来たと聞いて、嬉しさのあまりに不思議な夢を見ていたのかもしれない。
    しかし近いうちにきっと、あの子に会えるのだろうと兼続は思った。あの子は夢の中で、兼続を地上での父親として認めてくれたのだと思う。
    七緒との間に子が出来るまでにしばらく時がかかったのは、兼続が自分の父親にふさわしいのかどうかを、七緒を通して見極めていたからなのかもしれない。――そんな風に感じられた。
    ――しかし、そう言えば、きょうだいを連れて来るというようなことを言っていたか……?
    さすがにそれは、ただの己の願望だろうか。だけど、そうではないような気もする。まだ見ぬ子供たちのことを思い兼続は笑みを浮かべ、腕の中で眠る愛しい妻の髪にそっと口付けをした。

    年が明けて、七緒は無事に男の子を産んだ。
    そしてそのあと数年の間に、二人の間に三人の子供が生まれることになるのだが、そのたびに兼続が涙を流して喜んだことは、七緒だけが知るところである。


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