地獄行脚漫遊道中 血と臓物が飛び散り一部が足りない人だったはずの肉塊が散乱する戦場。そこは地獄かと見紛うほどのどす黒く淀んだ気配に満ち、生命の気配一つすらありもしない。だが、そんな戦場に佇む人影が一つ。
「……足りない」
仮面で顔を隠し、戦場に巣食う亡霊の如き人影は舌打ちまじりに一言だけ呟くと周りの空間に渦を作り姿を消した。
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
「今回も随分と派手にやったね」
「全ク、後片付ケヲスルコッチノ身ニモナッテミロ」
「無駄口を叩く暇があればさっさと処理をしてこい」
ネチネチと嫌味を言ってくるゼツに指示を出す。すると奴らは減らず口を止ますことなくオレの指示に従う。奴らを従うことができるのは『うちはマダラ』ただ一人。だからこそ奴らがオレの命令に従うと言うことはオレが『うちはオビト』ではなく『うちはマダラ』と言う証明となる。
だと言うのに
「……チッ」
自分の拙劣具合に思わず舌打ちが出る。
今回の戦闘。『うちはマダラ』であればもっと短時間で終わっていた。『うちはマダラ』であればもっと少ない労力で、『うちはマダラ』であればもっと一方的で、『うちはマダラ』であればもっと、もっと、もっと、もっと、もっと。
ダンッ
苛立ちからすぐ隣にあった壁を叩く。まだ気が立っているままだが先程までより冷静になれた。そして何より先程までの無益な思考がようやく止まった。ここまで苛立つ理由なんて明確だ。理由はただ一つ。オレがまだ『うちはマダラ』に成り得ていないからに他ならない。
『うちはマダラ』として世界を歩むために生前のマダラから様々なことを教わった。人を操る方法。戦う術。『うちはマダラ』の記憶。『うちはマダラ』となる為に必要なことを全て学んだ。
だと言うのにオレは未だ『うちはマダラ』足り得ていない。先の戦闘もそうだ。あそこまで戦場が血肉で汚れたのは無駄な動きが多すぎるからだ。オレはまだ何かが足りない。経験でも、知識でも、力でもない何かが。
「戻ッタゾ」
一人至高の海に沈んでいると不意に黒ゼツから声をかけられた。
「今回も大変だったよ。敵を殺すならもっと丁寧にしてほしいね」
「オ前ハ、殺シ方ガイツモ雑過ギル」
「黙れ。それよりも次の仕事を教えろ」
「うわー。そういうボクたちへの扱いが雑なとこマダラにそっくり。そんなところまで似なくて良かったのに」
「ダガ、良イ兆候ダ。似過ギテ困ル事ハ、無イカラナ」
「良いからさっさと教えろ」
なかなか話が進まないことにイラつく。苛立ちを隠さずに先を促す。するとゼツはオレに対し、まるで聞き分けのに幼児を見るかのような視線を向けようやく話を進めた。
絶対に『うちはマダラ』には向けられない『うちはオビト』にのみ向けられるその視線が余計にオレの神経を逆撫でする。
「次ハ、トアル小国ノ大名ヲ暗殺シロ」
「また、暗殺任務か」
独り言として呟いた言葉はゼツに聞き取られていたようで「文句ヲ言ウナ」と嗜められた。
こいつらは表面上オレを『うちはマダラ』として扱うくせに未だに『うちはオビト』として見てくる。この事実にまた舌打ちが出る。
だが、今はそんな事はどうでもいい。早く『うちはマダラ』足る存在になる為に今はとにかく数多の戦場を渡り歩く必要がある。
黒ゼツからの情報を聞き、目的地に向かうためオレは万華鏡写輪眼を開く。神威を使い空間を飛ぶまでの間、脳裏にマダラから教わったことを反芻する。今度こそ『うちはマダラ』としての振る舞いを戦場でできるように。
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
また戦場に立つ。今度の敵は目測で三十四、五人と言ったところか。
「誰だ貴様は!?」
大名の護衛部隊の一人がオレに問いかける。その声は震えていた。無理もないだろう。何もないはずの空間からいきなり仮面を被った男が現れれば誰だって恐怖を覚える。
オレは男の問いかけに答えず、再びマダラから教わったことを頭の中で反芻する。狙う急所、視線、足の運び。命を刈る術のすべてを反芻し、一呼吸置く。未だ動かないオレを警戒して敵もまた刀を構えるだけで動けれない。動かないのならば好都合。相手が動かないのを良いことにオレも忍刀を抜く。
オレの今回の目的は大名を含めた目の前の小隊の殲滅。どうやら大名は小隊の中心にある籠の中にいるようだ。緊張で動けない護衛小隊を尻目に一歩目は緩慢な動きで近づく。そして二歩目は。
「!? 奴はどこに行っ――」
地面が抉れるほど強く二歩目は踏み込み目にも止まらぬ速度で相手の懐に入り込む。敵からすれば唐突に消えたように見えただろう。
オレは踏み込んだ勢いのまま懐から取り出した刀で相手の首を切りつける。頸動脈を切るだけにとどめるはずだったが、切先が狂い首と胴体を切り離してしまった。その結果に思わず舌打ちが出るがまあ良い。
まずは一人目。
敵方はいきなりの事で呆気に取られ、隙だらけだったため勢いを止めず二人目に切り掛かる。今度は相手の心臓を一突き。今度は寸分の狂いもなく切りつけることができた。物言わぬ肉塊となった死体から刀をぬく。支えを失ったそれはドサッと力なく倒れ込んだ。
そして漸く状況を把握したようで敵兵が雄叫びを上げ切りかかってきた。
やっと開戦の狼煙が上がったようだ。
切りかかってきた敵の刃を躱す。身を引き、体を捩り、時に神威で。そして隙を見て反撃に出る。三人目は足蹴りで首の骨を折り、四人目はまた刀で首を斬りつけ、五人目頭を掴み地面に叩きつけ、六人目、七人目、八人目と続く。
数分の間に敵勢の約半数は当たりを真紅に彩る屍となっていた。
戦闘の途中、一瞬だけ意識を戦場に向ける。まだ無駄な力が入っているせいで必要以上に凄惨な戦場をまた作ってしまっている。「これではまたゼツから文句を言われるだろうな」と考えたところで意識を目の前の敵に戻す。意識を戻したところ目に入ってきたのは白銀に光る敵の刃であった。少しのよそ見をしていた隙に目の前に敵の凶刃が迫っていた。だがこの程度のこと神威で良ければ良いだけのことだ。
神威を発動しまたすり抜けようとした時、ふとよぎってしまった。
このまま斬られて死ねば、リンに会えるのでは?
このまま斬られて死ぬことができたのなら、もう手を汚すことなくこの地獄を終わらせることができるのでは?
ほぼ無意識のうちだった。オレは神威の発動をやめ、敵の刃を受け入れようとした。しかし、オレの意思に反して神威は発動し、敵の刃はすり抜けていった。
「ちくしょう! またすり抜けやがった!」
先ほどオレを斬りつけてきた敵はそう言うと反撃を恐れ後ろに下がった。本来であればすぐにおいつきまだ殺せる距離。しかし、敢えて敵を追わず、神威を発動し異空間に飛ぶ。
神威空間に飛び、荒れた息を整える。普段であれば絶対にありえないことが先ほどから続いている。ぐちゃぐちゃになった思考を表すようにどれだけ息を整えようとしても息が乱れたままだ。だが、今呼吸のことなどどうでもいい。
なんでオレは今生きているんだ?
あの時確実に神威の発動はやめたはずだ。だと言うのに今オレは生きてここで呼吸をしている。
神威がオレの意思に反して発動した。まるで、オレが死ぬことを許さないように。
おかしい
一つ疑問が湧き上がると、とめどなく疑念が湧き上がり自身の思考を満たしていく。
嫌な予感がする。
疑念を晴らそうと持っといた刃物の先を自身の首に向ける。
死の恐怖なんてとうの昔に捨てた今自刃に対し何の感慨もない。
だと言うのに
気づけばオレは胸を抑え地面をのたうち回っていた。
刃先が首に突き刺さる瞬間、心臓に強烈な痛みが走った。心臓を直接鷲掴みにされるような筆舌し難い痛みが全身を支配する。痛みに思わず突き立てていた刃を放し、胸を抑える。息もろくに出来ず、しばらくのたうち回った後、漸く痛みが落ち着いた。
地面に横たわったまま仰向けに寝転ぶ。四肢を投げ出し目を瞑って息を整える。
「ふ……ククッ……アハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!」
自分が今置かれている状況に笑いが止まらない。どうやらオレは過去と名前を失ったときに死ぬ権利も失ってしまったようだ。
なあマダラ。
オレはアンタが語った思想に、アンタの言う月の眼計画に本気で賛同していた。
だからあの日オレは自分の意思でアンタの元に戻った。
無限月読さえ成せばそこに全人類の幸せがあるとオレも思ったから木の葉を襲撃し、かつての師をその妻を、同郷の人々をこの手にかけた!
アンタの思想や過去に共感できると本気で思ったからだ!
だからこそオレはアンタの代わりに無限月読を成そうと思っていた!!
だと言うのにアンタはオレのことを信頼していなかったんだな!!
オレが途中で月の眼計画を投げ出すと思ったんだろ!!!
ああそうだ!!! 大正解だ!!!
だからこそ今!!! オレは死んだアンタを殺したいと思ってる!!!
アンタのおかげで漸く分かった!!!!
結局オレは未だに過去も名も何も捨てきれていなかったことを!!!!
『うちはマダラ』になれないのも当然だ!!!!
オレは未だに『うちはオビト』を捨て切れていなかったのだから!!!!
『うちはマダラ』に届かなくて当然だ!!!!
オレには絶望も、失望も、狂気も、殺意も、無限月読を望む気持ちも何一つ足りなかったのだから!!!!!!!!
オレは笑った。ただひたすらに己の滑稽さを笑った。マダラに操られ、もう戻ることもできず、無限月読以外でリンに会う方法がないと言う事実を知って漸く理解することができた今更理解できた己の愚鈍さをただひたすらに笑った。
『今日からお前が救世主だ』
オレが名を捨てた日にアンタが言った言葉。
アンタは一体どんな気持ちで言ったんだ。
オレがアンタの都合の良い操り人形になる期待からか?
それともオレがアンタの手のひらの上でアンタの思惑通りに動いた喜びからか?
だがもう今となってはどうでもいい。
アンタのおかげで漸く足りた。
漸く絶望も狂気も殺意も足ることができた。
ゆったりと立ち上がり空間に渦を作り、神威を発動させる。
オレは最初と同じように小隊の前に姿を現す。最初と違うところを挙げるとしたら小隊の人数が最初の半分以下に減っており、オレは『うちはマダラ』に成り代わろうとしていないところだろうか。
再び現れたオレに大名の護衛は小さく悲鳴をあげた。辺りを見回せばオレが異空間に行く前とは場所が変わっている。どうやら彼らはオレが異空間に行っている間に逃げようとしたみたいだ。まあ、その全ては徒労に終わったが。
視線を小隊に戻す。するとオレと目が合った一人の体があからさまに強張った。そしてその人物は次の瞬間目から光を消し、地を這う。その地を這う体は首をありえない方向に曲げているため、すでに事切れていることが一目でわかる。オレは足元に転がったその死体を見つめる。無駄な力がかかっていなかったからか、その死体は首がおかしな方向に曲がっていると言う一点を除けば綺麗なものだ。
ああ、頭にかかったモヤが晴れたように思考がはっきりとしている。
先の戦闘ではあちらから仕掛けてきた。ならば今度はこちらから開戦の狼煙をあげよう。
地面を強く踏み込み音すら置いて小隊の真ん中に飛び込む。相手が反応する前に一人目の頭に回し蹴りを叩き込み頭蓋を割る。その回転の勢いを殺さず忍刀で二人目の首と三人目の胸を切り裂き、四人目の肺を打撃で潰す。
四人の死体が同時に地面に伏すのと同時に漸く小隊が動き始めた。だがすでに半壊させられ、統率を失った小隊ほど簡単に壊滅させられる物はない。
拳撃と蹴撃で敵の体の一部を潰し、斬撃で体を切り裂き、時に神威や写輪眼を使い同士討ちをさせる。
今までの無駄な動きまみれな戦闘が嘘だったかのような一方的な虐殺は者の数分で終わってしまった。そして最後に小隊が命を賭して守っていた籠を見ると目的の大名が狭い籠の隅で体を縮め震えていた。痛みを感じる間もないよう一撃で首を切る。
この場にオレ以外の生者がいないことを確認するために再び辺りを見回す。
屍こそ多く転がっているが、今までの戦場とは違い無駄に血肉が飛び散っていない。
この戦場の光景は、オレが漸く『うちはマダラ』足る存在に成り得たのだと感じさせる。
だが、今のオレにとって『うちはマダラ』であるかどうかなんてどうでも良いことだ。
オレが『うちはマダラ』か『うちはオビト』かもすでにどうでも良いことだ。
無限月読をオレが成す。重要なのはただこの一点だけだ。
マダラ。アンタは確かにオレに対して言った。
『今日からお前が救世主だ』と。
ならばアンタの思い通りに動いてやろう。
救世主としてオレが月の眼計画を完遂させる。
無限月読を成すのはアンタじゃない。このオレだ。
――今日からオレが救世主だ――