媚薬ロッカーむひ冒頭「今回も骨の折れる仕事になりそうだね、被虐くん」
「……そうだねぇ。今回も探偵とは思えないお仕事でクタクタになりそうだね、無能くん」
「あはは……」
眼前の目的地を見上げながら声を掛けた僕に、どこか嫌味っぽく被虐くんは告げた。否定できないそれに人差し指で頬を掻いて眉を下げれば、彼はどこかつまらなそうに華奢な爪先で地面を蹴った。カン、と小石が剥き出しの土の上を跳ねる。
──本部へと戻ってから、あの島で共に過ごしたときの彼のような、透き通る純朴さはあまり見られなくなった。それはきっと、隠していた真実を暴かれた今となっては、人畜無害でか弱い青年を演じる必要性がなくなったからだろう。
被虐くんからすれば、こうして僕たちに不躾に当たってみせるのは嫌がらせなのかもしれない。けれど案外、僕は本当のキミを見つけられたみたいで嬉しい、なんて思っていたりするのだった……本人に知られたら、何を言われるか分かったものじゃないな。
「それじゃ、行こうか」
これは、被虐くんへじゃない。クモの巣の張ったドアノブに躊躇しそうになる自分自身への鼓舞だった。
キイ、と甲高く蝶番が鳴って、黴の臭いがむわりと溢れる。扉の上部、一際大きな白い糸の輪がぷつりと切れ、乾いた蝶が薄汚れたタイルに落ちてその羽が呆気なく散った。