「へ、っくしゅん!」
朝起きたら、身体がだるくて、重くて。でもお勤めしなきゃってベッドから這い上がる。ふらつく足取りで廊下を歩いていたら、すれ違ったドラウスに呼び止められた。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、ポール。顔が赤いぞ、大丈夫か?」
不意にドラウスの顔が近づく。おでこをこつんと当てられた。熱を確かめているのだろうが、その端正な顔が目と鼻の先にあるのは心臓に悪い。ばくばくする胸を、いや、たぶん脈が速いのはそのせいだけじゃなくて……。
「熱があるな、ベッドに戻りなさい」
「で、でも……」
お仕事しなきゃ、とかわやわや言っていると、しびれを切らしたドラウスはロナルドを姫抱きにした。そのままずかずかとベッドルームへ向かう。メイド服からパジャマに着替えさせると、ベッドの中に放り込み、お布団をかけた。
「ただの風邪だろう。しっかり休んで早く治しなさい。すぐに氷枕をとってくるから」
そう言ってドラウスが部屋を出ていく。風邪、そう思ったとたん、なんだか不安になってきた。こんな、ロナルドにとっては敵地も同然の場所で体調不良を起こすなんて。なにかひどいことをされやしないだろうか、ロナルドの心は休まらない。
「ほら、とってきたぞ。頭上げて」
ドラウスは優しくロナルドの後頭部に手を添え持ち上げると、氷枕を滑り込ませる。ひんやりしていて気持ちがいい。
「それじゃあ、大人しく寝てるんだぞ」
ドラウスが行ってしまう、ロナルドはとっさにその服のすそを摘まんだ。
「い、行かないで……」
口をついて出た言葉に、ロナルドは驚く。ドラウスは観察対象、敵に近い存在なのに。でも今、最も頼りになるのはドラウスなのだ。今まで抱かれていくについて情も湧いてきて、なによりその父性に甘えたくて。
「……いいよ、お前が眠るまでそばにいよう」
ドラウスは椅子を引っ張ってくると、ベッドのそばに座る。ぽんぽんとお布団を叩かれ、異国の言葉の子守歌を聞いているうちに、ロナルドは眠りにおちていた。
なんだかいいにおいがする、ロナルドの意識が浮上する。ドラルクが、お盆を持ってそばに座っていた。
「ロナルドさん、お加減いかがですか?」
二人きりのときはロナルドと呼ぶようになったドラルク。今のところ約束は破っていないようだ。ドラルクはお盆の上のものを見せてくれる。おかゆと果物のジュースとりんごだ。栄養を欲している身体、ごくりと喉が鳴る。
「ふー、ふー、はい、あーん」
ドラルクはスプーンに掬ったおかゆに息を吹きかけ冷ますと、ロナルドの口元に差し出す。正直、自分で食べる気力もなかったロナルドは、それに素直に甘えた。
「……うまい」
「そうでしょう、私が作ったんですよ」
「へぇ、すげぇな」
素直に感嘆の声が漏れる。それに気をよくしたドラルクは、かいがいしく食事を口に運んでくれる。ジュースも飲み干して、ようやくお腹が落ち着いた。ドラルクはお盆をサイドテーブルに置くと、小さな手を額に乗せる。
「まだ、お熱ありますねぇ」
ひんやりした手が気持ちよくて、目を瞑る。そのまま寝ちゃっていいですよ、と優しい声に身を任せ、ロナルドは再び眠りにおちた。
再度目を覚ました時、時計を見るともう明け方だった。いつのまにか帰ってきていたドラウスは、椅子に座って本を読んでいた。ロナルドが目を覚ましたのに気づくと、額に手を当てる。
「熱はだいぶさがったみたいだな」
「ご主人様、あの、夜のお勤め……」
「ばかを言うな、病人なんて抱けるわけないだろう」
ドラウスはロナルドの額にちゅっとキスを落とすと、今夜はこれだけで十分だ、と言った。
「おれ、だ、だめなメイドでごめんなさい……」
「人間だれしも体調が悪いことはあるさ、それに」
ドラウスはロナルドの髪を優しく梳いた。
「お前は私にとって世界一可愛くていい子なメイドさんだよ」
ロナルドは、胸のどこかが温かくなるような、そんな感じがした。もしかしたら、みんなが思っているほど危険なやつじゃなくて、優しい吸血鬼なのかも。ロナルドはそう思い始めていた。
「まだ眠れそうかな?」
「ううん、あんまり眠くない、です……」
「それじゃあ、本でも読んでやろう」
ドラウスは自分が読んでいた小難しそうな本とは別に、赤い表紙の本を手に取る。心地よい声が、童話を物語はじめた。それは知らない国の知らないお話で、聞いているうちに気持ちよくまたうとうとの波がやってくる。
「眠くなったか?おやすみ、ポール」
「はひ、おやすみなさい、ご主人様……」
まどろみのなかに蕩けていく。そしてぐっすりと眠ったからか、翌朝目が覚めた時にはすっかり身体は軽くなっていた。ロナルドはドラウスとドラルクにお礼を言うと、また一生懸命働くのであった。