大人様ランチを喰らいやがれ!「んじゃ、まずは手ェ洗ってエプロンな」
「はい」
「米は朝に月島が炊いてくれてるからいいだろ? さて尾形よ。ハンバーグとオムライス、それとエビフライにナポリタン、どれがいい?」
「どれ、と言われましても。生憎と食った事がないんでね。何が正解か知りませんよ」
「おうおう、なら聞いて驚け。なんとっ、全部載せだぜ! 大人様ランチだからな〜」
「……待って下さい菊田さん、それだと米の比率が難しいです」
「月島のだけ米別盛りにするから大丈夫だ。嗚呼勿論、旗も挿してやる」
「……旗?」
「お山の形の米には旗が挿さってるもんなの」
「奪い合うんで?」
「それはビーチフラッグな。なんだ尾形も欲しいなら先に言えよ。お前さんのは特別にピラフに猫さんの旗を挿してやるから」
「ピラフより赤飯のがいいんですがね」
「……そりゃ大人様ランチってより、ジジ様ランチだな。赤飯はまた今度炊いてやるから、その時たくさん食えやいい」
「菊田さん、時間押してます」
「はいはい。……ったく、お前さん達が楽しみなのは分かったから。まずはハンバーグからな」
「肉を捏ねるのなら得意です」
「そうか、じゃあそれは月島に頼むな」
「ははぁ、さすが月島さん。手馴れてらっしゃる」
「こら、不穏な会話をするんじゃない」
「大丈夫です菊田さん。今は綺麗な手です」
「今後もそのまま綺麗でいてくれる事を願うよ。玉葱はこっちで炒めてるから、粘り気が出てきたら胡椒多めに……。もう少し、そう、胡椒は粗挽きが美味いんだよ」
「これはチーズも乗せるんで?」
「いんや。大人様ランチだからな。チーズじゃなくて、こっち──粒マスタードな」
「洒落とりますなぁ〜」
「三等分すると小さいですが大丈夫ですか?」
「あぁ、いいのいいの。こっからオムライスにナポリタン、サラダにスープにデザート付きだからな。っと、手ぇどけな。冷ました玉葱入れたからもうひと混ぜして、三等分にしといてくれ」
「はい」
「そちらは?」
「オムライス用の具だな。お子様用ならハムとかベーコンにコーンと人参なんだが、今回は大人様用だからな。マッシュルームにオムライス用に分けといた炒め玉葱の二種類さ」
「……きのこ」
「椎茸じゃねえから食えるだろ?」
「同じ菌類じゃねえですか……」
「ったく、仕方ねぇな。ンじゃマッシュルームはソース用にして、中身はお子様用とおんなじな。月島はマッシュルーム大丈夫だよな?」
「きのこ類の違いが分かるとでも?」
「はいはい、聞いた俺が悪かったよ。ソースのマッシュルームは月島にぜんぶ寄越すから、尾形は具なしソースな」
「肉が出来ました」
「素材名で言うのやめなァ? そしたらこっちのフライパンに火ィ点けて。ん、真ん中の赤い丸が消えたら置いてくれ」
「丸焦げに一票」
「……猫の肉はさぞ美味いんだろうな」
「はーい、喧嘩すんな〜? 尾形、お前さんの為に作ってんだからおちょくるな。月島も、前作った時のは香ばしくて美味かったろ? 今回は大人様ランチ用だからな、むしろ香ばしさが在った方が美味いんだよ」
「はぁ〜、つまらん。第一なんです、大人様ランチって。アンタが『美味いもん食わせてやる』っていうから来たというのに。蓋を開けたら料理下手の月島さんと仲良しクッキングを見せつけられて、なんの拷問ですか」
「うんうん、自分の為に俺たちが手ずから食べたかったものを作って貰えて嬉しいってか〜。まったく、素直だねぇ〜百之助くんは〜」
「〜〜〜ッ、ッ、ッ!」
「お、赤丸がフライパンから尾形へ移ったな」
「ははっ! 月島、お前さんも言うねぇ」
「これでも付き合いは長いですから」
「百年だもんなァ。あ、百之助だけにって、ッあっっづ!!!!」
「嗚呼すみません、油が跳ねました。凍る寸前だったので丁度よかったですね」
「ああ? おい尾形。今のどう思うよ」
「アンタ達の平和ボケを見てたら自分が子供でいられねぇって思いましたよ」
「尾形もあと数年でこっち側だぞ」
「言わんで下さいッ! 俺はまだ熱々おしぼりで顔を拭いたり立ち上がる時によっこいしょなんて言いたくないんですッ」
「楽になっちまえばいいのにな。月島、生肉触った手だからよく洗って。次は水入れたフライパンにパスタ半分に折って火をかけてくれ」
「得意分野です」
「なぁアンタ。さっきから月島さんに力技ばかりさせてないか?」
「ん? 得意不得意の賢い選択って言ってくれ」
「月島さん、遠回しに筋肉バカって言われてますよ」
「大丈夫だ。俺は会社で菊田さんの事不憫オジサンと呼んでるから」
「え、そうなの!?」
「直接すぎて草も生えやしねぇ」
「尾形お前、草とか言うの……?若ぶるのやめろよ」
「はっ! 残念ながら俺はアンタより一回り近く若いんでね!」
「ギリギリまだだろッ!」
「菊田さん、なんか怪しい匂いします」
「わッ! ちょ、引っくり返すから待って、火、弱めて、っと。うん、まぁ平気だ。今回は香ばしさが必要だからな。うん。このまま弱火で蓋して五分な」
「お湯沸きました」
「ケチャップとソースをそれぞれ二回し入れてくれ」
「こちらは具なしで?」
「ウィンナーはオーブントースターで焼くんだよ。あ、コラ月島ッ、お前は包丁持つなッ」
「刃物の扱いは慣れてますが」
「他人ン家のまな板いったい何枚真っ二つにしたか記憶にねぇのかよ」
「……? あれは劣化してるまな板が悪いのでは?」
「っはは! これは傑作ですなッ」
「尾形、お前もわざと落としたコップの数、記憶にあるか?」
「腹が減りました。ハヤクタベタイナー」
「ったく。大人しく待ってろよ」
「待ってろよ」
「ちょっと! 二人して子供扱いせんでください。髪が崩れるんですよッ」
「頭撫でられて喜んでるうちはまだ子供だろ」
「そうだぞ尾形。俺たちからしたらお前が一番下なんだ。素直に可愛がられろ」
「この筋肉達磨たちめ……ッ」
「明日から朝食はプロテインバーにするか?」
「ナッツ類砕くなら任せとけ」
「いいからさっさと作りやがれください」
「そうだな。よし、オムライスの卵は後で作るとして……。月島ァ、冷蔵庫から海老取ってくれ」
「どうぞ」
「尾形何本食べる?」
「一本で」
「よし一人三本な」
「おいたわしや、もう耳が遠くなって……」
「尻尾が跳ねても俺は知らねぇからなー? 月島、衣つけたやつからそっちのフライヤーでキツネ色になるまで揚げてくれ」
「ふら…いやー……?」
「洒落こみすぎて月島さんが認識出来てないじゃないですか」
「あーもー、今手が使えないってのに……。そこの飯盒サイズの四角いやつあンだろ。コンセント差して、油は線のとこまで入れて。ンで、エビフライのマーク押してくれ」
「おぉっ」
「温まったらコレ入れて、キツネ色ンなるまで揚げててくれ。俺はお子ちゃま尾形くん用のピラフを作るから」
「分かりました」
「時に月島さん。キツネ色って知ってます?」
「黄色だろ? 見ろ尾形。入れてすぐだがもう黄色になったぞ。エビフライってすぐ揚がるんだ「尾形くん尾形くん、至急月島を止めて下さい」
「月島さんストップ。俺はトイレと友達になりたくないんですよ」
「???」
「尾形、キツネ色ジャッジは任せた。月島、尾形がいいって言ったら油からあげてくれ」
「仕方ありませんなぁ……。目はいい方なのでね、頼まれてあげますよ」
「尾形のコーンスープのクルトン多めに入れてやるからな」
「……」
「あ、ちょっと月島さん! 不服だからってエビフライ沈めンで下さいッ! 俺から見えません!」
「月島ぁ〜? ほら、ピラフになる前の赤ちゃんやるから落ち着け〜?」
「それは最早白米って言うんですよ」
「っ、ン。固めで美味いです。尾形お前よそ見するなよ」
「このお米星人め……ッ」
「はいはい、仲がいいのは分かったから。ほら、尾形も口開けな。ちゃんと大人になったピラフだから」
「熱いのは舌が火傷するから……」
「っだぁ〜ッもう! おら、フーフーフー! 食え!」
「★@&◆▲※〜ッ!?」
「菊田さん、動物虐待は犯罪ですよ?」
「あん? 餌付けの間違いだろ」
「ふっはへんはッ! ッン、入れすぎなんですよ! こちとら顎割れとる身なんですが」
「へぇ。 で、お味はいかが?」
「胡椒が足りません」
「はいよ」
「なぁ尾形、これ、この色大丈夫か?」
「ソレとソレはもういいです。端のはまだ早ェです」
「お前らオムライスの卵何個がいい〜?」
「「三」」
「お、いいな。贅沢にいこうか。さて……。──とくと見やがれ、俺の素晴らしきフライパン捌きをッ!」
「月島さん端の出して新しいの三本入れていいですよ」
「おう。油の中で尻尾が赤くなってくの面白いよなァ」
「見ッ、ろッ、よッ!!!」
「「ちょっと忙しいんで後にして下さい」」
「クソォッ! ……いいさ別に。ほ〜ら俺の可愛いエアープランツちゃん。俺の鮮やかな手腕により出来たドレープ玉子凄いだろ?ふわふわトロトロ、デミグラスソースによく合う最高な出来栄えだぜ」
「とうとう頭がおかしくなったんですかね?」
「優しくしてやれ。寂しい人なんだ」
「悪口が丸聞こえなんだよ。チクチク言葉はいけないってガキの頃に教わらなかったか?」
「「???」」
「……月島。エビフライ全部揚がったらケトルでお湯沸かしといてくれ」
「はい」
「菊田さん、そのやたら凝った玉子乗せる中身どこ行ったんですか」
「あ、」
「もう痴呆が始まって……」
「うるせぇなァ。そんな量いらねぇし、すぐ作れるからいいんだよ。ほいっ、ジャッジャッジャッ! ──出来たぜ」
「……時空が歪んで???」
「お湯湧きました」
「ん。スープカップにコーンスープの素入れてくれ。二袋な」
「そこは作らないんですね」
「あ? ク〇ール、美味いじゃねえか。それに二袋だぜ? コマーシャル通りの贅沢を味わえンだ、最高だろ?」
「こんなところで過去の貧乏を匂わせんで下さい」
「お前たちも似たり寄ったりだろ」
「「まぁ」」
「スープ出来たらもういいぞ。月島も尾形の横座って。盛り付けるから待ってろ」
「おいちょっと待て。その皿なんですか?」
「ん? この為に買った『なんかいっぱい盛れるし映えるしいい感じになるデカイ皿』だが……。なんか問題でもあるか?」
「金縁だしデカすぎるしそれ絶対ェ食洗機使えないじゃないですか」
「なんだ尾形、そんな細かい事気にして。別に洗えばいいだろ」
「毎度皿割りすぎて皿洗い免除されとる月島さんは黙ってて下さい。それに! こんな一回だけの為に新しく皿買うとか、凝り性にもほどが有りすぎです。いったいいくらしたんですか……」
「あー………。多分五千……くらい……?」
「三枚で?」
「いや、一枚の値段だな」
「馬鹿なんですか。いや阿呆なんですな。分かりました。これだから無駄に財力のある大人は嫌なんですよ」
「なんだよ皿くらいで文句つけるなよ」
「そうだぞ尾形。菊田さんは年下の人間にメシを食わせる為なら金に糸目をつけない『メシいっぱい食えよオジサン』なんだから。これに付ける薬はないんだ」
「可哀想に……」
「お前たちが俺の事どう思ってるか、よ〜〜っく分かった。はぁ……。ほら、おべべが汚れちまうから紙エプロンつけて、お口にチャックしてろ」
「「んー」」
「いいお返事で。さて! まずはオムライス用の米を盛って玉子乗せて……。ん、よし。デミソースを尾形は具無し、月島にはマッシュルーム増し増しな。お次はフライパンの中でナポリタンに具を混ぜて味付け、クルッと盛ってパセリをぱらり。ハンバーグにゃマスタードソースをタラリとかけて、エビフライには刻んだらっきょと茹で卵で作ったタルタル乗せて、よしオーケー。お子ちゃま用のピラフを茶碗に入れてペンペンしたらホイっとひっくり返して……、うんうん。月島のは白飯にふりかけチャチャチャ。綺麗なお山になったら、俺直筆猫ちゃんとお月様の旗をそれぞれ挿して。最期に企業努力の賜物激うまコーンスープ様にクルトン増量させたら……。──よしっ、完成な!」
「もしかして杉元の食レポ癖、この人から移ったんじゃないですか?」
「いや、オジサンは独り言が多くなるって宇佐美が言ってたからそっちだと思うぞ」
「おーーーい、皿ごと顔にぶん投げンぞ〜? ったく……。ほら、ナイフとフォーク。お前さん達は使えるだろ?」
「必要だから覚えただけです」
「右に同じ」
「まぁ家ン中だし箸でもいいんだがな。今回は大人様ランチだから優雅にカトラリー使おうぜ。──じゃ、どうぞ。大人様ランチを喰らいやがれ!」
「「いただきます」」
「召し上がれ。……で、どうよ。初めての大人様ランチ食べた感想は」
「ン、米によく合いますね」
「……」
「え、尾形? 尾形は?」
「……」
「無視は月島の専売特許じゃん……。尾形もとか俺泣いちゃ…、って、おいおいすげぇ静かに食ってるけど、口ン中入れすぎだぞ? 頬っぺたパンパンになって、あーあー、顔にソース付いてるから」
「尾形、こっち向け」
「ふぁい」
「え、月島には反応すんの? 美味い? なァ尾形、美味いだろ?」
「……」
「だから、そんな頬っぺたパンパンじゃ喋れないだろッ!」
「菊田さん、食事中はお静かに」
「……おう。まぁ気を取り直して、月島、白飯おかわりする「うまいです」かァ!? おい、月島聞こえたか!? 尾形が美味いって!」
「え?」
「コーンスープは口付けて一気飲みするもンじゃ無ェ!」
「スプーン無かったので」
「それは俺が悪かったな、ほらよ! って違ぇ! 尾形が美味いって言ったの聞こえたろ?」
「聞こえませんでした」
「尾形ァ〜? もう一回言えるかなァ〜?」
「……ン」
「言わないっ、と……。はいはいおかわりな、分かったからそのパンパンな頬っぺたどうにかしろォ〜?」
「菊田さん、米が足りません」
「はいよ。尾形もほら、沢山食えよ」
「ン、」
「メシは逃げないから。月島も。ゆっくり食べろよ」
「この肉、美味いです。あと、このきのこのソースも米に合います」
「月島がよく捏ねてしっかり焼いてくれたからな。尾形はエビフライ一本残ってるが嫌いか?」
「……」
「いや、なんで睨むんだよ。あ、おい、エビフライをオムライスの影に隠すんじゃ無ェ。タルタルとデミソースが混じるだろうが」
「尾形、菊田さんは別に取らないから好きに食え」
「……ン」
「は〜ん。お前、好きな物は最後に取っとくタイプなの」
「……別に。ただ今は気分じゃないだけです」
「そうかそうか。可愛いとこあるじゃねえか。特別にこの揚げたてエビフライをもう一本やろう」
「まぁ、どうしてもって言うンなら貰ってやっへほひひれふよ」
「リス見てえにそっこうで食ってちゃ説得力無いからな。ま、そんだけ喜んでくれるなら、作った甲斐があるわ」
「ご馳走様でした」
「おっ、お粗末さま。月島は相変わらず綺麗に食べるな。米一粒も残さず食べて貰えると、こっちが気持ちいいわ」
「ヒト様に作って貰った物を残す意味が分かりませんので。尾形も美味いメシ食べて喜んでますよ」
「え、喜んでンの分かるの」
「ちょろ毛が跳ねてます」
「そこォ!?」
「まァそこもですが。尾形は食べたくないものはヒトに押し付けますし、齧歯目類のように頬膨らませてがっついてるので」
「齧歯目類て表現どうかと思うよ、俺は……。まァでも、そうだな。こんだけ頬張って食べてる姿見れて、俺は嬉しいよ」
「……っン。ご馳走様です」
「お粗末さま。どうだった?」
「洒落たもんばかりでしたが、まぁアンタが食わせたいって言う価値はあったんじゃないですか」
「最後くらい素直になれないもんかねェ。ま、その膨れた腹見れば全部分かるからいいがな。──じゃ、あとはデザートのアイス登場な! アツアツ珈琲をかければ完成、アフォガードだぜ!」
「「もう入りません」」
「食わせすぎた〜〜〜ッッッ」
Fin.