『リベンジライブ』『今日の放課後集まれますか?』
気の抜けた通知音に促されるまま、寝ぼけ眼で画面を覗き込むと、同好会のグループチャットに新着のメッセージが入っていた。送信者はかすみちゃん。ユニットライブの打ち合わせかな?今日は同好会の活動もバイトもお休みなので予定は空いてたはず。
あれ?このグループってたしか──────
懐かしいな。まだ残ってたんだ。同好会が解散の危機に瀕していた際に、情報共有用としてかすみちゃんが作った4人だけのグループチャット。
『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』
グループ名こそ今と同じだが、招待されてるメンバーの数が明らかに少ない。メンバーはかすみちゃんにしずくちゃん、彼方ちゃんに、エマちゃんの4人。本来であればここにもうひとり、彼方ちゃん達もよく知る部員の名前があるはずなんだけど、あの時はその子の所在はおろか正体すらもわからなかったからなぁ。
だからこのグループのメンバー数は5人じゃなくて"4人"
同好会が再始動して部員の数も当時とは比べ物にならないくらい多くなった。それに伴って、グループチャットも新しく作り替えたはずなんだけど。まさか、今となってこれを使うことになるとはね。流石に彼方ちゃんもびっくり。
この文面を見る限り、どうやらただ事じゃなさそう。あのかすみちゃんがスタンプも絵文字も使わずにこんな簡素な文を残すなんて、間違いなく訳ありだ。
…まあ、とはいえ、大体の事情は察しがつく。彼方ちゃん、これでも3年生のお姉さんだからね。かわいい後輩ちゃんのことなら、なんでもわかるのだよ。
大方、このグループチャットにいない"もうひとり"のことだと思うんだけど、流石にそれをここで聞くのは野暮だからね。まずは会って話を聞くことにしよう。
ひとつ、ふたつ、と付く既読に「了解」の文字。うん。どうやらみんな大丈夫そう。
さてさて。じゃあ、行きますか。場所はいつもの部室。他でもない同好会の仲間の頼みだからね。一肌でも二肌でも脱いてあげようじゃないか。
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放課後、部室に向かうと、そこには既にかすみちゃんとしずくちゃんが集まっていた。エマちゃんは課題で少し遅れるみたいで、もう少ししたら来るらしい。
「彼方先輩、お待ちしてました」
しずくちゃんが丁寧に頭を下げる。そんなかしこまらなくていいのに。彼方ちゃんとふたりのときだと年相応の反応を見せるのに。…こういうときのしずくちゃんは、なんというか、こう、すごく真面目で礼儀が正しい。あ、これ本人の前で言うとプンスカしちゃうからここだけの話にしとこうかな。
「んー、何の話?」
彼方ちゃんは、いつものように笑顔で問いかける。まあ、大方予想はついてるんだけど、こういうときは、かすみちゃんに話を振った方がはやい。すると真剣な表情でかすみちゃんは口を開いた。
「実は…せつ菜先輩のために、もう一度このメンバーでライブをやりたいんです」
やっぱりそうきたか。ん?でも待って。せつ菜ちゃんのために?うーん、なぜ?───彼方ちゃんの預かり知らぬところで、何かあったのだろうか…?
「スクールアイドルグランプリの招待状がきてたじゃないですか。あれから、せつ菜先輩、元気ないんですよ。大会にも出ないみたいですし、やっぱりまだお披露目ライブのときのこと気にしてるんじゃないか、って……」
かすみちゃんの言葉に、しずくちゃんも静かにうなずく。
「同好会の解散の件は、みなさん納得もしてますし、今更掘り返すことでもないとは思うんですが、やっぱりせつ菜さん、この話題が出ると、今でも表情が暗くなるんですよね。だから──────」
なるほどね。確かに彼方ちゃんにも思い当たる節がある。前に同好会の部への昇格の話が出たときや、アイラちゃんのライブのときも、なにかバツの悪そうな顔してたしなぁ…。責任感の強いせつ菜ちゃんのことだ。彼方ちゃん達の中で終わったこの話も、きっと本人の中では「終わった話」になっていないのだろう。他の同好会メンバーの子も、もうこの件を気にしてる子なんていないのに。───本当に、どこまでも真面目で優しい子なんだよなぁ。せつ菜ちゃんって。でも、まあ、それが彼女の魅力であり、困ったところでもあるんだけど。うーん。どうしたものか。
かすみちゃんは話を続ける。
「だからせつ菜先輩には内緒で、あの時のリベンジをしたいんです。そしたら、あの人、少しくらいは辛気臭い顔しなくなるかなって……」
後半になるにつれ、何やらかすみちゃんの言葉がモニョモニョしてるように感じたけど、まあ、要はせつ菜ちゃんを元気つけたいってことだよね。かわいい後輩たちめ。よしよし、任せなさーい。
「了解〜 彼方ちゃんやるよ〜任せて〜」
その時、タイミングよくエマちゃんが部室に到着した。彼女もこの話を聞いて、すぐに賛成してくれた。───となると、あとは…
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うん。まあ、ライブの練習と計画だよね。サプライズでやるなら、せつ菜ちゃんにバレないように練習することは当然として、問題は場所の確保や、楽曲の用意。ああ、それから衣装選びと、その他にもやることが山ほどあるんだよね。
どうしよう。幸いにもこの時期は、せつ菜ちゃんの学科は、普通科特進コースの補講で忙しくなるみたいだし、休日やせつ菜ちゃんが不在の時を見計らって、密かに準備を進めることはできそう。と、なると、他の同好会メンバーの協力も仰いだ方がいいかもしれない。
なるほど。これは、思ったよりも大変だ。
とりあえず、ボーカルパートの指導やアレンジはエマちゃん、パフォーマンス中の表情や動きの指導、スートリー性のあるパートでの演技指導なんかはしずくちゃん、メンバー全体の士気を高めるモチベーション管理の役割はかすみちゃんに割り振るとして、そうなると彼方ちゃんは、衣装制作に全体の進行管理、あとは練習スケジュールの作成かな。
「よーし!彼方ちゃんも本気出すぞぉぉぉお!」
どこかの誰かさんみたいに、大きな声で気合いを入れると、不思議となんでもできそうな気がした。
絶対にいいライブにしよう。
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ライブ当日。「果たし状」と書かれた物騒な便箋をかすみちゃんから受け取ったせつ菜ちゃんは、突然の呼び出しに驚きながらも、案内された場所まで来てくれた。彼方ちゃん達、旧同好会組の始まりの場所。───本来であれば、あの日、同好会のお披露目ライブをするはずだった場所。
流石のせつ菜ちゃんも呼び出しの意味を理解したようで、遠目から見る彼女は酷く困惑している様子だった。さて、じゃあ、彼方ちゃん達もそろそろ出ますか。
「せつ菜ちゃん待ってたよー」
「待ちくたびれて彼方ちゃんスヤピするところだったよぉ〜」
「せつ菜さん!」
ステージ衣装に身を包んだ彼方ちゃん達を見て、この呼び出しの意味を悟ったのか、不安そうな声を出すせつ菜ちゃん。
「あの、みなさん…これは……」
目の前に広がる景色を見て唖然とするせつ菜ちゃん。ステージの横の看板には「虹ヶ咲スクールアイドル同好会〜お披露目ライブ〜」の文字がある。───かつて、彼方ちゃん達"5人"で立つはずだったステージ。
かすみちゃんが叫ぶ。
「せつ菜先輩!いったいいつになったらその辛気臭い顔やめてくれるんですか!」
おお、これまた直球な…
「"あの時"のこと、かすみんはお互い様だって思ってます。せつ菜先輩ひとりだけの責任じゃありません。それなのに、なんで……なんでっ……いつまでもそんな悲しそうな顔してるんですかっ!まるで自分だけが悪いみたいな顔して、ラブライブの話題も避けて!悪いのは全部自分って!ふざけないでくださいよ!そんなわけないでしょ!」
みんなが思ってたこと、思ってきたけど決して誰も口には出さなかったことを、かすみちゃんは堂々と、それでいてはっきりと喋る。
せつ菜ちゃんの中にある"ラブライブの呪い"を取り除くように。丁寧に、そしてただ真っ直ぐに、言葉を紡ぎ、思いの丈を叫ぶ。
やっぱり、このふたり。なんだかんだ言いながら似たもの同士さんなんだよね。そんなことを思いながら、かすみちゃんの言葉に彼方ちゃん達も続く。
「あの時は、彼方ちゃん達もせつ菜ちゃんにおんぶに抱っこの状態だったしね。やっぱり、原因はせつ菜ちゃんひとりだけじゃないんだよ」
「せつ菜先輩、私達だって同じ気持ちなんですよ。なんであの時もっと上手くできなかったんだろう、って今でも考えます」
「でもあの時の気持ちがあるから、今こうしてせつ菜ちゃんの前に立ってる。今度は「優木せつ菜」のソロのステージじゃなくて、「虹ヶ咲スクールアイドル同好会」のライブとして。あのね、今度は私達が、せつ菜ちゃんに「大好き」を届ける番。聴いてくれると、嬉しいな。」
目に涙を溜め、声を潤ませるせつ菜ちゃん。
「みなさん…なん、で…………」
そんなの決まってるじゃない。でもこの気持ちは言葉にするよりも、ね?
かすみちゃんが前に出る。
「ほら、行きますよ!そうやっていつまでも暗い顔できるのは今日までですからね!
聴いてください!
──────これが、"かすみん達"のはじまりの歌"です!!」
重なり合った奇跡が、空を渡って、星になる