『近江家の食卓』アルバムをめくるたびに、あの頃の記憶が鮮やかに蘇る。
彼方と遥が小さかった頃の写真は、どれも愛おしい。ちょっとした仕草や表情まで、今も鮮明に思い出せるから不思議だ。
ページをめくると、とある一枚が目に留まった。キッチンで撮った一枚だ。彼方が包丁を持ち、遥がその横で泣きじゃくっている。私は思わず微笑んだ。
「おねえちゃん…いたい…いやぁ…しんじゃいやぁ……」
遥がそう叫んだときのことが、頭の中によみがえる。
あの日、私はキッチンで夕食の支度をしていた。彼方は「お手伝いする!」と張り切って、包丁を使いたがった。
まだ5歳、包丁を持たせるには少し早いかなと思ったけれど、彼方の真剣な目を見て、つい許してしまった。
案の定、彼方は指先を軽く切ってしまった。ほんの小さな傷だったけれど、遥にはそうは見えなかったらしい。
「おねえちゃん、しんじゃいやぁ!」
泣きながら彼方の指を握りしめて、どうにかしようと必死だった。彼方は「ちょっと痛いだけだよ」と困ったように笑っていたけれど、遥の涙が止まらない。
「はるちゃん、大丈夫よ。お姉ちゃんは死なないから」
そう言いながら絆創膏を貼ると、遥はようやく泣き止んだ。でもその顔はまだ真剣そのもので、私はついクスッと笑ってしまった。
「おねえちゃん いなくなったらいやぁ」
遥のその言葉が、今も胸に温かく残っている。
アルバムを閉じ、ふと台所の方を見やる。ちょうどそのとき、遥の声が聞こえてきた。
「お母さーん!ごはんできたよー!」
時計を見ると、もうこんな時間だ。今日も彼方の帰りが遅くなるからと、遥が夕食を用意してくれている。
「はるちゃん ありがとう、今行くわ!」
声をかけながら立ち上がる。彼方が夜勤で忙しい私に代わって料理を覚え、家のことをしてくれるようになったことも感慨深かったけれど、最近では遥までこんな風に料理をしてくれるようになった。
キッチンに入ると、テーブルには湯気の立つお皿が並べられていた。遥が鼻歌を歌いながら盛り付けをしているその横で、彼方がエプロン姿で笑っている。
「お母さん、早く座って!」
「かなちゃん、はるちゃん。いつもありがとう」
椅子に腰を下ろし、3人で「いただきます」と声を揃える瞬間。
この温かい時間こそが、私にとっての何よりのご褒美だ。
アルバムの思い出は、いつだって今の幸せを思い出させてくれる。あの頃も、今も、家族と一緒にいられる時間が何よりの宝物だと改めて思う。