『特別な声』愛ちゃんと私は、放課後の道を並んで歩いていた。冬の空気が頬を刺すけれど、彼女と話しているとその冷たさもどこか心地よい。夕暮れに溶け込む彼女の横顔は、どこか暖かさを持った月明かりのようで、私の心を穏やかにしてくれる。
「ねぇ、愛ちゃん。」
「ん? どうしたの、歩夢?」
振り返った愛ちゃんの声は、いつものように軽やかで明るい。それが聞きたくて、私はいつも彼女に話しかけてしまう。
「この前、美里さんと話してるとき、愛ちゃんの声、少しワントーン上がってたよね。」
何気なく言った言葉だった。けれど、その瞬間、愛ちゃんの足が止まったのが分かった。振り向くと、彼女は目を大きく見開き、唇を少し開いている。
「……え?」
小さな声がこぼれる。夕焼けが、彼女の顔を薄紅色に染めていく。頬を彩るその色は、冬の冷たい風と対照的に、春先の花びらのように優しかった。
「いや、その……美里さんと話すとき、なんかいつもと声が違うなぁって思って。」
私がそう言うと、愛ちゃんはさらに目を泳がせた。普段の彼女からは考えられないような、焦った様子だった。
「えっ、うそ……いやいやいや、そんなことないって……………え、ないよね?」
必死に否定する彼女の声。それはどこか上ずっていて、いつもの自信に満ちた調子とは違っていた。その様子が少し面白くて、私は微笑んでしまう。
「でも、美里さんと話してるときの愛ちゃんって、すごく優しいんだよね。声のトーンもそうだし、話し方も柔らかくて。」
私がそう言うと、愛ちゃんはぎゅっとマフラーを握りしめた。まるで隠れようとするみたいに顔をうつむかせる。その仕草が、冬の夜に咲く小さな花のつぼみみたいで、私は思わず見とれてしまう。
「そ、それは……お姉ちゃんには、私が元気なところ見せなきゃって、思ってるだけで……」
絞り出すような声。彼女の目が私の方をちらりと見た。いつも快活な笑顔を見せてくれる彼女が、こんなふうに恥ずかしがる姿はとても新鮮だった。
「ふふ、かわいい」
思わず口に出してしまった。すると、愛ちゃんの顔が一気に赤くなる。
「ちょ、ちょっと!もぉ〜 何言ってんの〜!」
「だって本当のことだもん。美里さんのこと、大切に想ってるんだなぁ、って」
そう言うと、愛ちゃんは黙ってうつむいた。その姿は、寒さに耐える木の葉のようで、どこか儚げだった。
「……そりゃ、私にとってお姉ちゃんは大事だよ。…でも、歩夢に言われると、なんか変な感じ。」
ぽつりとそうつぶやく声は耳を澄ませないと聞こえないくらい小さい。でも、その言葉には確かな温かさが宿っていた。
「ふふ、美里さんが羨ましいな。そうだ!ねぇ、愛ちゃん。試しに私の名前呼んでほしいな。……美里さんの名前呼ぶときみたいに」
そう言うと、愛ちゃんはさらに顔を赤くして、マフラーに顔を埋めてしまった。恥ずかしさを隠すようなその仕草が、ますます可愛くて、私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……歩夢ってさ、たまにズルいよね。」
マフラー越しに聞こえたその言葉に、私は小さく笑った。愛ちゃんの隣を歩く時間は、寒い冬の中でも暖炉の前にいるような、そんなぬくもりに包まれていた。