とんでもない人についてきてしまった、という直感は、あながち間違いでもなかったらしい。雨夜の燻るような匂いだけが、ここで唯一現実味を帯びていた。
自らの人生には全く馴染みのない、巨大なマンションのエントランスを潜り抜ける。後家兼光は、水を吸って重くなってしまったジャケットを腕にかけ、そのまま手持ち無沙汰に真っ赤な傘の水滴を払っていた。
「そういえば、名前は?」
男は思い出したようにそう聞いてきた。仕事はどーせホストでしょ。そう投げやりな声が聞こえて苦笑する。間違ってはいないけれど、路頭に迷っていた、名も知らないホストを捨て犬感覚で拾うこの男は、一体どういうつもりなのだろうか。こんな深夜に、見知らぬ男にのこのこついてきた自分が言えたことではないけれど。
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