銀高ss しっかりと抵抗しているのに、腕を掴む手はなかなかに強い。
なぜこうなった。ただ厄介そうな奴に絡まれているどこかの店の客引きを助けてやっただけだったのに。
「だから、いいって言ってんだろーが!離せや!」
「そんな!お礼くらいさせてくださいって言ってんだろうが!!」
こいつ営業かけてるくせに口悪いな!
足を踏んばっているのにジリジリと男の店のある方へ進んでいる。これはまずい。だって自分にはもう、伴侶、がいるのだから。
そんないかがわしい夜の店になんて行くわけがないのだ。
「今日はすっごい子が来てるんですって!もう開店時から指名殺到してて!店長がどっかから連れてきた、とんでもなく美人の子!だから来てくださいよ!安くしますし!!」
更にと男が付け加える。
「黒髪ショートヘアで儚げ美人!ね、興味あるでしょ?だから行きましょう!長くは無理だけど、お兄さんの所に行かせますから、」
不覚にも、不覚にもだ。そのすっごい美人とやらの容姿を聞いて、興味が湧いてしまった。あいつに似た子。泊り込みで仕事してようやく帰ってきた旦那を置いて行く先も告げず夜なのに出かけていったあいつ。
ひとり寂しく取り残された俺だって、腹いせにちょっとくらい遊んだって罰は当たらないんじゃないか。なんて考えてしまったから。
気付いたら、話題の店の前に立っていた。
タダにしろよ、と悪態をついて仕方なく、仕方なく男の言う、お礼とやらを受けてやる事にしたのだつた。
やられた。ちゃんと詳細を聞かなかったから。やって来た夜の店は、そういう嗜好の人間向けの場所だった。
「帰る。」
「わー!なんでですか!かわいい子から美人まで揃ってますよ!」
「全員男じゃねーか!!」
そう、主に男が男を楽しませる店。客もスタッフも全員男だ。自分がそちら側に該当するかと言えばノーだ。俺のタイプというか、嗜好というか……うるせーな最初から嫁がいるって言っただろうが!クソ!
「まあとりあえず座って。何杯かは奢りますから。」
「ふざけんな全額負担しろ。」
もうこうなったら奢りで高い酒をひたすら飲んでやる。どいつもこいつも勝手で、腹が立ってつ。
「こんばんは〜。って顔怖っ。」
促されて席につくと、はると♡と書かれたネームプレートの小柄な男がやって来た。あの男の言う、かわいい系だろうか。
俺の顔を見て表情を引きつらせたはるとは、こほんと咳払いをして隣へ腰掛けた。
「なんでそんなご機嫌ナナメなの?」
「オメーんとこのアホに聞いてみな。」
「あー、あいつに迷惑かけられたんだ。ごめんね、強引なやつで。」
はるとは苦笑いすると、届いた酒をグラスに注いだ。カンパーイ、と勝手にグラスを合わせてきたので、そのまま一気に煽る。
それから当たり障りのない営業トークをはるとと交わして、値段も気にせずひたすらに酒を浴び。少しして、スタッフの一人がはるとに耳打ちしにやって来た。
「残念、交代だって。本日の目玉が来てくれるってよ。楽しんでね、おにーさん。」
どこか気に入らなさそうな声音。
立ち上がると、ひらりと手を振って背を向けた。
目玉。例の、あいつに似た姿の子がやってくる。酒でゆるゆるになった脳みそが期待して、背筋が伸びる。
勝手に緊張しながらその登場を待ちわびていた時。
客引きのあいつがやって来て、とびきり明るい声で言った。
「おまたせしました〜!本日のスペシャルスタッフ!春風さんです!」
その後ろには自分がよく知る、そりゃあ身体の隅々まで知り尽くした、伴侶が立っていた。
「「あ。」」
あらすじ。夜の店に行ったら、嫁が働いていました。