召喚に使ったものを片付け終え、リビングへと移動した2人。
「まずはアーチャー、俺の呼びかけに応えてくれてありがとう。魔術師とあれど、聖杯戦争について知ったのは数年前で、英霊や使い魔の召喚はこれが初めてだったんだ。上手く行ったようでよかったよ」
「なに、そうであったか。よくぞこの儂を引き当ておったな」
「ところでますたぁ。此処が儂らの拠点となるのか?」
「あぁ。ここは市街地エリアだ。今後はここが拠点の中心地、国境エリアに行くときには暫く移動ゲルに泊まることになるだろう。とにかく今は情報を集める為に別々で行動をとりたい、何かあれば令呪でお前を呼ぶが、大丈夫か?」
「承知した。」
地図を見ながら今後の動きについて話し合う。
「何か異論は無いか」
「御屋形様であるますたぁが決めたことじゃからな。儂は従うまで。しかし、儂にも解せぬ時はある。その時は遠慮なく異議を唱える所存じゃ」
「perfect じゃあアーチャー、早速だが、情報として幾つかお前について聞きたいことがある」
「よかろう。何でも聞くが良い」
「先ず、お前の真名について。見たところ東洋人のようだが、中国か日本の英霊なのか」
「そうじゃな。儂は日出る処、日本の英霊じゃ。今こそ日本という一つの国じゃが、まだ地域ごとに国があって領地を争っていた時代に生きておった。儂の名は、──大島光義。雲八や他にも名を授かったことがあるが、光義で良い。」
「オオシマミツヨシ…悪いが聞いたことがないな」
「それもそうじゃろう。一時的に大名になった事もあったが、最期にはその座からも引き摺り下ろされた。後世に名を知っているものは少なかろう」
内心、最優であるセイバーを召喚できなかった事もあり、ブライアンはハズレを引いたな、と思う。
「名は立てられておらんが、この弓は誰にも負けない自信がある」
ブライアンの内心を見透かしたように語尾を強めてアーチャーは言う。
「アーチャーの座で召喚されたのは何よりも幸いな事じゃった。ますたぁよ、今は儂を信じられんじゃろうが、必ずや戦場で我が実力を示そう」
有無を言わさぬ圧迫感を持って説得される。
「儂からも質問があるのじゃが」
「Wait, まだ聞きたいことがある。宝具について教えてもらっても?」
「うむ。我が宝具はクラス通り弓で、攻撃系の宝具じゃな。相手単騎への無敵貫通と大ダメージ。儂の弓は百発百中じゃ。たとえ敵が木の裏に居ようとも、大きな盾を持っていようとも、その物ごと射抜いて殺すまで。この剛矢は我がますたぁの為に」
と宝具を構えて見せながら話すアーチャー。
「悪くないな。ok,宝具については承知した。戦闘方法についてだが、一つだけ守ってもらいたい約束がある」
「なんじゃ」
「絶対に、敵マスターを傷つけないことだ。攻撃を当ててはならない」
「ますたぁは生身の人間に攻撃を与えるのは堪えるか?」
「そうじゃないさ。この聖杯戦争はサーヴァントからマスターへの攻撃が許されていないんだ。俺が敵マスターを攻撃する分には構わないが、お前が敵マスターを攻撃した瞬間、この聖杯戦争への参加資格が失われる取り決めらしい。とりあえず敵サーヴァントをひたすら攻撃していくことになるな。令呪で回復されるだろうが、こっちだって同じだ。お前が瀕死になれば令呪をもって回復させる。状況を見て、俺は敵マスターや敵サーヴァントどちらともに攻撃するが、俺がやられても、敵マスターにはやり返すな。」
「承知した。儂は敵サーヴァントのみを射止めれば良いのじゃな」
「yes そういうことだ」
「儂への質問は終わりかの?」
「最後に、聖杯への願いを聞かせてくれるか」
「うむ、儂は聖杯へ掛ける願いはない」
「……what」
「正しくは、この聖杯戦争にて敵を射抜くことに勤しみ、ますたぁを優勝へ導くことこそが儂の願いじゃ。護り甲斐のあるマスターに召喚され、血湧き肉躍っておるところじゃ」
ブライアンは、聖杯への願いがないアーチャーに一抹の不安を覚えた。自分の聖杯への願いは揺るがないものだ。しかし、それを持たぬ英霊と今後命を賭した戦いへ身を投じていく訳であって、本当に信頼できるのかと表情には出さないものの、つい訝しげな目線でアーチャーを眺めてしまった。
「儂もそれが聞きたかった。ますたぁ、ますたぁの聖杯への願いは何じゃ。」
「俺の願いは、…金持ちになることだ。莫大な富を得て、一生を過ごしたい。自由気ままに暮らすのが夢だったんだ」
アーチャーはまだブライアンの信頼に値する人物では無い。その願いは取り繕った嘘だった。
「なるほど、そうか。ではますたぁのその願いを叶える為にも、儂は全力を賭して戦い抜こう」
にっ、とブライアンに笑いかけるアーチャー。疑うことも、否定することもないらしい。ブライアンにとっては都合の良い事であった。
「では今後についてじゃな。情報集めの為にこの国中を回るのじゃろう?」
「ああ、それについてだが、主催者のルーラーから頼まれたことがある。敵マスターについて調べることもそうなんだが………」
そして、アーチャーはブライアンから調査の内容について聞く。
(そして召喚から数日が経って欲しい。↓)
アーチャーもとい大島光義は、大きな身振り手振り、豊かな表情を駆使して話す新たなマスターに戸惑いが無いわけでもなかった。生前に仕えてきた御屋形様とは人種も時代も何もかもが違うから当然だ。
しかし見慣れぬ西洋人顔もそうだが、何より、会話の端々のテンポが良すぎることに小さな違和感を覚えていた。
自分が返して欲しい返答が100%、いやそれ以上で戻ってくるのだ。きっと彼は客商売をしているのだろうとアーチャーは最初は思ったが……思い込みすぎかもしれないが、彼の言葉や身振りには感情が乗っていないように見えた。まだ、"そう感じる"という域を脱さないが。
「ますたぁは、この聖杯戦争に参加する前は何をしておったのじゃ?」
腹の探り合いが得意ではない自覚はあった。今後仕えていく人物に対して興味もあり、直に聞いてみることにした。
「俺はハワイのバーテンダーだ。店に来た奴に酒を出したり、話し相手になる仕事だな」
聖杯から与えられた一般知識の中で「ハワイ」「バー」「バーテンダー」という言葉は知っていて、アーチャーはなるほど、と納得した。それは言葉選びが上手いわけだ。
「アーチャーは酒が好きか?一杯作ってやるよ」
と言いながら、キッチンの方へ向かい、自国から持ち込んだであろう幾つかの酒瓶とここモンゴルで仕入れた酒や材料を並べ始める。
「儂は生前、日本酒しか飲んだことがないからのぅ。ますたぁが作る"かくてる"という酒も飲んでみたいところじゃ」
「OK 待ってな」
そしてブライアンがなんかオシャなカクテルを作ってアーチャーに提供する。
「お待たせ致しました。こちらどうぞ」
「ほぉ、このような器を使うのじゃな」
「カクテル用のグラスさ。ガラスでできてる」
いただきます、と一口飲む。
「西洋の酒は随分と甘いのじゃな」
「カクテルを希望したろ?カクテルってのはベースの酒に果汁やシロップを混ぜた飲み物の総称だな」
「なるほど。かくてるというものは甘い酒なのじゃな。これはこれで美味い」
こくこく、と味わいながらも飲み進めていくアーチャー。
「今宵は良い夢が見られそうじゃ」
「気に入ってもらえたなら良かった。今度は甘くない酒も出してやるさ」
そしてその晩に、夢を見た。
ブライアンはアーチャーの夢を。
光義はますたぁの夢を。
アーチャーは生前、大島新八郎光義という名の男だった。一生の中で光吉、雲八など様々な名があったが、今回召喚された彼へ名を当てはめるのであれば「光義」という名が一番合っているだろう。
まだ日本が戦国時代であり、領土を争い血で血を洗っていた頃。幼い光義は戦争の中で親兄弟を失い、孤児となった。
ただの穀潰しを置く余裕がある家系でもなく、子どもの光義は様々な家へたらい回しにされ厄介者の扱いを受けていた。
比較的小柄であるが、武士の家系に生まれた誇りを捨てるつもりはなく、一度は出家させられそうになったこともあったが、それならばと弓に秀でている師匠の元で修行をしたいと申し出た。
厄介払いができると、光義を預かる身内はすぐにそれを了承した。
師匠である吉沢新兵衛に弓を教わると光義は地道な努力もありみるみるうちに上達し、弓の腕は師匠に追いつき追い越して行った。
そしてその弓の師匠の元で暮らす中、師匠の娘である冨美という同世代の女子と恋仲になった。師匠に隠れながら、2人で修行をしたり時には手を重ねることもあった。
そして光義が10代後半になった辺りで、戦を理由に二人は運命を分かつことになる。
時は流れ光義が八十代に成ったころ。二人は奇跡的な再会をし、光義は老いた冨美を看取ることができた。生涯を共にすることは叶わなかったが、晩年に再会できたことにより二人の間に蟠りはなかった。
弓に人生の全てを掛けていたが、初恋の女子を忘れることができなかった光義。しかし、結末としてはこれでよかったと思っている。どうか次の人生で、冨美が幸せであるようにと願いながら光義は生涯を終えた。
今回、聖杯戦争に参加したマスターのうち一人、ジャック・ブライアン・ダニエルという男の生まれ育ちは、いわゆる”普通”ではなかった。
自我というものが芽生え始めたばかりの幼児期。
魔術師である両親は一人息子である彼を丁寧に愛し、育てていた。幸せに満ちた日々であったが、その分、一般家庭としては少しばかり裕福すぎた。
ある日強盗目的で狙われ、両親はその場で殺されてしまった。幼い彼は、魔術回路を持っている子どもとして世界的に悪名高い組織Xに売られることとなった。そこから彼は心を殺して生きてきた。
組織Xはドラッグや違法な酒を作ったり、政界の人物や有名企業の重役を暗殺することで高額な報酬を得ていた。最初は子どもにしかできないような、ターゲットの懐に忍び込んだり、養子のふりをして暗殺を行う仕事をするために武術や暗殺拳を叩きこまれた。
しばらくが経ち、背格好が成人に近づくと優秀な成績、頭脳であることから魔術を用いての違法薬物や酒を生成する仕事も任されるようになった。
その時に組織内で呼ばれていた名が「ジャック・ダニエル」であった。この頃から主に組織内外にあったBarで働くようになり、現在の彼の原点とも言えるだろう。
そして、彼が三十を過ぎたころ、人生を大きく変えるきっかけが訪れる。ターゲットは70代の世界的企業の重役である男性。彼を始末せよという指令が下された。この頃のジャックはBarのメインバーテンダーかつ、違法な酒造を行う仕事がメインで、暗殺の指令が下されたのはかなり久方ぶりであった。
なぜジャックに白羽の矢が立ったのであろうか、というのは指令書に目を通せばすぐに分かった。
複雑な条件があり暗殺だけではなく、企業秘密を引き出すなど若手がこなすには難しい指令、かつターゲットには20代の隠された娘がおり、今回の指示を成功させるには彼女に付け入ることが必須であった。このことから、上層部の中でジャックの名が挙がったのだろうというのが透けて見えた。
このことにジャックは何の感情も抱かなかった。異論もなく、疑問もなく、納得もない。上からの指示にただ従うだけの機械であり、歯車であったから、感情はなかった。
しかし、長年、組織内外のBarに勤めていただけあって、人とのコミュニケーションにはとても優れていた。彼自身のなかに感情が無いだけで、周囲はそれに気付きもしなかった。大きな身振り手振り、豊かな表情を駆使して話す彼に好意すら抱く者もいた。
そのことから、ターゲットの娘に付け入る課題も彼は難なくこなした。娘を手駒に、ターゲットから企業秘密を引き出す事にも成功した。
ただ、一つだけ、組織にもジャックにも想定外なことがあった。
ジャックは、ターゲットの娘に恋してしまったのであった。
ターゲットの娘も、同じくジャックに恋をした。
二人は、お互いにとって初めてのかけがえのない存在になってしまったのだった。
くるくると表情を変え、意地悪をいえば困り顔で怒り、愛を伝えれば「わたしも」と手を重ねてくるいじらしい彼女にブライアンは恋い焦がれてしまった。
この世界が無くなったとしても、彼女だけは護りたい。笑顔で、幸せで居てほしいと願ってしまったのであった。
しかし、そんな日々も長く続かず、遂にターゲット始末の決行日が来てしまった。何度も彼女を連れて逃げ出すことを考えた。しかし、どう考えても必ずどこかのポイントで組織に足取りを掴まれてしまう。何か手段はないかと考えているうちに時が来てしまったのであった。
…結論から言えば、ジャックは失敗した。ターゲットを始末することができなかった。ターゲットはジャックの上司であるシャルマンという男によって抹殺された。そして、同時にターゲットの娘も殺された。ジャックは、血の海に沈んだ恋人をただ抱きしめる事しかできなかった。
そこから、彼には一つの感情だけが残った。「憤怒」が彼を支配した。元々感情のない彼に人間らしい感情を教えてくれた恋人。しかし彼女を失ってしまった彼に残されたのは怒りという感情だけだった。
以降、ジャックは組織を破滅させる事を目標に生きる。まずは組織の監視の目が比較的届きにくく、しかし情報が仕入れやすいハワイに異動希望を出した。
周囲からは、件の依頼を失敗したからの左遷だと思われた。シャルマンからは「アナタほどの戦力が使え無くなるのは勿体無いわァ」と引き留められたが、ジャックは構わずハワイへ飛んだ。
そしてハワイでは、組織が元締めをするBarでバーテンダーとして働きながら違法な酒、ドラッグを売り、遊びに訪れる金持ちから情報を仕入れた。内側から組織を破滅させる為に虎視眈々と計画を練る日々を過ごした。
そして、耳にした”聖杯戦争”の話。なんでも願いが叶う、願望器。
ジャックは、組織の破滅を望んだ。彼には怒りしかなかったから、彼女を甦らせるという選択肢ははなから無かった。
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夢を、見ていたらしい。彼の、今まで生きてきた姿を見た。
自分とはかけ離れた生涯で想像もしない人生。しかし彼はこれを歩んできた。
あぁ、なんて、
(哀れなんじゃろうか)(羨ましいんだろうか)