お座敷様本来、正室には女しか入れないが、後を継ぐ事を交換条件にひめるを正妻に入れる。
天城の里ではひめるの事は表に出さず、血が近い者だけに存在を開示して奥座敷に住まわせた。里の人は奥、とかお座敷さまと呼んだ。ひめるの名前を知る人は限られた。
ひめるは天城燐音の里の服を着なかったし着せて貰えなかった。白い晒の着物か、ワンピースを着ている。(着せられている?)
お世継ぎは側室が産む。ひめるが天城に似た男の子がいいと言うので、産まれてきた女の子は流された。
ひめるは里の人に行儀がよかったが、天城にはきつく当たっていた。ケンカした日は部屋の荒れ方が酷い。よく物に当たった。天城燐音は叱らずに何も言わずに受容れた。ひめるがきちんと向き合ってコミュニケーションが取れるのは、天城燐音しかいなかった。
天城燐音とひめるがケンカをした次の日、ひめるは天城燐音の寝室に篭る。
悲惨な状態に散らかった奥座敷は、女中達が片付けた。割れた皿などを拾う。
天城の里に輿入れをする外の女は、私物を持ち込むのは禁止されている。けれどこの部屋には外から持ち込まれた家具が幾つかあった。
部屋を片付けるお局の女中は、「石女め」とぼやいていた。皆聞かないふりをした。
ある女中の娘もそれを手伝った。娘は奥座敷に出入りをしていた。片付けという遊びの傍らに娘が見せたのは、ひめるの絵だった。
絵の中のひめるは笑っていた。女中はそれを、少し青ざめた顔で見ていた。
ひめるはどんどん痩せていった。天城への当て付けか髪を切らず、胸元まで伸びていた。
外に出る機会が減ったので、元々白い肌はいっそう白さが目立った。病的にも見えたし、見目の良さもり、発光しているようなまがまがしさもあった。
ひめるが輿入れをするとき、天城燐音の乳母だった老人が上手くいくはずが無い、と泣いていた。
輿入れの前夜、椎名は天城に言った。2人にするのは心配だと。
そんなに本気だと思わなかったとも言っていた。
俺が?と聞かれた椎名は困った顔で笑った。電話越しでも天城燐音には、その表情が見えた。
いや、ひめるくんが。燐音くんは手に入らないと思ってた物が手に入って浮かれてるだけと思ってた。ひめるくんはなんだか意外。ほんとに着いてくなんて。
燐音くんのエゴでひめるくんを傷付けて、本当に傷付くのは燐音くん。僕はそれも嫌。2人にするのは心配っすよ。
天城燐音は何も答えなかった。
乳母とひめるの距離は近くなった。天城燐音の小さい頃の話をひめるは聞きたがった。乳母はひめるを聡明な方と言った。心の中は、先代のお正室様に似た雰囲気の方だと思っていた。恐ろしくて口には出せなかった。
2人が談笑していると、天城燐音が帰ってきた。6つまでおねしょをしていた燐音くん、おかえりなさいとひめるは笑った。
乳母はひめるの頬に赤みがさしているのを初めて見た。
ここからは夫婦の時間だと乳母は腰を上げた。奥座敷からは、控えめな笑い声と子供っぽい拗ねた声が聞こえていた。
ひめるは今日乳母から聞いた話を楽しそうにして、その声音のまま抱いてと天城燐音に言った。
ひめるが輿入れしてから、側室の排卵日前後以外は天城は毎日ひめるを抱いていた。
天城燐音はひめるを大事に大事に抱いた。天城燐音は何も言わずに優しく触ってくれる。
ひめるは外に出たかったけれど、天城燐音が抱いてくれたらそれで良かった。
大事に大事に抱かれると、欠けたものが全て埋まっていく様な気持ちになった。
これがきっと幸せなのだと、ひめるは思った。
ひめるには一人、友達がいた。
奥座敷の世話をする女中の娘で、歳は5つ。ひめるはお手玉を教わる代わりに、娘に文字の読み書きを教えた。
女中の娘はひめるの絵を描いてくれた。嬉しくて、ひめるは天城燐音に自慢をした。
絵の中のひめるは笑っていた。
奥座敷には中庭に面した抜け道がある。天城燐音がひめるの為に作ったものだった。
ひめるは庭には裸足で出る。天城の家はひめるに履き物を与えなかった。
中庭には小さな池に錦鯉が1匹。ひめるが飼っている鯉だ。名前はなかった。
ひめるが輿入れして2年目の春に、側室に男の子が産まれた。