君との約束面倒な事になった。
ある日、絵画のインスピレーションを得る為に久々に国の管轄外域へ足を運んだ所、時が止まったかのように文化の発展が停滞した人里を見かけた。
一つの形成済コミュニティの中に外部の存在が活動拠点を設けることを、人間は良しとしない。そう教えてもらった僕はもう少し離れた所へ拠点、キャンプを建てた。
大きな湖のほとりが見える、少し覗き込んでみればどこまでも透き通っていて底まで見えるほどだ。人間はこういったところに何かしらかの価値を見出し、付加価値を持たせようとするのだろうが僕にはそういった興味はない。
この身体を持ってから、以前よりも日にあたることが身体に良い影響を齎していると強く感じている。なので僕は日差しがよく当たる、空間の開けた場所へ拠点を建てた。
僕が立てたキャンプから少し離れた所に神社がある。もう長い期間、人の手が入っていないことがわかるような古い建造物だ。
数日経ってから、その神社の奥に鎮座している御神体の前に、絶命してからまだ間もない幼い人間が木箱の中に詰められて配置されるようになった。
どうも人里が目に入った時に、僕の姿が里の人間の目に映ったのであろう。彼らの文化を僕は知らないが、人間の言うところのニエ、という文化が残っているような里のようだ。
人間の身体は絶命してから直ぐに処理をしないとダメになってしまう。しかしこのニエに手を出したら、推測するに里の人間達からしたら己の行動が〝正〟だとするだろう。なので暫くの間は僕は手をつけずに放置する事にしていた。幼児たちの状態としては、皆んな揃って腕を切り落とされており、木箱の内部に大量の血痕と傷跡が残っていたので相当苦痛を受け絶命したと見受けられる。手を出さなかったその後の様子として…ニエとして運ばれた木箱は供養されずにそのまま谷へ落とされているようだった。その様子を僕の友人と呼ばれる人達に伝えたら如何にも眉を顰めそうな行いではある。
だが彼らは己の行動が正、となるまで、正となった後も生贄を運び続ける。これが無意味な行為であると彼らは認知してくれないだろう。
木箱が運ばれ始めてから7日経った頃、人里に足を運んで彼らと対話を試みたが全く通じなかった。
彼らの言語、発音のパターンを解析して方言には直ぐ対応したつもりなのだが、突然現れた僕を人間として彼らは認知せず、何か別の存在として話しかけているようだった。謝罪か、恩赦か、畏怖か。僕が何かを発しようと遮られ、結びつかない話を一方的にされて、解せない言葉の羅列を続けられて、会話を成り立たせられない。
全く理解ができなかったので対話を辞め、キャンプに戻った。
そうしてまた今日も、決まった時間に死体が入った木箱が置かれにくる。里の人間たちが去っていくのを確認してから木箱をまた開けてみた。
「………ウ…」
「あ、生きてる」
その日のニエとなった幼児にはまだ呼吸があった。
他の幼児たちと同様に、腕は切断されている。切除後に薬による毒殺を図られたのか、強い幻覚に高熱、また望ましくない身体的症状が出てきているように見受けられた。
この子と意思疎通が取れれば現在の状況を好転させられるかもしれない、そう思い僕はその日初めてその木箱の中にいたニエを取り出す。
目線を僕に向けた所真っ先に怯えているように見受けられた。
「…ァ ア ア …アァア」
「起きた?」
幻覚によって僕の姿や声も正しく認知できてない可能性が高い。焦点の合わない眼球をこちらに向けさせるように瞼を開け、少し頭をゆすってみたが魘されるのみで
会話に進展させるのがやや困難だった。
「た たべ」
「ん?」
「たべない で」
「たべない」
「た、べ、な、い」
幸運にも、耳は正しく機能しているようだ、食べない、そう聞き取った幼子はほんの少し落ち着いた気がする。骨から振動させてみたり、鼓膜を直接揺らがせて、危害を与えない、と繰り返す。
正しい視界の確保が難しいようだ。大まかな僕のイメージは捉えられているがどうしても焦点が合わない。身体は異様なまでに痩せ細り、頭部は骨が浮き出る程に肉が乗っていない。食べられなくはないが栄養は期待できなさそうだ。
「ぅ う うう」
「ん?」
「さ む…いたい」
「身体的な症状」
「直したらお話してくれる?」
「う う」
「わかった」
幼子の身体を診て、人間に対して行う治療として合ってるかは不明ではあるが体温をあげさせて、痛覚を一時的に遮断させてみた。何日間かかけて、身体を慣らすように治療をしていく。
生贄が暫く捨てられ続けていた谷底に降り、この子の遺伝子に合致する腕を見つけたので僕の細胞を挟んで固定した。生傷も一旦足りない同じように細胞で補わせる。この子の生命力と免疫が正常に働いてくれれば時間こそはかかるかもしれないがその内口は聞けるようにはなるだろう。
取れる応急処置は行ったつもりだが目が虚なのは変わらない。変に暴れることは無くなったので、何かしらか栄養を補給させて様子を見ればいいだろう。恐らくは。
「これで痛くない?」
「ウ………」
「経口摂取で今何かを食べるのも難しそうだ
身体が受け付けない」
「……ァ…」
「んー、暫くは胃に直接穴でも
開けて離乳食でも送るか」
「ウ……ン」
「んー、お話しできる?」
「ゥウ…」
「里、村」
「…」
「さーと、むら きみ」
「ゥウ」
「お、う、ち か、え、る? か、え、り、た、い?」
「ウ、ウ、ウウ」
様子を見るに、あまりあそこに良い記憶はなさそうだ。
あったとしても、上書きされてしまったのだろう。
「ゆ る、さ …ない」
「ん? ん??」
「こわ、い こわ…い」
「んーー」
「こ、わ、い」
「無くしたらもう怖くない?」
「ゥウ…ゥ…」
「治して、怖くなくなったら、お話ししてくれる?」
「…………ゥ…」
「もう怖くない、こわくない」
「………こわ、く…ない」
「そう」
幼子が初めて指を僕に突き出す。
腕の神経が繋がったのか、器用に小指だけを立てて、僕に向けた。
焦点の合わない目を、瞼を指で押し広げて覗き込む、僕を捉えられているかはわからないが治療し始めた時に感じた恐怖と拒絶はなくなっているようだ。
「約束?」
「…」
「うん、約束する もう怖くない」
「………ゥウ…」
「約束は、守るものだって教えて貰った」
─
「これでもう怖くない?」
「…」
「話せそう?」
「…ゥウ…」
「んー、まだかかるか まあ良いけど」
──────────
「にいさん 絵の具」
「ありがと。そこ置いといてね」
「うん」
「腕、動く?」
「うん、動く」
「もう繋がったね。いいことだ」
「うん」
「あ、そういえば君、名前なんだっけ」
「覚えてない」
「へえ」
「忘れちゃった」
「まあそういう事もあるよね、名前欲しい?」
「うん」
「じゃあ亜呼ね、あ、こ。」
「あこ」
「うん、よく言えたね」
「僕、男だよ」
「良いんじゃない」
「そうかな」
「うん、そうだよ」
「わかった」